Parola-13:決戦……そレは、うネり来る電磁の波濤の寄せ返しに踊る一ヨう。

 いきなりだが、決戦の場に来ている。


 鵠沼海岸の、じいちゃんの家だった処を訪ね「お宝」をゲットするというあの小旅行からは、既に二か月余りが経過していたわけで。七月二十六日土曜日。憂鬱だがやらねばならない期末テストを何とか乗り越え、待望の夏休みに突入しての最初の週末ということになる。周囲を見渡す。百八十度以上、開けた視界。本日も晴天、風は穏やか、気温はまあまあ高い。海沿いの風は、しかし埋め立て地だからだろうか、どことなく人工的に吹かされたような、金属味を帯びているというか、そんな無機質さを感じさせてくる。のは気のせいだろうか。


 台場東京臨海副都心。


 そこが、目指す戦いの場だと言う。二か月くらいに渡る修練というか妙な活動の諸々の集約点が、ここにあるのだと言う。まあ曲がりなりにも「世界一」を決する大会であるのなら、この目の前にそびえ立つ無機質でのっぺり馬鹿でかい建物は、それ相応さを持っているようにもうんまあ感じられた。


 が。


「……」


 割とな人出は、レジャー感に人影の芯辺りから染まっているというか。当然、夏の匂いをいち早く感じ取ったパーリィピーポォらや、諸々の束縛や重力から解き放たれたばかりで諸々の欲望をその毛穴全部から立ち昇らせているような中高生たちやら、全顔の穴という穴が既に開き切った様子でそこらへんを見嗅ぎし回っている子供たちやらその家族やらで。


 割とな別ベクトルの熱に囲まれているという具合であり。結構神妙に今日という日に臨もうとしてた俺なんかは、もうかなり治癒してきた左膝ごと足元をすくわれそうな、そんな負の浮遊感というものをこの人工の地に降り立った時から感じざるを得てないのだが。


「いよいよ、ですね……」


 そんな中、俺の右隣りでそんな台詞じみた言葉を紡ぎ出したのは、この浮ついた場に及んでもぶれない「上気感」というようなものをその起伏激しい身体に宿した、ミササギ部長そのひとであるが……相変わらず距離が近い。今日はしかも袖の無い真っ青なデニム地のワンピースという家庭科で作るエプロンのような服を着ていることも相まって、俺のTシャツの二の腕部との間に遮るものはお互いの産毛しか無い状態であって、だが新しく買ったガチガチのジーンズをぴったりと装備してきた俺には無効である。いやいや。


 ……実はひと月前から交際を始めてはいる。


 そこに至った俺の心情は無論省く。お前最初からじゃねえかよというもっともな言葉も、もう既にもう飽きるほど浴びせかけられたのでもう流す。しかし、「つきあっている」という言葉では、いや「言の葉」では、ぴたり顕せられない微妙な関係を続けているということだけはここに、魂の筆を持ちて記しておかねばなるまい……ッ!!


 つまりは当の本人が、普段あれだけ距離感を見誤っているかのような挙動を示す割に、ことガチのそういう局面に至ると、もう小五女子くらいの純メンタルを醸してきたのであった……


 告白は、了承された。しかしその後には、純然たる「清い男女交際」の釜の蓋が開いた時空間が展開していたわけであって……


 最寄り駅で待ち合わせての登校。校門で待ち合わせての下校。楽しげに言葉を掛けられながら二人並んで歩く通学路は今までの色の無い光景から一気に色彩の鮮やかさを増してはいたものの、周りからの色々な感情が込められた視線を受け流すので気をやられる。


 身体的接触は、八割くらい減った。意識することで却って距離を取られるようになったという、真綿で身体中の「首」という言葉のつく箇所を全てやんわりと締め付けられているような痛こそばゆい感覚である。たまに周りに人目の無くなった瞬間におずおずと指先を熱く柔らかい手で包まれるくらいで、それが却って脈動に悪い。


