Parola-17:騒然……そレは、羽ばタきもつづれ織らるる初夏暮れニ刺す薄紫の光からヤみ。

 からくも無く、ただ厳然と粛々と初戦の勝利を収めた我々であったが、その後も各人がそれぞれの持ち味を遺憾なく発揮し、次々と流転する「場」と邂逅エンカウントする「敵」に目まぐるしくさせられながらも、目の前にどんどんと叩き供されたモノたちを喰い気味に食い散らかしていくかのようにただただ真顔で屠り続けていくのであった……


 とある六十年代辺りの日本海沿岸の漁師町のような潮風が巻きまくり、見下ろすとうねる高低差がこちらを包み込んでこんばかりの佇まいのフィールドにて……


「……柿のァ木ィ、栗のォ木、倦怠期ィ……ゆえに……」


 異次元の言の葉が、相対する者に「何を言っても無駄」感を精神の根っこのところへとクローバーを模した寄生植物のように主根側根構わず整然と植わり込まれていき、ただただ韻を踏んでいるだけという意味不明の文字の連なりにも「何かあるのではないか」感をもくもくと焚きつけ、静かに相対する者を外面は燻蒸させ、内面からは崩れ腐らせていくかのような「状態異常誘発系」言の葉使い……


―― 有戸アリト キルギステン ――


 はたまた、とあるかどうかは分からんがよく虚構の世界にて描写されがちであるところの外枠を蛍光ネオンのラインで縁取り彩っているという無駄に派手な高層ビル群が立錐の余地も無くひしめく人工島のような未来都市フィールドにて……


「男女間の友情? ……あると思うね。そもそも性別に揺らされるような友情は……『友情』とは呼べないと思うし」


 どう考えても全歯が歯根から浮くレベルの台詞感満載の言の葉のはずだが、そのゆるりとして掴ませないメン行動ムーブの三重奏が織りなす癒しの波動とでもいうものが相対する老若男女の庇護中枢らしきものでも優しくも激しく揺さぶるのか、静なる全体攻撃にて場という場から闘争本能の逐一を摘み取ってまったいらな更地へと均していってしまうかのようなメンタルロードローラー的言の葉使い……


―― 一之瀬イチノセ 二階堂フカト ――


 そして本当に来た砂漠。これでもかの砂塵渦巻く一面の。ゆえに額の一部に施された迷彩柄などは無論擬態するも何も無いほどの悪視界の中というフィールドにて……


「コポポポポホゥ……いやそれは偏見と思えますがねハハ、例えばワタクシがですね、石油王の息子で性別問わずに発情させるフェイスを持っていたとするでしょう? そこにナニがあるでしょうかね? とどのつまり今のアナタがこのワタクシに抱いている『感情』などというものは完全なる表層意識の電気信号伝達の微細な波にしか過ぎんとそういうわけなのですぞナ★ コポホホホホォゥ、おやおや図星を刺されて顔を歪め赤くなんてしていますと、こう告げられる羽目になりますぞ? ……『苛立ちアノイアンス:オランジュ』確認。『平常心乖離率』:46%……ってなコポォ?」


 世間や世界から絶え間なく向けられて来ていた悪意とか憎悪の感情に慣れ親しみ過ぎて逆に飼い慣らしてしまったまである、何を撃っても響かないどころか、打ち込まれたものを呑み込んだのち中途半端に咀嚼してから自意識と偏見をカクテルした唾液のようなものに塗れていそうなそれを相手の顔目掛けて臆面も無く吐き出していくという、伸縮可能ゴムゴム精神メンタルの言の葉使い……


――暮島クレシマ ナギサ ――


 これにて「四勝」。三十二組が平等なトーナメントだと仮定すると、残る一勝……でこの予選を勝ち抜けるはずと考えるが。


「コポッホゥッ!! いやいやワタクシ温存されている自覚はあったのでしたが、それでもなお、ですぞな? ついつい狭窄視野の輩の拙い言の葉には脊髄反射的に反応してしまう修行の足らなさは深く自省ののち、次戦に繋げたいという殊勝……そして図らずも我がトゥルーネームまで恥ずかしながら御開陳とはいやはや何とも……『渚』。重厚かつ剛健たるワタクシにはいささかふわり軽い例えるなら波打ち際にて裸足で真白きワンピースの裾をからげてくるり舞い踊る透明感のある少女が如き……コポ、いやはやこれがギャップ萌えの最たるですかなゾナ★」


