Parola-04:迷惑……そレは、何気なイ顔して入り込む一握のスな。

 窓の外はやはり爽やかさを伴い揺れる緑があったものの。その壁一枚隔てたこちら側には、それなりの、沈黙があった。それなりの静寂としじまが無為にせめぎ合うという空間が、やはりこの視聴覚室(旧)には展開していた。誰が何を、どう話していくべきなのか、各々皆目分からないという状況なのかも知れない。


「……?」


 そんな中でも可憐さを宿した困り顔という、安定の高攻撃力を有した表情にて、隣の関西弁少女やイケ男の方を心配そうに見やっているミササギさんにやはり俺の目は奪われているのだが。しかし、


「だ、誰でぃ、こいつわぃッ!? い、いきなり現れっちょば、挨拶も無きにき、何じょらいねッ!!」


 軋む金切り声という、聴の不快指数が振り切れているような耳障りな音波が、俺の真正面から響いてくる。先ほどの入室時より気にはなっていたが、認識することによってより厄介なことに陥りそうなのは自明過ぎるほどの存在であり、努めて五感からシャットアウトさせていたものの、そんなパッシブな防御壁などでは遮り切れないものをやはり持っていたようで。


 その眼にも心にも痛い全貌をひと言で表すのならば「茶色い子猿」……その変声期も第二次性徴期もまだ迎えていないようなフォルムに、発してくる全般的に騒がしく浮ついたノリも併せて鑑みるに「小五男子」と表現した方がよりしっくりくるかも知れない……が、ちゃんとこの高校のワイシャツ、スラックスを身に着けていることから下手したら選挙権や普通自動車第一種運転免許を有している可能性もある。


「あ、ごめん、紹介しなきゃだよね、こちらは図書委員のええと……」


 子猿然とした輩が思い切り眉間に力と皺を寄せながら顎をしゃくってくるという結構なイキれっぷりにも動ぜず、ミササギさんは俺の事を紹介してくれようとしているが、案の定、俺の名前とか諸々はまったく彼女は認識していないことに今になって気が付いたようで、こちらに少し照れた感じの可憐顔を向けて促してくる。認識云々については、ただの頭数としてしか見られてなかったのかよというような不本意がこの上無く去来してきたものの、動作と共に峰を複雑に揺れ動かされた上で促されたのならば、促されない男は世界中の誰よりきっと稀有なる存在と思えた。


「三年の鏑谷。『言の葉』というものに非常に興味を覚えてここまでいざなわれた。右も左も分からない新参者だが、どうかよろしく頼む」


 さくりと杖を突きつつ立ち上がると、そんな自己紹介の言葉がつらつらと唇の隙間から漏れ出て来ていた。俺はいつの間に、これほどまでスカスカした台詞を紡ぎ出すことが出来るようになっていたというのだろう。そして姿勢を正し、真剣に改まったツラで述べたにも関わらず、関西弁とイケ男の方からほぼ同時に声にならない呆れ喉音が流れて来たように感じたが。君らは人の下心を的確に察知できる能力を持っているのか? と、


「こ、こここの男は嘘をついておりますぞぉッ!! 三年の今から新たにこの崇高なる部に入ろうなどと見え過ぎて見え透いて逆に不透明に感じますぞなッ!! おおかた良からぬ下心を抱いて、部長殿の博愛を何かと勘違いして鼻の下伸ばしてのこのこやって来たに決まっておるゥッ!! コポポォ、完 全 論 破……ッ!! ぐうの音以外に聞かせるべきことがあれば言うがよきでござるよ?」


 それより食い気味に子猿の隣で鼻息荒く自分の出を待っていたかのようにのめり気味だった、汚らしい長髪に茶色ベージュ薄緑色の混ざった都市の真っただ中なのに砂漠迷彩を身に着けているところに心象風景としての砂漠を宿しているのかどうかは分からないがそのようなバンダナを巻いた奴が、持さなくてよい満をその脂ぎった丸顔に浮かび上がらせつつまくし立ててくるよ。ここまで寸分たがわず己の首元へと閃き戻って来るブーメランを投げる輩を俺は知らないェ……と、


「オァウ、部長ブッチョサン、それではァ、これにてェ、サマラァーイが七人揃たということになるワイノット?」


 そしてやっぱり被せてくると思ったらその知れ切った未来にいま現実が追いつき、寸分違わず重なり合っていく……エセ過ぎて母国語が何なのか分からない交換留学生かあるいは単なる日本育ちの残念ハーフかの区別も付かなかったが、存在感という点においては他の二人に負けるとも劣らない褐色のクローバーが音程はグラグラ揺れるものの抑揚というものがほぼ無いという不気味な音波を放ってくるのだが。


