Parola-10:探求……そレは、満ちタる路無き未知ノ砂礫に埋もれ進ム道テい。
二時間が経過。涼しさを孕んだ心地よい海風が身体を撫でるように吹き過ぎる中、しかしまだお目当てのものは掘り当てることが出来ていない。
「……」
流石のうるさ三人衆も薄灰色の土に塗れた両の腕をだらりと下げて立ち尽くし、そしてそれらの顔は一様にいつものうるさい表情をこそぎ落とした真顔であった。俺はと言えばそれらを尻目に、昔のままの間取りや造りにいちいち「郷愁感動」のようなものを感じさせられながら、埋もれていた記憶のいちいちを脳の奥底から掘り出だす作業をやや嬉々として行っているばかりなのであったが。
「ここが……主将の生まれ育ったおうちなんですね……何て言うか……ちょっと私も懐かしいっていうような感じを受けてますっ、おかしいですけどね」
相変わらず距離感が近い。宿のおかみさんは通話越しの気さく声を体現したかのように対面してもそれは気さくに振る舞っていただき。例の庭掘りもそうだが、家探しのように建屋の中を隈なく見回りたいという俺の訝しさ満載の申し出にも快諾、郷愁を刺激して例のあの「缶」の隠し場所が間違っていなかったかを模索しようとしていたそんな俺の後ろをふんふんと本当に声に出しながら付いて来ていた部長が、二階に上がって開け放された障子窓から臨む広大な青にかかる白い波濤を何とは無しに見ていたら俺の肩にその上気したおでこをくっつけそうになるほどの位置にて放ったのが先述の甘い飴玉を口中で転がすかのような声。
古い家って、何かそんなのあるよな、と、俺の中の「野性」が「抱きしめろ」、同じく「獣性」が「押し倒せ」というプラカードを掲げてくる中、理性の番人であるところの俺は極めて穏当なる返しを極めて自然に返せたことを自認する。いや「生まれ育った」は言い過ぎだろうと思ったが、まあ、子どもの頃の記憶……と言うか「思い出」の中で、決して派手では無いものの鮮やかに色づいているのは確かにこの原風景なわけで、それプラス灰色に染まりかけだった正に今の俺が見ている風景に混沌としながらも鮮やかな色をセピア色とは真逆に佩きつけてきてくれているわけで、そんな、諸々に繋がるこんなきっかけを作ってくれたこの部活に改めて礼をしたくなって水平線に向かって合掌しつつ黙祷を捧げてみた。
もうっ、なに拝んでんですかー、という楽しげな声と共にはたかれた左二の腕の表皮がTシャツ越しに感じ取った熱さに、硬いジーンズを履いてきて良かったと思わせるほどの熱が全身を緩やかに巡る。うん……俺の祈りがどこかに届けばいいのだが……
「お楽しみのところ、ごめんやけど」
そんな可視化できるほどの薄紅色の空気に包まれ始めた和室六畳間の入り口にて、いつの間にだろうか、壁によっかかりつつ腕組みをしたままこちらを見ていた無藤から、そんな作られた快活さを宿しながらも確実に氷点を下回っていそうな温度の無い言葉がこちらに向けて放たれてくるのであった。
ミササギ部長を護る御付きのような立ち位置にいる無藤は貼りつけた笑顔のまましっしっと犬を促すかのような素振りを俺に向けてすると、あの男は今までスポーツで発散してたやろう「熱」を今は身体中パンパンなるまで溜め込んどるやろうから不用意に二人きりになったらあかんで、との部長に対する小声の耳打ちレベルの忠告を、明らかに俺にも言い聞かせるように言い含めているが。俺の理性をなめるなよ? と、無藤はずいと窓際の俺らの間にその細い身体を割り込ませるかのように乗り出すと、外の面々にも聞こえるでかい声でのたまう。よりも先に柑橘っぽい香りが漂ってきて俺は呼吸を咄嗟に止めることでそれを回避する。