 長ぇんだよなぁ、死体を蹴ってる時間の方がさぁ……それにお前の名前は他の上級戦士たちと比べたら俺と同レベルのインパクトの無さだろうが。


「……あとひとつ、ですかね? 私ここまであまり活躍できてないですけどっ、がんばりますよッ!!」


 そんな自分の居住空間にいた時に不意に何か漂ってくる系の異質なにおいみたいな嫌な瘴気をかき消してくれているだけで充分な活躍量なのだが。ミサ……サギ部長はさり気なく両手に嵌められた巨大猫手グローブで自分の豊潤たる稜線を遮りつつ俺に向かってそのような軽やかな声を放ってくる。けど、隠されることで却って何もつけていないんじゃねと錯視させられてしまう聖なる水玉効果という要らんバフを伴って俺の網膜を貫いてくるのは勘弁だぜ……とかしょうも無いことを考えていたら、ふと「名前」で思い出していた。彼女の、名前のことを。そしてそれに附随するかのように。


 あの、例のあの告白の時のことの全てが、脳内に去来してきていた。


――その、もし良かったら……俺とつき合って欲しい。

――はわぇっ?


 もっと端的に伝えた方が良かったか。「その、」とかの思わず言ってしまう系の言葉、言の葉ですらひどく不要のものに思えてきて。それに「もし良かったら」もありきたりかつ阿保な言の葉だった。が。


 ……それは本当に不意に、突然出てしまった言葉であって、それを鑑みて、そこは大失敗まで行かなかった自分を褒めてもいいんじゃねえかとか思った。いや、そんな自己採点の場じゃあねえ。言ったは言った、伝えたは伝えた。俺が出来るのはそこまでのはずで、判断するのは彼女の方だろうが。目の前で口許を両の手の指で覆ってしまってその上で大きな瞳をさらに見開いて。それはそれは恥じらい混じりの驚愕という名のリアクトをごくごく自然に体現しているミササギ部長の姿に、俺はと言えばまたまるきり阿呆のように見つめていることしか出来てはいねえ。


 部活帰りに近場のファミレスで期末の数学を軽く教わるつもりが七時を回ってしまって、やべぇと思って慌てて早歩きで駅に二人で向かったら治りたての膝にぴしりと筋を縦に裂くような痛みが来ちまって跨ぐだけのはずだった森林公園のベンチにて少し収まるまで待つわ、と言ったはずなのに隣にちょこんと座られた状況が、何となく俺を後押ししてくれたのだとか思った。完全な妄想だと思われた。まあ、そんな風に思わなければきっかけすら作れない俺は、やはり阿呆の類いなのだろう。暗闇が徐々に空の高みからにじり降りて来た中で、背面からの淡い街灯の光が自然に制服に包まれた彼女の身体の輪郭を柔らかく強調してくる。周りには遠くから響く車の走行音とかは確かに聴こえていたはずだが、それがあることで却って俺らの周囲二メートルくらいは静寂が滲んでいるように思えた。阿呆は阿呆なりに、伝えたいことを伝える「言の葉」をここ最近、愚直に学んできたつもりだった。


 そそそそれはつまりええと恋とか愛とかの類いのぉぉぉ……と自分の口の前辺りで両手指をわたわたさせるものだから、そんな触手みたいのが口許にある異生物って虚構の中に結構おるよな……とか、当事者でありつつも逆に一歩引いた思考が出来て、それで俺は落ち着くことが出来た。ので、その少しのけぞり気味の上気した小顔を真っすぐに見据えて、軽くだがしっかりと頷いて見せる。あのあのあのぉいいいいつからぁ……とのてんぱり過ぎたゆえと思われる平坦な言葉が激しく動きを見せる両手指の隙間から紡がれてくるが。


「……『言の葉部』に誘われた頃から多分。今となっちゃあ、『いつから』とか『どのきっかけで』とかははっきり分からねえけど」


 それは本当のことだった。出逢ってから一か月くらいのこの間に、もちろん色々なことはあったものの……とか諸々を思い出していたら桃色の記憶が走馬灯のように俺の脳裡経由で海綿体の先の方まで迸り巡りそうだったので少し呼吸を緩く深くすることでいなす。いなしている場合じゃあない。はわわぁ……としか言わなくなったミササギ部長のその両手の奥の両瞳はしかし、だいぶ藁掴んばかりに溺れるかのように泳ぎまくっていたものの、それが落ち着くまでいつまででも待つつもりだった。