 何か分からないがかつてない追い込まれ方をした俺は、勢い余ってその方面に長けていそうな一之瀬・無藤にぽつりそんな状況を漏らしてしまったが、一之瀬は一笑に付し「まあ頑張れ」としか言葉を返してくれず、無藤からはというと「ハァ? 知るか、なら死ねや!!」という心無い罵倒を得るのみなのであった……


 とは言え諸々レスな交際ライフを送っていることを正直に告白したら面白がって喰い付いてきて「ミサのOK箇所をひとつ千円でリークしたるわ」とか「『休みの日は動物園でのデート』など、OK行為はステレオタイプであればあるほど喜ぶ」など、一縷の望みをそれでも呼吸困難気味に求める俺を嘲笑うかのようにいじり倒してくる始末なのであり。


 だいぶ弛緩した時を過ごしているかのように思えるが、それでも「言の葉」については俺なりに修練を積んではいた。「KOTONOHA」という未だほぼ全てがベールに包まれていると言える競技はしかし、語彙力がイコール「戦闘力」に直結すると、そこだけはまことしやかに言われている。であればその弾薬を可能な限りてめえの大脳に装填していく、それが自分なりに考えた最適手段であるとみて、図書館で色々な分野の本を無作為にしらみつぶしに読んで語句を頭の中に流し込んでは、受験勉強よりも熱心にそれに打ち込んできたのだった。江戸前の言葉、声楽の専門用語、タガログ語などなど。


 無秩序に詰め込んでいった知識だが、その無秩序さが却って俺には心地よかった。今まで必要最低限だった整理はされていたがこじんまりとした頭の中の部屋のような区切りにぼこぼこと無茶苦茶に穴を開けられたと言うか。そしてひとつ語句を脳に納めるたびに、確実に半径何センチか、自分の脳内世界が広がるような感覚があったりして、何となく楽しくもなっていた。


 それを傍らでいつも楽しげに興味深く見守ってくれて、時にはもったり来るほどの「言の葉」を交わし戦わせたりもしていた上気した笑顔のコに、惹かれない奴がいるだろうか(いやいない)。うん、やはり俺は彼女あっての、今の立ち位置なのかも知れない……


 りょ……主将は、緊張とかされてますか? との本人は隠し切れていると思っているだろう、その上で俺の名前をふたりきりの時のように呼び掛けてさりげなくそれを直していくという、これわざとやってんじゃねえかと思うほどに頻繁に、やはりステレオタイプありがちなムーブをかます当の御仁に、にやにやしたりとんでもない憎悪の炎を吹き掛けてきたりしている他の面子のリアクトは最早完全に無視する体の俺は、緊張はある程度はしてるけど、それ込みで呑み込んだ上での「試合」だろ、とのだいぶ板に付いて来たスカスカ台詞じみた言の葉を台場の風に乗せて紡ぎ出していくのであった……


 あほくさぁ、と腐った溜息と共に吐き出し目指す「台場シーゼアーカジノ」ののっぺりとした建屋の、まるで六本の「塔」が重なり合ってひとつの天突く「大灯台」を構成しているかのような巨大な威容を意にも介さず、すたすたと素っ気ない造りのエントランスに向かう無藤の後を追う面々の最後尾に、自分では納得の頷きをかましつつようやく杖が取れた左膝を少しかばいつつゆっくりとした歩様で付いていく俺のぶら下がった右手指をきゅっと一瞬軽く握った熱い感触に揺らされながら、まあとにかく決戦の場へと本当に向かう。向かおう、もう。


「……」


 指定された集合場所は地下三階。フロアそれぞれの高さも相当あるのか、飾りっ気の無い貨物用のようなこれまたのっぺりとした巨大なエレベーターはたっぷり三十秒くらいの降下浮遊を俺らに与えてきてからようやく到着したようで。照明を絞った薄暗くだだっ広い通路はエレベータホールの左右に先が見通せないくらいに続いて見えた。


