Parola-16:歴然……そレは、石穿ツ雨垂れや氷柱形作ル鍾乳の悠久たる時の連ナり。
水色の抜ける空間の奥面から、現実ではまああり得ないほどの速度で、それもその速度を感じさせないくらいに静かに、こちら側に向けて倒れている平面の上を滑るかのように「黒点」はそれ自体をズームさせるかのように移動しながら大きくなってくる。何となくの浮世離れ感、それはこの全方位に広がる「世界」」的なものからずっと漂ってきてはいるが。現に重力を軽く無視したように軽やかに生身で飛んで来た輩どもの挙動からもそれは隠しようもなく匂ってくるわけで。それでもなお、こうまでリアルかよと思わせるほどの「場」に俺は佇まされている。何か大脳に直結するような器具を刺されとったりはせんよな……? 「場」に放り込まれたような体の彼我合わせての「十四人」は、互いの顔がはっきりと視認できるくらいの距離感で対峙する。と、
「……どうやらこの見渡す『世界』にはキミらの組しかいないようだね。『三十二組』と通知があったからもっと『バトルロイヤル』みたいな乱戦を想像していたけれど、まあ問題ない」
「静のカマせ犬」と例えるとそのポメラニアンのようなオレンジ系の髪と相まって妙にしっくり来る、飛んできた面子の先頭を切って数瞬前に多分にタメを持たせた所作にて赤土の大地にスタっと、それはスタっと音が鳴りそうなほどさらには軽い筆致の擬音符が現出してきそうなほどスタっと降り立った細面の俺らと変わらないくらいの年格好の奴が、そのような何かを手探るような感じの言の葉を紡ぎ出してくる。「一対一」、その認識でいいのだろうか。まったく説明が為されないことが不安、いや解せないが。と、
「『札』はこの『世界』にも持ち込めている。ってことは無論これらを使って『対局』をするってわけなんだろうね?」
こちらの陣営からもそのような落ち着き冷静はらったかのような、これでもかの説明口調の言の葉が。振り返らずともその声の主はまあ該当一人しかおらんのだが、一応立ち位置とかの確認のために振り返ってみる。あれ? 何でお前だけ私服なんだよ、と相変わらずの薄紫のサマーセーター姿の一之瀬の涼しげな顔に問いかけようとしたが、先ほど確かに「黒全身スーツ」に着替えていることは確認したばかりであり、てことは運営側が用意したであろう、穿って独りよがりなカリカチュアライズが施された、「本人に似合いそうな」衣裳がたまたま普段から身に着けておる奴とカブったとかそういうことなんだろうかというどうとも詮無い思考が吹き出してきそうになり、いやいやそんなところはもう置いておけと飲み込む。
「感情をァー、揺らすガ事の、言の葉ナリ……」
そして見返るつもりは無かったが、一之瀬のついでの奥面におったために否応なく俺の視界に刺し入り苛んできた大型クローバーからのこってりとした言の葉が複雑なビブラートを伴ってこの異空間にも異質な存在感をもって響き渡っていくのであった……プレスリー型のジャンプスーツをモチーフにした宴会余興タイプの衣裳の中でも取り分けペラペラした奴をさらに初期プレステでよく見かけた感じの雑なポリゴンで組み立てたかのようなカクカク感で描画しているという、視点を合わせただけで3D酔いを呈してきそうな佇まいをしているが、もうその辺はツッコんでいってもキリが無いので流す。それよりも割とかっちりと「戦闘態勢」みたいなのに入っているのが意外にも心強い。長大な左腕を前方へとむわりと伸ばしているが、その先の節ばった手指に保持されているのは扇状に開かれた「言霊札」だ。そうだ、雰囲気に呑まれて棒で突っ立っているってのは最悪の悪手だった。
「要は『言の葉』を用いて、相手の『感情』を揺らすっていう大前提は不変なはずだ。『札』を呈示する、それに沿った言葉を放つ、その判定は普段やってるような『心拍数・発汗・体温』とかで為される、そういうわけだよな。始めようぜ。『細則』が加えられる前によ」
一発、空気を肚底まで落とし込むようにして深呼吸をかます。鼻から入って来たそれは微かに清涼感をもたらしてくる「自然」な感じのものであったものの、これも「人工」なんだよなあ本当に意味分かんねえほどの作り込み方だぜと思いつつ、俺はもう習い性にまでなっているスカスカ説明台詞を、自陣営にはもちろん相手側にも噛んで含めるように流していく。そしてもちろん、こちら側にはその俺の「合図」にて、即応に仕掛けろという旨を既に「作戦」として組み込んでいるわけで。刹那、