 俺はいつも、このミササギ部長に俺の言葉を、言の葉を待っていてもらっていたから。


 そうとは悟らせないくらいにさりげなく「間」というものを作り出してくれて。言の葉のままならない俺でもゆっくりと、深くまで語らせてくれるように誘ってくれていたわけで。その空気感は多分この人にしか出せねえんじゃねえか。俺は、いや俺もまた、その空間に惹かれたんじゃあないだろうか。


 こねまわす脳内の様々な思考は、実際はよく分からなかった。すんなりと距離感を詰められて来て。それは普通に考えたらちょっと異質なことで。だがその異質は、狭い価値観では計れない……「本質」のような気もしていて。


 思考を言語に翻訳する。常にそれをやって身に着けていく事が、「KOTONOHA」では重要とか言ってたが、それは普段のことにも、そうなのかも知れない。明言を避けて偽りぼかした「言の葉」を脊髄反射的にただただ繰り返すばかりのこれまでの俺の、それは会話か発言か? AIでももう少しまともに受け答え出来るんじゃあねえか、このご時世。


 俺は自分の頭でこねくり回した「言の葉」を、ここ数週間で意識的に、あるいは無意識に、この人に向けてぶちまけてきていた。それをきちんと、いつも変わらない凪いだ笑顔で受け止めてくれることを見越して、期待して。


 今までも陸上一辺倒だったとは言え、それだけってことはもちろん無く、俺も阿呆なりに色々と考えてはいた。それを言葉というものに「具現化」しなかっただけで。そしていざ言葉を使って自分の思考の逐一を掘り起こしてみると、それは想定外の「力」を有していることに気が付かされて。


――つよくてやさしいおとこになれよ――


 じいちゃんの遺した「言の葉」は、時を軽く超えて俺の胸のどこかに確かに刻まれた。


――言葉は力。よく言われることですけど、それを端的に表したのがこれ、とも言えるかもですね。ワンフレーズで、相手を感心させたり、感動させたり、笑わせたり、泣かせたり怒らせたり。それって凄いことだと思いません?――


 ミササギ部長の「言の葉」は、俺の心の四隅らへんを揺さぶらなかったか?


 想いを言葉に。言葉を力に。そうしなくちゃあ、伝わらねえのは今までだって分かってたはずだ。それに背を向けていた俺に、それを体現して知らしめてくれて、そして俺にいつもその熱を持った柔らかい身体だけでなく、心にも寄り添ってくれた存在。そんな存在に対し、俺は。


 ……下賤でゲスな「つき合って欲しい」の言の葉しか掛けられなかったわけだが。下心、それは度し難く身体の中にいつもとぐろを巻いて横たわってはちきれんばかりにいきり立ってはいる。いれども。


 すーはーすーはーと、それはそうと聴こえるほどの呼吸を何度もかますと、ミササギ部長は街灯下の淡い逆光の中でも分かるくらいの赤らめた顔で、泣きそうなのかと思わせるほどその大きな黒い瞳を揺らせながら。


「……私はっ……私はもっと前からカブラヤ先輩の事を……夏場、学校のグラウンドで練習している時とかに見てて」


 え?


「……膝ケガしたことも知ってて。サユキちゃん経由で須郷さんに図書委員を振ってもらったりしてっ……だから、あの……その……かばってくれた時は本当に舞い上がっちゃって……それでそれから言の葉部にダメ元で誘ったら本当に来てくれてっ」


 須郷って、あれか。べっこうの奴か。それよりも、張りつめたような思い詰めたような、そんな目の前の瞳に、俺の両目それぞれが引き寄せられていってしまっているような感覚。


「……」


 いや、嘘だろ? ええ? てことはあれがこうなってこうしてこうだから……


 曖昧な指示語に埋め尽くされていく俺の言語野に気を取られ、一瞬、ほんの一瞬、眼前の視界から意識を切ったその正にの刹那、


「……ずっと好きでしたっ」


 そんな言の葉が、自分の全体重を乗せたところに返す刀でカウンターを入れられたかのように、大脳の奥の奥まで突き刺さってきたわけであって。

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