「昼ごはんは何と!! そこのボコボコになったお庭でバーベキューパーチーを催してくれるっちゅう話になったやで。これはパリピイベントに縁の無かった一部面子には黄金体験と成り得る朗報やなぁ、てなわけで買い出しは男性陣にお願いするわ。国道を一キロくらい行ったら半業務用みたいなでかいスーパーがあるんやて。予算は一万円以内でお願いしまっせ」
お宝はもう諦め気味なのか。窓下を窺ったら、はぎゃばぁ、ようやくおためごかしのごたる労働が終わったとらぃねぃ、という子猿のイラつく甲高い声が二階まで立ち昇ってきた。ので、当たらないように細心の注意を払いながらも松葉杖を窓から鋭角で落とすと、ほどよく耕された庭土に先端が呑み込まれ刺さりそそり立ち、それと同時にこここ殺す気がぃやぁッ!! との非難の声が上がって来た。
どどどどぉういうことですかなッ、せっかくの休みを返上してこここのちんけな田舎町に出張って来てみればタチの悪いデマに踊らされたと、そそそそのようなことなのですかなッ、と一階に降りて縁側の方を見やると、迷彩が土に塗れて少しサマになったと言えなくも無い砂漠からもそのような非難の剣幕を受けるものの、まあ待て、記憶違いがあったかもだ、俺の構築した推理に因ればこの敷地内のどこかにはきっとある……と溜めて言ってみたら鵜呑みにしておとなしくなった。
とは言え、おかしいな。あの記憶は確かなものと思っていたが。思い違い? あるいは無意識の改竄でもあったのか? 消したい記憶、消せたと思ってる記憶は多々あって脳内のそこら辺にあるからその辺りのことはあまり分からんし深追いしても詮無いことになりそうなのでやめておくし、件の「庭リフォーム」の際に失われてしまったという可能性も無くはないが、まだ時間はある。おかみさんに詳しく聞こうにも流石にバーベキューの準備をしてくれている中で落ち着いてという雰囲気でもなし、腹を膨らませば脳に血も通うだろうという自分でも短絡と思わざるを得ない思考に支配されつつあるが、祭り、浴衣。そちらの方が重要と言えなくも無いので理性でもそう判断した。ひとまずは飯だ。その間にも自らの、そしてお互いの「言の葉センス」を研ぎ澄ませるという大義名分をも翳して。
さて。
「何やら急に『部活』というか『サークル』めいて来たような気もするけど、悪くないねぇ、こういうの」
俺が持つと言ったものの、まだ完治していないんだったら労りなよ膝は大事なとこなんだしさ、という相変わらずの堂に入ったイケメン力を発せられてきたので初心な女子中学生のようにう、うん……とその言葉に甘えることとする。「サークル」ってのは大学なんじゃね? とか思ったけど、こいつは上の世代にも好かれる人材だったことを思い出し、何と言うか、俺とは世界の広さが違うなとか思い知らされる。バスケもやりながらリア充生活も送る……相当なもんだと静かに唖然とさせられるが、当の本人は流石日々厳しそうな練習で鍛えてるだけあって、肉やら野菜やらでパンパンに膨らんだレジ袋をふたつずつ両手に提げつつも軽々とその長い脚を繰り出して海沿いの国道をすっすと歩いている。のがまたサマになるな。さりげなく杖を突いたり突かなかったりの俺の歩様に合わせていたりもで、こいつぁモテるわけだぜ……
