Parola-06:決然……そレは、空回る熱気ヲ掻き抱く両のかイな。
「桃色」……そして「べりさくす」。俺の中で錆びついていた、何かが軋み動き始める音がした気がした。配られたカードに目をやった瞬間からこの俺に宿りし勝負師……いや決闘者の
「……」
いや、熱に浮かされている場合ではない。いや、熱? それは目の前で目を輝かせている御仁に多分に引っ張られるようにして為されてきたものであるにしろ、何となくこの「言の葉」類いのことに……惹かれ始めている俺がいるような気もしていた。
それは無いか。いや有るか、無いか。分からなかった。ただ、いま俺がやらなくてはならないことは、対戦相手でもある言の葉部長に自分の
気を取り直して一枚チェンジ。場に積まれた札山から、渾身の力を親指人差し指中指に込めてドローしてくる。果たして。
「……ッ!!」
ちらとめくり確かに視認した文字は【る】。来た……ッ!! やはり俺はこの競技に愛されし存在だったとでも言うのか……ッ!!
ミササギ部長は二枚チェンジ。ポーカーフェイスは苦手なのか、いやむしろそのくるくる変わる愛らしい表情の全てが作られたものであるのか、例のあの「少し困り顔」だ。息を鋭く吸ってその無自覚の盤外戦術みたいな攻撃から身を交わす。あくまで決着は「言の葉」でつけたい。
自分に宿ってきた熱血は、いったいどこ由来のものなのだろう。何かに打ち込むことでしか、俺は俺というものを制御も理解も出来ないのかも知れない。いやそんな自己分析。何か分からないが、今日は色々考えさせられることが多いな。ひとまず脳をクールダウンだ。
はいはいそれじゃあオープンの前に「手役の申告」やぁ。先攻後攻で有利不利が出ないようにっちゅうエセ平等さと、ま、何ちゅうか対局の「映え」目当てなルールやとは思うけど、とのS・無藤の言葉に、えぇと私は「ツーペア」ですっ、と眼前からそんな可愛らしい声が転がってくる。手役ってのはポーカーそのものでいいんだな? であれば。
「……『ファイブカード』」
俺は殊更に背筋を伸ばし、斜に構えた上で極めてクールに、何でもないようなことのようにのたまう。途端に視聴覚室全体に広がるどよめき。
「は、ハッタリっちゃが!! あげなブタカードで『五文字』なんて作れるわけがなかばらっどッ!!」
子猿クン……キミの語彙力でそう判断してしまうのは早計だ。語彙力と言うか、何より俺はまだそのどこ郷の言葉の半分も理解は及んではおらんのがね……
「へぇ、じゃあ先輩からオープンよろ。何てか、ルールは分かってるかと思うんやけど、それでも逸脱するってことはままあるさかい」
柄にも無いダンディ属性に包まれた俺を、無藤がちらと冷めた流し目で見つつそう促してくる。まあ初っ端も初っ端だ。そんな疑り、までは行かないまでも勘繰られるのは必至と、そう言えなくもないかねフフ……
「……」
まずい、キモい表情を呈していたようだ。はよ、みたいな関西弁の言の葉のつぶてのようなものが、その整った顔の中心の眉間から放たれてきたように見えた。よし、気を取り直せ。
長机の上に自らの手札を晒していく、右から順に、相手側に向けてよく見えるように、呈された文字は【さ】【る】【す】【べ】【り】。そう、
「『
持ちえた知識にも合致して、そのようなキメも放てた。これ以上無い収束。ほわぁ……みたいな溜息のような甘い声が眼前から放たれてくるが、忖度なしに驚き含みの賞賛、が混じった表情と見える。勝った、全てに……ッ!!
「ほぉほぉほぉほぉ、素点マックスの『50,000KP』やわ、これはなかなかのアドバンテージやねぃ?」
ん? 圧勝と思ったが、封殺と思ったが。無藤の口ぶりはまだこの対局が続くような感じだ。それもさも当たり前のように。何だ? この完勝にケチつけられるとは心外だが。
「待った、もうこれでミササギさんの勝ちは無いだろ? 俺の手役が承諾されたんなら、『ツーペア』じゃどうあがいても素点を上回ることなんて出来ない」
言わでものことを、それでも噛み砕いて述べてみる。自分の中で間違いはないかも確認し、万全を期すためにも。「二枚使用」は「10KP」、それに最大倍率であろう「二文字使用」での「×500倍」でも「5,000KP」、それがツーペアなら最大でも「10,000KP」。この計算が確かなら、彼我の点数差は実に五倍。そのはずだ。
それともこの対局とやらは、あくまで相手のことを慮って最後まで形作り的に互いの「披露」まではやるものなのか? まあどちらにしろ俺の勝ちは揺らがないが。それよりも今まで女子と連れ立って遊びとか行ったことが無い俺にとっては、そのスケジュールを詰めることの方が現時点での最重要命題に思えた。
「最初っからずーと言ってたやろ、ワードそのものの素点の多寡だけを競うよーな、そな浅いもんやないんやで『KOTONOHA』はぁ。『平常心』、何べんも言うたはずや。そして相手の言の葉に心揺らされたのなら、割合で素点を差っ引かれるてこともなぁ」
にやにや笑いをその蠱惑的にも見えるアヒル口の両端辺りに浮かばせながら、無藤はこっちの考えてることなんてお見通しですよ的な言葉を投げかけてくる。敬語とかあっさり無くなったな。いや、平常心とか言ってたは言ってたな、腕にも何か着けてるし。なるほど。確かに文字数の多寡だけで決まるのもそれはそれで、みたいなところはあるかもだ。そして冷静に鑑みてみるに、一文字とか二文字とかで、そうまで人間の精神は揺さぶられないような気もしている。たかが言葉、この場に居ておいてなんだが、脳の隅の方ではまだそんな考えがふよふよ漂っている俺も居て。
圧倒的有利、優位。詰まるところ、そんなメンタルが俺を包んでいる。そしてそれはそんじょそこらの事では揺らがないと、思っている。何より賭けているものが違う。来い。どんなものでも俺は動ぜず受け止めてみせる……ッ!!