「フォイフォイフォイフォイ、パイセンさんよぁぅ、こちとらもう臨戦態勢整いまくりばっちよぉう、クイックドロアー〈五〉……ッ!! 飛来せよそして全体に等しく鮮烈なる衝撃を与えよ……『小学五年生で習う漢字』たちよ……」
金環により顔面を縦方向に真っ二つに分割された子猿の、何かがキマってしまったかのような言葉がそのアクティブ感を醸してくる古今東西孫悟空型の衣裳に包まれた小さき身体よりハウリングしそうなほどの金切り方にて発せられてくるが。基本戦術は順守してくれているようでまあ安心した。
何でもありの場と踏んだ。そして勝ち上がるには何戦をもしなければならないであろうことも。であればたった「七つ」の札に限定しなければならないのは何とも心細い。よって「拡がり」を持つ「一文字」を七種持つというのが汎用的かつ臨機応変な戦いが出来ると踏んでの戦略だ。言葉の意味は無限な拡がりの可能性を持つ……「使い手」の創意工夫によって。まあそこら辺りは周知の必定なることではあったらしく、例えば野郎が今まさに呈示している〈五〉という札の市場相場価格は「七千五百円」と紙切れ一枚にしては無為なパー券レベルの不条理な高額設定であった。
だがここでもじいちゃんが残しておいてくれたあの例の「漢字ちゃうマン」カードが物を言った。結構なコレクションの中から不要と判断したものを砂漠が最高値で捌いてくれたことによる我らが「部費」の多寡は何と「十二万」にも達し、それによりこの戦いの場に臨むに相応しい武装および弾薬を調達することが出来たというわけである……
その中でこいつに〈五〉という汎用性の高い文字あるいは「数字」を割り振ったのは、本人が漢字というものに並々ならぬある種の変質的いや偏執的とも思えるほどの執着を抱いているということ、本人の何と言うかの「小五感」というものを遺憾なく発揮させてやりたいという、部員総意であるところの間違った思いやりと思えるものに当の本人がほいさと軽やかに乗ってしまったというところが多々を占める。とは言え本当に該当する常用漢字、実に「百八十五文字」をきっちり覚え切った上にそれらについても日々独学を重ねて更なる応用範囲を拡げたというところはまあ凄い、凄いアレだ。そしていささか反則気味と思われる戦術だが過去そのような策が押し通ったという実例もあるという調べはついているので、運営に何だかんだ言われる前にとにかくぶっ放せとは言い置いてあった。それが今、正に結実する……
「……『歴史の講演の際、勢いよく許されざる禁句をはなって燃えた件』……ッ!!」
大したことの無さそうなエピソードと思えるが、これの怖ろしいところは使用している漢字が全て「小学五年」で習うものオンリーというところにある。そしてその凄さというものは。
「な……ッ!!」
「言の葉というものをより深く理解している者にほどよく刺さる」という点にある。案の定、相手方を統率していると思われるオレンジの顔に視て分かるほどの狼狽の陰影が浮かび上がった。と、
〈『
まるで自分の頭の中に響くようにそのような「情報」が入って来た。相手方に視線をやると、その一様に黒いマント状のものを纏った七名の輪郭を縁取るように「青い光」が囲んだかと思ったら〈28%〉〈22%〉とかの数字がぽこと中空に浮き上がっている。なるほど、やはりここは現実の世界に寄せてはきてるが本質はそうじゃあねえってことか。出来の良いCG世界のゲーム的な様相を初めて見せて来た。それであればその方が腹はくくれる。そして子猿の初っ端の「全体攻撃」はこれ以上ないほどのクリティカル感をもってして、敵さん全員の出鼻を挫いてくれた。そして俺は考えろ。次の一手で畳みかけることが出来れば。とか思考を必死こいて巡らせていたら。
〈ファーストインパクト:チームH17『
「情報」は矢継ぎ早に俺の視界に現れてくるわけだが。そのほぼほぼ全てが初見であることに得も言えない不安が意識の狭間に挿し込まれて来るものの、それより何より何かとんでもないファーストネームが晒されたことに引っ張られてしまうが。え? お前そんな名前だったのか?