「何ら、静かな感じらいねぃ……他に人も見当たらごてんち、時間ば間違えとがら? ミサちゃ」


 真っ赤なTシャツの上に両袖が肩の部分で引きちぎられているように断たれているジージャンのようなものを身に着け、リーゼント状に固めた前髪トサカの下には真っ白な捩じ切りを締めているという、何かで見たことがあるような無いような、そんな負の既視感にてこちらをイラつかせてくる風体の子猿が、相変わらずは相変わらずだが珍しくまともな事を言ってきたが。


 会場右手のあちらだそうですけど……と自信無さそうな声で端末に表示された情報を見つつそう返した部長の言葉にオラ従え、と一年坊三人を取りあえず先に走らせる。果たして。


 映画館の両開きの扉に似た、それよりも密閉性とか弾力性の高そうな巨大な扉が、このフロアに降り立った時からの不気味な静謐さに囲まれつつ、まるで素っ気なく立ち尽くす不愛想な番人が如くにその場に立ち塞がっていた。


 この先……におそらく待ち構えているはずだ。不気味さ、不穏さ、そいつらも全部呑み込んでやるって俺は決めている。何でも来い。「熱血」という感情も、割と最近では自分の内に巡らせることが出来るようになっている。「感情」というもの、その得体の知れないものも、「言の葉化」することで、その外側ガワくらいは朧にてめえの内面に現出させることは可能だ。


 未知を呑み込むためのツール。それが「言の葉」だとしたら。


 そいつを最大限使って戦う競技ってやつは、実は相当に高度なものなんじゃねえか、まで今は思っている。そして「世界一」。普通に生活送ってたらまずその麓にすら辿り着けないだろう境地へと、今、俺たちは、自らの意志で……まあそこに至るまでは何だかんのあったものの、純然な、てめえの意志で。


「……」


 自然と他の面々に促されて、俺はそのごつい引手を有した扉の前に立つ。自然と振り返った俺の目には、他の六人の一様に熱意と決意と込めた顔……いや、半分くらいが弛緩したり真顔だったりしているよく言えば自然体に過ぎるそのような何とも言えない表情で佇んでいるばかりなのであって。威勢の良い言葉でも掲げて乗り込もうかとか考えていた俺は、初っ端から、しかも身内側から思わぬ足払いを食らわされたような感じでこれでもかの真顔にて無言の開扉に勤しまされる。内圧が少し掛かっているかの手ごたえと共に、今、正に、決戦の扉が開こうとしていた。その、


 刹那、だった……


 轟、と本当にそんな音が破裂するかのように響いたのかと思った。本当に地下なのかと見まごうかの天井の高さ。代々木体育館を半分くらいにしたかのような円形の競技スペースの周りをぐるり囲う観客席には、色とりどりの観客の姿が詰め込まれていて。怒号のような歓声がもうそこかしこから沸いていた。


 その中央で繰り広げられているのは、何だ? 映像だ。立体の。宇宙空間のようなスペースが実物かと思わせるほど精彩に映し出されて、そこを何人かの「競技者」だろうか、が激しく飛翔したりエネルギー光線的な何かを撃ち放ったり、光と音の身体に来るエフェクトをカマしながら、うん、これは「戦闘」といって差し支えない奴だな……


 傍らの部長の顔を見やると、真顔の俺とは真反対にいつもの上気顔に黒い大きな瞳を興奮で煌めかせたりしているのだが。


 これ……初見だが大丈夫か? との問いかけは自分の内に封じておいた。何であれ、やるしかないのは定かであり。集合時間をずらされていたのは、この「対戦」の前情報を各々に平等に与えるためだったのかもな……みたいな、ここに来ては心底どうでもいい思考を取りあえずは浮かばせて、それに一瞬すがることで俺はこれからの去就を逐一組み立てる作業へと脳内演算をそれに割り振ろうとしていく。


 やるしか、ない。

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