じゃ、じゃあオープンしますねっ、というミササギ部長の頼り無い声と共に、その細く長い指がおずおずと、自分の前の二枚の札をひっくり返し露わにしていく。書かれていた文字はどちらも平仮名。それは想定内。その文字は……また草書みたいな読みづらい奴だ。札のプレミアがどうとかも言われていたが、初心者の俺はそのことで揺らされるようなことは無い。自分の精神が凪いでいることを再確認する。よし、と思った。その、
刹那、だった……
「……すき……っ」
もじもじと、それはもう「もじもじ」という文字が中空に浮くくらいにもじもじした黒髪の少女が、上気していた顔をさらに赤らめ、潤んだ上目遣いで湿った吐息と共に紡ぎ出したその二文字の言葉、いや「言の葉」は。
「……」
がつんと、重量のある金属質な何かで俺の側頭葉を右、そして振り抜いてからの左、を連続で喰らわせたかのような衝撃を呈して来ていた。と同時に俺の中の何かを凶悪にも突き貫いたわけで。途端にプーという間抜けな音が無藤のスマホから響く。
「あー、綺麗な『一本』やな、脈拍、発汗、とか全部ぐっちゃになっとるでぇー。割合ダメージ60%、っつう事は、先輩の残りKPは『20,000』ってわけや」
待った。
「いやおかしいだろ、お題は『桃色』だったはずだ」「桃色やん、『好き』ゆう何や恋する気持ちはこの上ない桃色やろがい、現に今パイセンの頭ん中可視化させたらどピンクしとる思うで」「ぐっ……百歩譲ってそれアリにしても、それで半分以上減らされるって何だよそのくそルールは」「事前に言うてたけどなぁ、その詳細確認せぇへんかったんは自己責任いうやつやで」「おお分かったそいつは呑む。が、平常心揺らすってのは、こういう事でいいのか? 『言の葉』の本質からはかけ離れたものと言わざるを得ない」「見苦しいとはこの事やな。だったら揺らさなければええだけの話ちゃうん? 後からわやくちゃ言うのは往生際悪すぎるで」
しかし俺なんかの抗議では、この諸々に長けていそうな関西弁女を論破することなど出来そうも無かった。くそ……ッ、こんな手を考えていたってわけだ。まあいい。最後にそんな水を差された感じにはなったが、点数は厳然と「5,000 対 20,000」ッ!! 最終的には俺の勝ちと、そういうわけだ。よし……ふっ、願わくば先ほどの二文字を、ふたりきりの時に言わせて見せるが本当の本番だよな……ッ!!
「あー、キモい余韻に浸っているとこ御免やけど」
ぽんと放り込まれる軽々しい言葉。無藤ェ……だんだんぞんざいになって来やがったな、これがこいつの本性か。わざとらしく科を作ってその蠱惑微笑の前でその長い右人差し指をタメを込めて左右に振って来やがった。まだ難癖つける何かがあるっていうのかよ。
「あっるぇ~、こっちは真っ当なことやってるのにぃ、そな噛み殺さんばかりの顔は無いで先輩? 『ツーペア』、ミサはちゃあんと申告してたよなぁ、当然、二の矢もあるって寸法や」
そうかよ、そこまで俺に桃色の青春を送らせないつもりかよ。確かにそれは納得できないことも無いかもだが、もういいぜ、もう俺は揺らされない。ミササギ部長を見据える。慣れるんだ、平常と、思い込むんだ。はわわ、みたいな慌て顔で峰の前で両手をわたわたさせた結果、ねずみ色のセーターの下のこんもりが左右に揺らされていたとしてもだ。
空気。空気を吸え。四百のスタート前だと思うんだ。ここから五十秒弱、俺は呼吸を止めて、二の矢という奴を受け止めてやる。走り切る、この対局を……ッ!!
何かを消化し、何かを昇華させた俺は、姿勢を正し、厳然と愛らしさを醸してくるミササギ部長にきちんと視点を定める。そうだ、この愛らしさこそは平常、自然なるもののはず。それを受け入れれば、もう愛らしさに揺さぶられることなど無いはずだ……ッ!!
かつてない熱血が俺の身体を巡り、そして最後の攻防が始まる。
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