カードは……カードは……と、先ほどから行きも帰りもそんな掠れ声を放心しきったツラで漏れ放っている砂漠の野郎は耳障りであるものの、先ほどからそれの行方は俺も気にはなっていた。記憶としてはやっぱり埋めた。かなり深くまで掘った? 五歳とかの子供のことだぞ? であれば浅すぎてすぐに出て来て誰かに見つかった? いや一軒家の庭先だしな……見つけたとしたら……じいちゃん? なるほど、そういうことか。埋めてほどなくして出て来たあの缶を見つけたのはじいちゃんっていう推論がもっとも「らしい」くはある。だったらまあもう無いかもだ。じいちゃんが亡くなってあの家はすぐ売られたとか聞いた記憶がかすかにある。その買主が今の民宿の人だとしても、遺されていた家財は然るべき処分が為されたはずだ。古びたシッカロールの缶なんて速攻で廃棄処分だろう。
とか思って、諦めて吹っ切れて帰ってみたところだった。
「これ……っ!! これですよね主将が言ってた『缶』って……」
靴脱いでたらいきなり上がり框にすすすと駆け出して来ていたミササギ部長の上気した笑顔に出くわす。勢いよく突き出されてきた薄い円形の錆びた缶に郷愁感は惹起させられたものの、あやうく前歯をそれで持っていかれるところだった。丁重にそれを受け取ろうと右手を伸ばしたら何かを勘違いされたかその右手を熱い感触が包んだかと思ったら身体を引き上げられる。いやいや……そのまま縁側に面したちゃぶ台のある広い座敷にいざなわれるが。そこで諸々昼食の準備をしていた無藤と目が合い、また鼻で笑われるような表情を受ける。と、
「はつぁ……あんだけ掘ったらけばしちょぉも見つからんがっちょばを、ど、どどどっこにあっだとばいに?」
「ここここの佇まいはやはり十年がとこの逸品たる風情が否応醸し出されてますぞなもしぃぃぃ……真贋の目に長けたる私ならば一見にて申すでしょう……『真、なり』と……」
「これはぁーアレですネー、天花粉のやぁーつデござまっしゃロ? ロ? ロ?」
喰い付く時の時間差が毎度無い。
が、毎度の三者のみならず、一之瀬、無藤に至っても何故か興味をふいと見せながらちゃぶ台を囲んでその古びた缶を眺めてるという図が展開されるのだが。ミササギ部長がどうぞどうぞと開封を俺に迫るが、見つけたのは自分だろ?
「私達のお借りした二階部屋の桐の小箪笥の上にそっと置かれてたんですっ。飴色で凄いいい色合いしてるなーって思って見ていたらそんな風に素っ気なく。だから一回見過ごしちゃったんですけど、あれって二度見したら正にそこにあって……」
かなり興奮しているのかそんな風に熱っぽくまくし立てながら、正面で胸元をたわませながら俺の手に缶を押し付けてくるのだが。同時に熱を持った指先も先ほどから俺の中指薬指の第二関節辺りをさするように触れられてしまってるんだよなぁ……そういうことは控えようか。
発見者に開ける権利はある、と言ってみた俺だが、いえいえ所有者ですよぅ、いや俺の所有権なんて最早手ぇ離れてるだろ、いやどうでもええねん早よ開けぇや、は、はわわじゃあふたりの共同作業で一緒に……とかのやり取りを経てようやく。
「……」
少し歪んでいた蓋を何回か揺するように細かくずらすとコパ、みたいな音を発して呆気なく開封の儀は済んだ。中には見覚えのあるコンビニ袋のロゴマーク、に包まれた掌サイズの塊。やっぱりこれだ。雨ざらしになってたって感じでも無さそうだから、やはり早い段階で見つけられたのだろう。幼き時分の自分の詰めの甘さに、まあそんなもんだろ、と流しつつ丁重にその包みを解いていこうとした。と、持ち上げたその塊からこぼれ落ちるようにして一枚のカードがひらりとちゃぶ台の天板を撫でるように滑っていった。何だ?
カードでは無かった。二つ折りにされたメモ用紙みたいなものだった。そいつには記憶が無かったので、内心首をかしげながらも、摘まみ上げて手渡して来た無藤の無言の圧力に押されるようにしてそれを受け取り、広げてみるのだが。
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