「……我ぁのルーッツに繋がりしアラビアにおいては割とあるっちゃ名前がばっと、それに素晴らしき漢字をあてがったっちゅうのは、流石としか言えんがば。そしてその誇り高き名をこの晴れ晴れしき舞台、状況でお披露目ばなるっちゃらことが最早選ばれし者の定めなんたいね……」
まあ、いいけど。何にせよやってくれりゃあ俺は構わんけど。だがこの流れ……非常に嫌な予感しかしないのは俺だけか? ……そう言えば怖ろしいことに、俺は他の二バカの下の名前を知らねえ。知る必要も無いと思とったが、この土壇場で俺が感情を揺らされることになったらコトだぞ……
「……いや、こっちも出鼻くじかれててどうすんねやってハナシ……パイセン隊長、この『場』に着いてから即応で形成すること出来たやーつがあるんすけどぉ、ここはそのおまけラッキー砲をぶっぱしちゃってもいいですやろがいかいねぃ……?」
そんな真顔で硬直してしまった俺のすぐ横まで接近してきたリクスー女がそんなこちらを蔑んだかのような目で言ってくる。この空間でも漂うのは柑橘系の良い香りであるのは何故だ。いやいや一々揺らされてる場合か。異論は無い。頼んだムトー・サユキ、と殊更フラットにそう返すものの、はわわ唐突名前呼びあかんてぇぇ、というわざとらしい部長ばりのリアクトをカマしてくるのだがこいつは敵方の間者か何かなのか?
刹那、だった……
「……『ちわー、えへへ、就活全滅しちった……うん……せやからもうここしかあらへんねん、えと、ちらっと永久就職させてぇや☆』」
とんでもなく眩い緑色の電撃のようなパルスが俺の視界を貫き散っていた。どういうシチュエーションかはいくつも類型はあろうが、そんなことよりも相手方の全員を襲っていたのは目に見えるかたちでのはっきりとした「攻撃」、もっと言うと殺戮技であったわけで。
「……ッ!!」
かくいう俺もかろうじて嫌な予感がしていたので何とか踏みとどまったものの、明らかに俺向けて放ってなかったかそいつをよ? 俺の肩に軽く指先を置いた挙句、上目遣いで肩越しに見つめて来てたよなぁ? ほんと事故ったら洒落にならねえぞ。
それでも〈永〉の「札」をすいと掲げたその横顔はしてやったりのいい表情……つい引き込まれてしまうような、いやいや。
〈スペシャリティアタック『
しかしてその威力は敵さんの全員……よく見りゃ全員同じようなマッシュカットの野郎どもを、あっさりと凶悪な「電流」に貫かれて同時に果てていかせておったわけでェ……おお、まあ初戦幸先最上とそう言っておこうか……あてがわれた
とか思っていたら。
〈ファイナルインパクト:チームH17『
……っぶねへぇ……読みは知ってたから油断していたものの、やっぱカブせてくるがこの界隈よぉ……ふと白目になりかけた際に通過した視界の左上隅に表示されていた俺の「平常心乖離率」は実に「87%」を示していたわけで何なの? 自陣も巻き込むタイプの奴なのか? 全体攻撃が過ぎるだろうがよぉ……
かろうじて、天竺縛りかいぃぃ、との気の抜けたつっこみをしてこの極めて危険な場を切り抜けようとするものの、「最遊」も、苗字に絡んだ「遊戯」もどこを見ても全方位ヤバいほどに隙の無い名前に今後一切触れてはならぬ、と俺は俺の脊髄辺りにそう確実に刻み込んでいく作業に集中させられる羽目となるのだがェ……
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