Parola-15:邂逅……そレは、地脈走リ湧く沸き舞いをしぶカせる鉱泉のせせラぎ。

 しかして、黒服の誘導のもと通されたのは先ほど「対局」が行われていた大空間では無く、我が言の葉部の主たる活動場所である視聴覚室よりも狭いくらいの、しんとした小部屋であったわけで。クリーム色に統一された内装は輪郭とか奥行を掴みにくく、柔らかな殺風景、といったような風情であるが、勿論そのような描写を呑気にしている場合では無い。正面の壁には薄型のモニターが掛けられているものの、言うてそこまでの大きさでは無いように感じた。ほぼほぼ確実にVRとかAR系の何かであることは把握していたが、それにしてもやけに静謐な空間だ。だが、点在する円柱状の装置はいやでも目に付く。数は七。ということはそこに「搭乗」するかたちで「対局空間」に臨むと、そのような感じなのだろう。


「……」


 流石の面々も緊張からなのか、いつもならどんな些細なことにも喰い付き言の葉を吐き散らしてくるはずの子猿以下二名の面々も、そのいささか拍子抜けとも思える絵面に対し、何でか無表情の静観の構えではある。と、


〈それでは予選第四リーグ、総勢三十二組が集まりましたのでこれよりレクチャーを開始いたします。各チーム七名のメンバーはそれぞれ各ルームに設置されております、『ライドニック=ハーフナーパイプ』にまずはお上がりください〉


 そのような人工音声のような、いや今日びのそれよりもいやにカチカチで抑揚をあえて抑えているというようなわざとらしい感じのまごうことなき女性の肉声がもわりと平坦な室内に所在なげに響き返ってくる。何だろう、初っ端から毛穴のひとつひとつでうっすら感知していた胡散臭さというものが徐々にその浸食域を感知しにくい速度で広げてきているというような得体の知れない気味悪さを感じているよ何だよこれ……とは言え従うほかは無い状況だ。まずは安全性その他を確かめるため、忠実なしもべたる砂漠の巨体をその何とかという高さ三十センチほどの「装置」に登らせてみる。「円柱」のぐるりには金属質な見た目の手すりのようなものが巡らされており、その円周上にいくつか紐状のものがぶらさがっている。


〈そうしましたら『フック』を腰回りの『バックル』に各々引っ掛けてください。それらはあなた方の安全を確保すると共に『動きのトレース』の補助的な役割を持つものです〉


 機械音声というよりは宇宙人のよく放つような音声に取り敢えずは従い、各々装置の上に登ってその「フック」とやらを自分の腹の周りにいくつか設置されていた黒い輪っか状のものに通し固定する。「体感型」……とか言ってたな。にしては中途半端な気もしないでも無いが。まあいい「未知」であるということはいやってほど分かった。参加者全員に「平等」であると考えておく。斜め後ろをさりげなく振り返り、そこで既に試案深げな視線を走らせていた一之瀬と無藤の二人とその射線を交わし軽く頷き合う。現状の把握、それにまず努めろ。


 「体感」はどのようにして為される? 視覚聴覚メインのプラス触覚? にしては前方の中途半端な大きさのモニターとか、あまり音響に気を遣ってなさそうなこの低い天井の小部屋とか、このままじゃやはり足りないだろ、とか思ってたら例の黒服の何人かがそれぞれ抱えてきたのは、ああ「ヘルメット」状の何かというか、VRバイザーとかその辺りの何かってわけか。なるほど。


「……」


 案の定、有無を言わさず被れと促される。耐衝撃性はあまり無さそうなスカスカ感が顎とか首回りにはあるものの、反面、両眼・両耳はしっかり密着するように覆われた。急にもたらされた闇と無音にやや恐怖感を惹起させられたが、すぐに目の前は水色のような色彩が滲むように沸いてきて明るくなり、頭を挟むような完璧なサラウンドは穏やかな波音を奏でてくる。なるほど。


 割と自分の中で受け流し気味に状況を把握しつつも受け流していたのだが、徐々に鮮明になっていった「全方位の景色感」というものには圧倒される。現実にはお目にかかる事はあまりないこれはあれだ、「中世ヨーロッパ風」の光景だ……それも「剣と魔法」的な。そっち側に振ったかのような意匠や造作が、所々に引っかかる感じで存在してはいる。が、現実と錯覚してしまうかのような質感と奥行だ……視線を、視界を振り向けた側にも当然「世界」が確かに存在する空間……どんだけの金と技術を掛ければこうなるんだよ。そしてこの会場に訪れた時に視たのは何と言うかSF的な宇宙空間であったから少し面食らう。色々なパターン……「場」というものがあるわけか。とか思っていたら。


「りょ……主将っ、良かった、皆さんもお揃いで……で、ここからどうすればいいのでしょうか?」


 向かって左方面からそのようないつもの肉声ばりの甘く転がるような声が鮮明に響いてきた。ミ……部長。相変わらずの呼ばわりと、言う通り七人全員が集まって「転移」してきたことに、備えて来たあれこれが覆されることなく進行していることを確認し、ほんの少し安堵する俺だが。


