Parola-09:迷走……そレは、流レ染めにし麻衣に描く煩水の蕪ら曼ダら。

 藤沢で乗り換え、小田急電鉄江ノ島線にて南下する。鵠沼海岸くげぬまかいがん駅。早朝だからかサーフィンの季節にはもう少し早いのか、物寂しさを感じさせるホームに降り立ったのは我らが七人のみであったが。


「はぎゃ。ここな本当ほんくらに『海岸』だげにか? 密っとぉとがにや。間違えたんも? えがぁ? んパィンセィン?」


 行きの道程から浮き輪に身をくぐらせているティーンエイジャーを現実で初めて見たが、おそらく遊泳は無理だろう時期であるため、それ自体が無駄になるだろうなとか不必要なことを視覚を通して無駄に訴えかけてくる目にも痛い蛍光黄色パーカー姿の子猿の全身像はなるべく視界に入れないようにしながら、俺はやはりの郷愁感に包まれている。そうだ、こんな感じだった。子供の頃に初めて訪れた時もあれ普通の商店街? とか思った。ことを思い出した。小さなタイルが敷き詰められた路地と言っても差し支えの無さそうな駅前。改札出たら視界はまず目の前の建物に遮られ、ここは本当に「海岸」なのかと思い惑う。そこからも両側から迫るような商店の店舗の合間を歩き通し、またこじんまりとした住宅地の隙間をくねくねと何回も右折左折を繰り返したら突如として空が真っ青に開け、そして緑が徐々に視界を埋めて来て、潮風を感じながら突き当たった国道134号を渡ればそこから先は波立つ大海が視界を左右に突っ切って広がる。


「こいつは来て正解、って奴かぁ。合宿って俺らは市内の施設とか、行って山ん中とかだったりだったから、こりゃあ新鮮」


 淡いブルーのサマーニットを着こなせる奴も初めて見た俺だが、その七分袖を爽やかさと共に身に纏っているように見える一之瀬はその細い長身を伸び切らかせつつ腰に手をやりサマになるポーズにて海を眺めている。そのバスケの方の練習とかは大丈夫なのかとは一応聞いてみたはみたが、いやぁ、こっちの「合宿」の方が今の俺にとっては大事、とか言われた。そんなこと無いと思うが。そして、


「か、かかかカブラヤ殿ッ、こんなことをしている場合ではありませぬぞ? 早くお宝の発掘現場へと我々をいざなってくださいましッ!!」


 今日も砂漠迷彩か。それを本当に全身に纏うか。バンダナに指出しグローブ、そしてごつい革ブーツか。正装で来るんだな、やっぱりな。暑苦しさを撒き散らす樽のような身体は本当に光学的に視えなくなって欲しいものだが、蒼い海原をバックに、クロマキーが如くに浮き上がって余計に目立って過分に網膜に来る。そして甲高さと気障りさを同等レベルに同調させた負の不協和音がせっかくの海沿いの涼やかな風に乗った心地よい潮騒の音をかき消した挙句に鼓膜を苛んでくる。よって即座に黙らせるため、アスファルトに突いていた松葉杖の先の部分を、その黒革の靴の甲部分にあてがいゆっくりと自分の体重をかけていく。無言の地味な牽制に逆に慄いたのか、な、なははは、分かっとりますぞぉぅカブラヤ殿、しけこみチャンスはこの私めが作り出しますゆえ、ここはひとつよしなに……との不穏な言の葉を周りにも聞こえるデシベルで放って来たので、やめとけ、とさらに体重をかけたら、いでゅちみたいな呻きを上げてようやく脂ぎった顔を固まらせて黙った。「金カード」一枚で俺に買収された体だが、ただひたすらに邪魔をしなければそれでいいと思っている。


「オオゥー、モノホンの海を見るのはハジメテのことでシテねー、ハハッ、何か笑けるヨーナ、泣かさるヨーナ、不思議フシギな気持ちになりますタネー」


 そんななか唐突に、しゃがれながらもよく通る間の抜けたテノールも響き渡ってくる。思ってたよりも詩的で割と叙情感もありそうなその言葉に、声の主の突拍子も無い外面に隠された本当の正体みたいなのを探りたくもなってしまう俺がいるが。CAクローバーアフロ.|有戸はひょろ長い体躯にだぼっとしたラッパーが着るような赤黄緑原色のTシャツを身に着け、大仰にその長細い両腕を振り回すような仕草にて大海に面している。


「ウミハヒロイナァー、愛ゆえニィ……デスかねェー」


 聞かれても。お前にとって森羅の全ては万象お繰り合わせて「愛」なんだな……いい世界線と、言えなくも無い……


「……」


 いやきついな。自分に降りかかるよしなし事を全て「言の葉」で表現していくという事のキツさに途方も無い徒労感を感じながらも、部長方針は極力守らねば、みたいな自分でもスカスカに感じさせられる殊勝さに戸惑いをも隠せない。


 ともかく、


「あははー、愛かもだよねぇー、こんなに広いんだもんねぇー」


 海風がその長い黒髪をなびかせ、その下で上気する小顔に陰影を秒単位で流し付けていき。そのコントラストが、沖合に視線をやっているその扁桃型の黒い大きな瞳の輝きをさらに高めていくかのようで。柔らかな黄白色の陽光がその細身ながら稜線を描くところは描いているという輪郭を光り輝かせていて。


「……」


 本当に美しいものの前では、言葉は無力のような気もしている。それでもその空中を転がるような言の葉を発した人物のありようを、何とか拙い言葉で描き出そうと俺は試みている。この「合宿」に来て良かったと思える点は、まさにこの一点に集約されていると言っても過言じゃあないからだ。と、


