Parola-05:勃発……そレは、表に出さズに裏秘めし隠し木のモり。
「『KOTONOHA』競技は多岐に渡ります……例えば今ふたりが興じていたいわゆる『カードバトル』的なもの、あるいは『競技かるた』的なもの、『ポーカー』『セブンブリッジ』的なもの、『神経衰弱』『七並べ』、それにそれらに昨今包括的に加わるようになった『eスポーツ』要素……個人戦から団体戦まで、それこそ日本語の多様性を体現したかのような百花繚乱の種目がランダムに呈される、さらには初見のルールが常に追加されるのが必定という、まさに対応力が問われる苛酷なものなのです……」
菓子やら飲み物が置かれた長机をふたつ横並びに繋げて、七人がそのぐるりへ車座になる。ちょっとは落ち着いて会話が出来そうな空気にはひとまずなったものの、適当な自己紹介ののち、改めて説明しますっ、と両拳を軽く峰の前で握り、時間遅れでその峰を弾ませつつ立ち上がったミササギ部長の説明は、それが懇切丁寧であればあるほど、混沌がカオスを纏いて待ち構えているのでは、といったような不穏な構図を描いているだろうことを嫌というほど俺の大脳には刻み込ませてくるのだが。
「いや……それ聞くのも初めてなんだけどさ……それは、その、やってて面白いもんなの?」
我ながら不躾で根源的で、さらには火薬庫に着火したオイルライターを放り込むような発言だったかも知れない。それでもその根源的なことを聞いておかないことには、流石の下心フル装填の俺でも、諸々進めてはいくことは出来ないような気がした。そして今更ながら鑑みてみるに、部長さんとお近づきになれる以外のメリットは皆目見当たらないばかりか、絡みついて来るデメリットの方が多そうに感じたというのもある。
案の定、
「お、おメが新参にゃらが知ったような口を利くなんちゃがッ!? 我がにきらは崇高なる『コトノハ』ちゃがぶる道をぐろんぎ究めとぉとがなにきがッ!! ××××(他も良く分からないがここはさらに何を言っているか分からなかった)にゃーこつば、きさんとろぅがァッ!!」
「ハハハハハ、遂に馬脚を現したようですな、ここまで来てその本質に気づけないまま、それをさらに阿呆のように露呈するとはコポホホ……下 心 完 全 論 破……ッ!!」
「オァウ、ま、とりあえず触れてミーノ、やってミーノの大和魂にて、ゴンとぶつかってみるがよろしよろしオマーね」
三人同時に喋るから耳障りさが三乗なんだよなぁぁあ……個性が鼻につくというか直に両穴に無理やり挿入してくるまである側の面子が矢継ぎ早に返してくるリアクトに胸やけを起こしつつも。
「でも実際やってみないと、ですよね? カブラヤさん、じゃあ簡単なものを私と二人でしてみましょうか?」
俺に彼我距離一メートルも無い至近にて、面と向かってその常に甘やかな声で紡がれて来る「言の葉」に、現に揺らされている自分がいるのも確かだ……しかも名前を呼ばれて。「カブラヤさん」? 「私と二人で」? 「してみる」? 言の葉というものは時に人の煩悩を貫くアイスピックのようだね……
「……」
柄にも無く脳内ポエムを紡いでいる場合では無い。何であれ、まずは真っ向から迎えうつ、それが俺の信条、だったはずだ、多分。と、
「五枚勝負、です。『ワンフレーズ×ブレイズ』という名前の競技で、今回はオーソドックスな『お題』で行きましょう。まずはそのバングルを左手首に装着してください」
極めて楽しそうに、そして極めて事務的に、上気顔のミササギ部長は俺の前にその起伏の激しい上体を伸ばして何かを置く。黒い、輪っか状のもの。何とかウォッチのように腕に嵌める奴だろうということは分かった。だが何故?
「お題に対して正確に『言の葉』を紡ぎ出し、対局相手の心をより揺さぶった方の勝ちって競技や。単純なようでいていっちゃん奥が深い思うとる。その腕輪は発汗、心拍数、呼吸の乱れなんかを的確にスキャンして、リアルタイムでいかに『平常心』から逸脱しているかを数値で示してくれる奴や」
ムトーが柑橘系の香りを振りまきながら横から身を乗り出しつつ俺の左手首にその「腕輪」を巻き付けてくるが。その際、冷たい指先が俺の手首の静脈を撫でるように触れたことから、いきなり平常心から乖離しそうになる。いかんいかん。それよりも何だこの「競技」っていうのは。「相手の心を揺さぶる」? まったくもって言の葉から乖離しつつあるような気がするのは俺だけか?