 が、


 はわわわ、な、何でしょうねこのいしょうは……と図らずもそのように甘く呟いた通りに、それはそれは「ねこ」というものを擬人化なんだか具現化なんだかした感じの意匠の衣裳コスプレを身に纏ったミササギ部長の姿であったわけで。何だろう、ありきたりな茶トラの猫耳や猫手足は極限までカリカチュアライズされてぼっこりデカいのが頭部それに四肢に装備されているものの、肝心の護るべきであろう体幹部には極限までの軽量化を何故か目指したのだろうか際どが過ぎすぎるところまで攻めに攻めた肉抜きが施された第一次末期のミニ四駆のシャーシを想起させるほどの素体は競泳用水着であっただろうところの極薄の伸縮性と艶のある紺色の布生地がまるで前衛的なタトゥーのようにその隆起が過ぎる現実で見るよりも3D感が強めの峰周りを貼りつき走っているだけという、開幕直後なのに既に胴パージ状態なのかとこちらの思考をどうでもいい酩酊に誘ってくる肢体ないしは姿態であるのであるわけでェ……落ち着け、これは限り無く現実に近いが仮想物バーチャルだ。


「色んな『異世界』へと飛ばされるってな寸法なんかなぁ……『レクチャー』云々言うとったからこれから説明は為されるやろうけど、総勢『三十二組』? そない大勢がひととこに集まっとるいう雰囲気は無いわなぁ」


 向かって右方面からは、そのような無藤のこんな場に及んでもいつも通りに落ち着いた、自分の思考を敢えて周りに晒すことで周知を促しつつ、自分も口に出した「音声」を自己の内部に再度「吸収」させるかのようにして更なる理解を深めようという、いつもながらのそつないがかなり深い言葉が軽やかに響いてくるものの。


「……あっるぇ~? もしやウチ今、パイセンの性癖ぶっ刺さりなカッコしとるってな寸ぽぅう~?」


 安定の煽り性能極大の言の葉もまた、前の言葉の余韻が残っているうちにすかさず突っ込まれてくるのだが。その小憎らしいにやにや顔の下は、このエセ中世の空気感にはまったくそぐう気はゼロなるところの、白ワイシャツに黒のパンツスーツであったわけだが……極めて普通の。就活感が前面に出た。であるからして肌の露出はほぼ無いからして、されどその細身の身体にほどよくフィットしたかっちりしたフォーマル感と言えばいいのか、そのような当人とのアンバランス感が常日頃の感覚をわずかに揺さぶってくるだけであり、極めて何てことは無いのではあるが……


「あ……キュンとさせてしもうたんやね……ごめんやで……」


 揺らされるものか。そんな生半可な修練は積んではいねぇんだわ、こちとらぁ。渾身の無表情を現出させ、頭に来るほどのわざとらしく傾げられそのすっとした顎元にぴんと立てた細い人差し指が添えられているという蠱惑顔と向き合う。とか、そんなことをやっている暇は無いんだったわ。と、


「へいへいへいへいッ!! 相手さん方がお出ましのようだぜぃッ!!」


 この牧歌的な雰囲気の場にも変わりなくイキれ渡る金切り声が、現実なのかそうじゃないのかの「場」へと意識を引き戻してくれる。何と言うか「場転換の切り込み隊長」と称せばいいか、いいことはおそらく希薄ではあろうもののとにかく局面を前へと進めてくれるってのは有難い。が、その小さい身体に纏いしは古今東西の「孫悟空」のイメージを凝縮して霧散させたかのような何かに似ているようで何物にも似ておらず、かと言って新規性・進歩性・有用性などは端から備えていないようなそんな今日びAIも生成しないであろう悪趣味と評すと思った以上にしっくりと来る、素人の悪ふざけのような様態の子猿であるわけで。とりわけいちばんのつっこみ処は顔面の前面側から脳天と顎とを挟み込むようにして嵌まっている黄金色の緊箍児なのだが、そうはならんだろ的な言の葉を相対した者から必ずファストで引き出そうとする高等なる戦術殻かも知れないので俺は初見から終劇まで流す構えでいる。


「コポポポホゥフ……つまりはもう始まっているという……元より基本的なルールは承知の上との……運営殿の強烈なる意思を感じますぞな? その上で戦い勝ち上がって来いとッ!! 頭脳母艦であるところのワタクシめは既に把握しましたぞよ……コポッホ、理 解 完 了 覚 悟 上 等 ……」


 さらに食い気味に独りよがりの理解を早々に済ませてしまう運営側とかそのもっと上の何かを司る存在からは重宝されそうなされどそれ以上でもそれ以下でも無いような、こちら側としては気障りにガナる置物的なそのような立ち位置の御仁からは、だから何だよ的な言の葉音波が場にいるあまねく者たちに平等にいらつきという名のデバフを与えてくる。砂漠迷彩のバンダナは標準装備だが、その格好はこれまた天竺縛りでもあんのか、緑と黄土色を基調とした万人がイメージするところの「沙悟浄」と「猪八戒」、その二者を六対四くらいでいびつに混ぜ合わせたかのような、そんな異世界キマイラクリーチャーズも初見では引くだろう気味の異形を宿した前世のカルマが軽くこのタイミングで発動してしまったかのような様態の物体であったわけで。


 統一感が無さそうでありそうなことは分かった。そしてこちらの認識の方が重要と思われるが、「そういったことに揺らされるな」、だ。とにかく前衛の子猿および砂漠がのたまったように、奥面に望める石造りの尖塔を掠めるようにして、抜ける青空をバックに飛翔してくる七つの黒い影。これでもかのありきたりと思える「敵さんの登場」感だが、元よりその程度では揺らがない何かを身に付けさせられた俺は、既に戦闘の雰囲気の中に自分を置いて、ただただ規則正しい呼吸を繰り返すことのみに意識を傾けている。

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