 「言の葉」とは。


 図らずも突き付けられた初っ端にして最終でもありそうな命題に、思い悩みてしばし混沌の中で佇む俺を、俯瞰している俺がまた存在するかのようで。


 落ち着け。


 子猿が垂井タルイ、砂漠が暮島クレシマ、四葉が有戸アリト。各々の描写はこれ以上は省く。


「へぇ、先輩なんや、ノセちんとタメってことかぁ、あまり見ん平凡な顔やなぁ。うちは二年のムトウ、『無い藤』って書く『無藤ムトウ』やで、よろしくカブラヤ先輩パイセン?」


 それよりも、こちらの話の通じそうな面々と諸々を進めるべきだろう。何と言うか、格差という言葉は好きでは無いが、それ以上の落差を伴った何かがこの視聴覚室を分断しているかのように感じる。俺は多分ちょうどそのどちらにも属さないだろう、中途半端に平凡なところに位置しているはずだ。陸上やってた時は気にもしなかったそういった類のことが、このごろやけに気になって来ている。いや、何かに浸らされている場合でも無い。無藤と名乗ったショートの女子の方は見た目通りの軽いノリにて、机のひとつに手にしてた袋からどかどかとペットボトルやらスナックやらを広げていっている。「コトノハ部」とのたまってはいたが、本当にこれは部活なのか? いまいちリアクションが悪い俺に無藤はわざとらしく小首を傾げながら何かあるの? みたいな感じで促してくるが。であれば。


「大会がどうとか、世界一がどうとか言ってたよな? そこら辺の説明を頼む。具体的に何をやるのかとか」


 真面目にまずは行くことに決めた。無藤や一之瀬には勿論その肚の底までは読まれてはいるのだろうが、それはそれ。何よりもう俺を仲間と認めてくれてその柔らかな笑みを向けてきてくれているミササギさんだけを俺は見ている……と、その顔がまた例の聖なる困り顔のような表情を呈してきて、俺の精神の底にある何かを貫いて来ようとするのだが。


「明確に定められたルールというものが存在しないというのが、『KOTONOHA』という競技の難しいところでもあり、興味深いところでもあるのですが……」


 その説明は全然的を射ることなく、何でも来い態勢だった俺も流石にお、おう……としか返事をすることが出来ない。そんな俺の顔の引き攣り方を見て取られたか、また上気を吹き上げてきたその輝く瞳にて射貫いて来ようとする。うぅん……我ながらちょろ過ぎるのでは。


「でもですね!! これだけは決まっているんです、この『言霊札パロゥラ』というカードを使うってことだけは!! それでですね……その『札』は各自で用意するんですけれど、もう何て言うか凄いプレミアがついていたりでですね、その辺りからもう戦いは始まっているんです……ッ!!」


 俺の眼前に突き出されたのは、どこから出されたのかは分からなかったが、金色の縁取りが為された、いわゆるトレーディングカードって奴だろうか。しかしてその白魚のような指につままれた「札」の表面には華美なイラストやらが描き込まれているというわけでも無く、ひどくしなるような墨痕鮮やかといえば鮮やかな、達筆すぎて一見では見誤りそうなほどののたくり方にておそらく平仮名の<あ>が記されてるのみなのであって。


「あ……?」


 思わずその言葉が出てしまったのも無理はないと自分を擁護してみる。想像を軽やかに半歩ずらしで越えてくるタチの悪い混沌に、持ち前の下心だけではどうとも出来ないような気がしてきた俺もいる。


「おおおおおぅッ!! そいつは『水無瀬』の『あ』でございまするなぁッ!? なななんとぉぅッ!! 超ド級QQRを間近で見れる機会がこここの私に訪れるとはァっフウ……ッ!! あ、何か興奮し過ぎて逆に何か落ち着きましたゾ★」

「はじゃがばぁぁぁああッ!! 何ぞ? 何ぞミサちゃがにばかりにそげんな幸運が……ッ!! わ、我ごなんぞぼ、こないだ大枚はたいて引いちゃったがらりあ、まさにの『糞』の字を引き当てたじゅるらるにごぉぉぉぉッ……!!」

「オァウ、『あ』……ただのォ、『あ』では無きにしもな感じデスネー、強いてェ、表現するのならばァ、『アメンボゥ、アカイナァ、愛ゆえに……』」


 喰いつきが過ぎるのでは。


 いや、俺はどう動くべきだ? どう応じるのがこの場の最適解だ?


「……」


 相変わらずの固まったままの無表情の俺にさりげなく目線を合わして来たのは、わざとらしく棒状のスナック菓子で自分の左頬を突っつきながら、値踏みしてくるような悪戯っぽい瞳をくるり回している無藤……そう言えば、こいつの立ち位置もよく分からないが。それ以前にそれにも揺らされそうな俺もいる。いやいや。とは言え。


 落ち着こうと深呼吸をするたびに、この視聴覚室に充満してきた混沌の素のようなものを肺奥に吸い込んでしまいそうで、徐々に俺の呼吸は浅く早まっていくばかりなのであり。

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