「……言葉は力。よく言われることですけど、それを端的に表したのがこれ、とも言えるかもですね。ワンフレーズで、相手を感心させたり、感動させたり、笑わせたり、泣かせたり怒らせたり。それって凄いことだと思いません?」
ミササギ部長は相変わらず上気させた顔に、瞳を煌めかせながらそう可憐に言ってくるわけで。確かにその言葉ことばの一つひとつに、揺さぶられていないとは言えない俺がいる。
そして頼んでも無いのにつらつらと説明を始めたのは、バンダナを巻いた砂の奴だったわけだが、確かにこいつの言葉にはひとを問答無用にイラつかせる何かが秘められている……うぅん、仮にそうだとして、そうだとすると何となくだが「言葉は力」云々のことが説得力を持ち始めたように感じられなくもない。いやいやいやいや俺もだいぶ乗せられやすいだけかも知れないが。気を取り直して、砂漠曰く、
・対局者には最初それぞれ五枚ずつの「言霊札」が配られる。
・呈された「お題」に対し、それを体現した乾坤一擲の「フレーズ」を、札をなるべく多く使用して、なるべく短い言葉にて表現することが「素点」へと繋がる。
一枚使用:1KP 二枚使用:10KP 三枚使用:100KP 四枚使用:1000KP 五枚使用:10000KP
一文字:×1000 二文字:×500 三文字:×100 四文字:×10 五文字:×5 六文字以上:×1
・カードチェンジの機会は一度だけ。不要と思われる札を場に伏せて出し、その捨てた札の枚数分だけ山から新たに引くことが出来る。勿論、変えなくても良い。
・『平常心』から乖離した割合分、KPを減点されるので要注意!! さらにはこれによって大逆転の目もあるかも!!
いや分からんな。ポーカーのような、そうでないような。かるたか? いやそうでもないような。ともかく面妖。とは言え勝負事には負けたくはない俺も確かにいて。
平常心を持って、お題に沿った相手を揺さぶる「言の葉」を紡ぎ出す、頭の中で要約してみるとそういうことなのか? うぅん心理戦、の要素も含んでいるのか、事は単純では無さそうな様相を呈してきているようで。
「えと、それで私が勝ったら、鏑谷さんにこの部に正式に入っていただくというのはどうでしょう?」
頭の中がぐどぐどになりそうなところで、目の前の峰がまたふるりと震えたかに見えたかと思ったら、そのような前のめり気味の言葉が放たれてきたのだが。まあ、此処に来た時点ではそのような諸々含みの意向は確かに俺の中に在った。というかそれが大部分を占めていたと言っても過言では無い。が、
が、だ。
周りを見回す。子猿、アキバ、クローバーアフロ、関西弁女子、バスケヒーロー、濃すぎる。こんな中にいたら絶対にミササギ部長との距離を詰めることなど出来はしないだろう。であれば面識はなったのだから、別方面からのアプローチ……例えばそう、図書委員だ。薄いとは言え正にそんな接点があるわけで、それをつてに学外でうまく立ち回る方がよほど確度は高いのではないかと踏む。だからこの唐突に出された「賭け」は突っぱねるべきだろう。勝負方法も向こうに完全に分のある状態だ。無策で飛び込む、それは避けておいた方がいい。
いいに決まってるのだが。だが、
逆に好機では……? 向こうから条件を出して来たってことは、こちらからの条件もまた飲むスタンスにあるってわけだ。条件……あるいは報酬、的なもの……
「先輩ぃぃ、平常心が乖離し始めちゃっとるでぇ、ま、ま、考えてることは分かるけどなぁ、ほんなら『それ』を条件としたらええやん、やる気も出るっちゅうもんやろ?」
ムトーの悪戯っぽく発せられる微笑と言葉に、さらに揺らされそうになる自分を、身体を巡る血流と共に感じてしまうが。
「あー、ほな先輩が勝ったら、部長と一日デート!! どや? ベタやけどいっちゃん無難でさらに可能性は無限大なやーつ、やろ?」
この短髪少女は俺の心を確実に読めるのか? 無難だが可能性は無限大、正に俺がそう思っていたところのそれだ。そしてこちらの口からはおいそれと言えない条件でもあった。それを軽々と……ッ!! こいつ、俺の人心を掌握してくるような……だが、それに乗らないわけにはいかない。
ちょ、ちょっとぉデートだなんてサユキちゃんっ、との言葉がミササギ部長から飛び出すが、それは少しの照れと困惑を孕んでいたものの、嫌悪とまでは行ってないと見た。であれば、
何だか今日はいけるのかも知れない……
急速に沸いてきたやる気を何とか静かにコォォォと呼吸法によって鎮めると、対局の承諾を、俺はする。
「平常心」? 望むところだ。目指すものの為なら、俺はブレずに行きつけるはずだ。これまでもそうやってきた。これからもそのつもりだ。だからこの「対局」とやらでこの俺に精神的動揺によるミスは決してない!と思っていただこうッ!
お題はどぅるどぅるどぅるどんっ!! 「桃色」やぁ、こいつはえらい簡単なやつが出たけど、そのぶん各自の発想力が問われるやつやでー、とのランダムで「お題」を呈してくるアプリがあるのか、スマホの画面をこちらに向けつつ言って来たムトーの言葉、そして、
配られたカードは、【べ】【り】【さ】【く】【す】。平仮名だけなのか? 「常用漢字」云々大騒ぎしてたやつらがいたような気がしたが。いやそれはいい。
乾坤一擲の引きを持ってきた……ッ!! このままでも大物級だが、さらにカードチェンジで化け物手に変わる可能性を確実に秘めた手札だ……ッ!! いける……
俺は呼吸をさらに抑えつつ、カードを一枚伏せてチェンジの意を告げる。ここからがッ!! 俺のターンだッ!!
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