「パイィセンのルーツを探る旅? みたいのんになった感じやけど、何やぁ、当の本人のお役得感も大概やなぁ件」


 こちらを嘲る物言いも、付いて欲しくは無かったがだいぶ板に付いてきたな。俺とミササギ部長の間にカットインして来た小柄なシルエットは、あざとさ全開の白地に紺ボーダーのノースリーブにふわっとした薄手の何て言うか分からないが白い短い丈の上着を羽織っていて、下はキュロットながら膝上かなり来ている薄緑色のパンツ。すらと伸びる生脚に目線を奪われそうになるのを必死で押し留め、その挑発的なくるりとよく動く瞳を気圧されることなく見返すと、にんまりという形容が寸分なく合致するほどのそれはにんまりとした笑みを浮かばせているその整っていると言えなくもない顔と対峙することとなる。


 こいつとの距離感は縮まったと言えなくも無いが、互いの射程距離に入ったとも言えなくも無い。エセい関西弁でねちっこく隙あらばマウントを取ろうとしてくるその姿勢は、これこそが「KOTONOHA」に通じるものがあるんじゃねとかも思うものの、まあはっきりやりにくい相手と思っている。自分には全部分かってまんがな的な空気をいかにいなすか、それがこの部に置ける俺の立ち回り方となってきているような気がしないでもない。味方として考えたら心強い、んだろうか、まだまだその辺りのことからして不明な点が多いわけで、もう再来月までに迫っているというその「大会」に向けての強化、それがこの合宿に課せられた目的のひとつであったよな……


 ちなみに、七人の学年の内訳は、俺と一之瀬が三年、ミササギ部長と無藤が二年、他三名が一年となる。つまりはっきり暗黒の世代がこの先数年に渡り展開されることが確定している。そしてしかし、学年差を微塵にも感じさせない下級生らの振る舞いに、そこに何か居心地の良さを感じている俺もいるわけで。この辺りの感覚は自分でも分からないが。ともかく一緒にいて疲れるが気は遣わないで済むというか。練習の後の心地よい疲労感と言うか。いやうまく「言葉」で表せてる気がしねぇ、やはりまだまだなのか俺は……


「やるからにはやると、俺は決めている。そしてやれるべき事は全てやっておく、っていうのも信条だ。『カード』も得て、『言の葉力』も研ぎ澄ませる。それがこの合宿の目的だ。役得とかそういうのは無い」


 何で俺は無藤に対してはこういう物言いになっちまうのか。牽制と決意を込めた文言を放ったつもりだったが、何か、ごつごつなのにフワフワとした感触に落ちてしまう。そして、


「なんかもうごっそり染まってらっしゃいますなぁ、言の葉に。んせやかて『部長』はもう居るさかい、『主将』でも名乗ってみたらええんちゃいまっか、パイセン主将?」


 歌うように奏でられるその言の葉は、「作っている」のだということを先だってミササギ部長の方から聞いた。生まれも育ちもガチの葛飾柴又だそうだ。何でエセい関西弁を操っているのか、まあそういうノリってあったりするよな、とか勝手に納得して聞かなかったが、何となく、こいつに面と向かってぶつけられるそれらの言葉は心地よい。


「……」


 いやいや、そんな浸りをカマしている場合でも無い。こんな早朝から出張ってきたのにはそれなりの理由があるんだった。砂漠がのたまっていた「お宝発掘」。そう、正にの「発掘」が待っている。じいちゃんの家だった現・民宿「みその」の所在は既に把握していて、あと徒歩で二、三分ってとこか。前もって電話で予約した際にその辺の諸事情も包み隠さず述べておいた。応対してくれたのは俺らの母親くらいの年回りだろうか、気さくな声質のおばちゃんで、「庭を掘り返したい」という無茶なお願いにも快諾してくれた。この時期はほとんどお客いないから、五部屋全部貸し切ってもいいよー、とまで言われた。電話口で幸先良すぎて逆に不安になってしまった俺だったが、その予感はそこまで外れてはいなかった。


「『庭の大規模リフォーム』いうのんも、またとってつけたようなトラブルやな」


 そういうことを言うもんじゃあない。海岸線沿いの景色は満点の国道脇を、リハビリも兼ねて努めて松葉杖を三回に一回は突かずにのたうつ歩行を続けている俺の横にふい、と並ぶと、無藤はまたにやりと音のしそうな笑みをこちらの肩越しに向けてくるが。でもまあその言葉は真であって、ストリートビューでも外壁越しにだが、俺の記憶にあった「大木」はさっぱり無くなっていた。目印の喪失。そう広くは無い庭先だとは言え、七人がとこの人手はあるとは言え、ノーヒントでの捜索は結構時間を喰われるのでは無いかと思い、この早朝の出立と相成ったわけである。そして近場の神社で祭りも催されるそうで、さくとカードを掘り出してさ、そいつにも皆で繰り出そうという一之瀬のパリピ提案に、一も二も無く喰いつく烏合の面々だったが、俺も実はそういう雰囲気は嫌いじゃないわけで、さらにミササギ部長は浴衣を用意して来ているとのとある筋からの情報も得ている。


 日本の文化に直で触れることによって、自分の中に熟成される言の葉がきっとあるはずですっ、というこの人以外が発したならうすら嘘くさくなるような台詞じみた言葉を自然に口に出来るのは、やはり天賦の才能なのかも知れない、「言の葉」の。


 俺は俺で、自分の中に熟成させるがため、網膜に灼き付けておかなくてはならない浴衣峰のために、必死で幼き頃の記憶を探りまくるのだが。


 目的の「お宿」が視界に入って来る。

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