第2話

 ようやく城を抜け、尾根に入る。


ここからが本当の保管庫であり、勝手に住み着いたモンスターたちが作ったダンジョンだ。


俺ですらその全貌を知らない。


「ようやく調査対象地域に入ったぞ」


 真っ暗な山の中だ。宿舎を出発してから、もう数時間が経っていた。


「ここで一旦、休憩にしよう」


 支給品の携帯食料で、簡単な昼食を済ます。


魔力で焚いた火の灯りで、イバンは地図を広げた。


「ここまでは魔王城の、いわゆる表の面を通ってきた。建物の中では、外交的な部分だ。ここからは本当のダンジョンに入る。通路が整備されているところもあれば、そうでないところもあるようだ。俺たちが調査するのは、ここだ」


 ダンジョンの入り口に当たる現在地からは、まだ距離がある。


「迷路が完全に攻略されている階から、三つ下層に降りる。この階にあるこの扉の向こうが、まだ未調査で地図も完成されていない。それを調べるのが、俺たちの仕事だ」


「今日中にその扉までたどり着ける?」


「何とかたどり着けるだろう。ここまで行って、そこで今夜は休むとしよう。明日からは本格的な調査だ」


 フィノーラは水筒から水を飲む。


「なんだか、気味が悪いわ」


「魔王城の中にいるんだ。平気な奴なんているかよ」


 支給品の松明に明かりを灯す。


マジックライトだ。


これで暗闇に悩まされることなく、地下ダンジョンを歩ける。


イバンの持っている地図は、俺のみる限りでも正確なものだった。


各階に仕掛けられた罠も、全て解除されている。


俺たちは見えない橋を渡り、隠し通路を抜け、落とし穴を回避しながら、順調に先へと進む。


「ここだ」


 ようやく行きついた通路の先に、それを塞ぐ大きな扉があった。


ディータがそれをこじ開けようとしても、固く閉じられていて、開かない。


「まさか、この扉を開けるのも、ミッションって言うんじゃねぇだろうな」


「鍵はある」


 イバンがそれを差し込むと、スッと扉は開いた。


禍々しい風が、奥の闇から吹きつける。


その臭いに、全身の毛が逆立った。


「ねぇ、やっぱちょっと閉じとこうよ」


「そ、そうだな……」


 ディータまでもが、その空気に恐れている。


彼らはすぐにその扉を閉じた。


イバンはその仕掛けを、丹念に調べている。


「とんでもない所まで来ちまったなぁ。一度閉じたら、また鍵がないと開かないんだろ?」


「どうやらそのようだ。この付近で魔物の出現は報告されていない。全て駆逐済みだそうだ。結界も張られている。だがこの扉の先には、その保証はない。ゆっくり休めるのは、ここまでだ」


「最悪ね。こんなところで寝るはめになるなんて」


 松明の明かりはつけたまま、各々が毛布にくるまる。


俺はなぜか他の三人と同様に、なかなか寝付けずにいた。


本当に久しぶりに、ぐっすりと眠れるはずなのに……。


「眠れないの?」


 フィノーラの声に、俺は頭から毛布を被る。


「ナバロ、辛いんだったら、辛いとそう言え」


 イバンの目が、じっと俺を見ている。


「もしかして、怖ぇのか?」


「そんなこと、あるわけないだろ」


 俺には分かる。


ナルマナの団城よりも、さらに強くその臭いを感じている。


ここに残る自分の臭いと、その臭気に満たされたかつての仲間たちが、このすぐ足元に眠っている。


俺の城だ。


復活の時を、生き残ったあらゆる者たちが待っている。


聖騎士団によってかけられている、この強固な結界も、一切問題にならない。


俺は身を保つ魔法を、もう一度強化する。


明日にはいよいよ、その時が来る。


 翌日になって旅支度が整うと、もう一度イバンはその扉を開いた。


マジックライトである松明で照らしてみても、数メートル先までしかその光は届かない。


「どうやって調べるんだよ」


 ディータはため息をついた。


「全員で松明を灯してくれ。互いに目に見える範囲で、ダンジョンを行き交い、ゆっくりでいいから、確実に地図を完成させて行こう。手間はかかるが、この灯りが灯る範囲は安全だ。もし消えたら、すぐに戻ってくれ。それが仲間と離れ過ぎているという、危険信号にもなる。近づけば、また火は灯る」


「安全には変えられないものね。分かったわ」


「モンスターには注意して。あと、罠や仕掛けにもな。何かあっても、簡単に暴れるなよ、フィノーラ」


「分かってるわよ」


「では、行こう」


 なんて面倒な作業を始めるつもりだ。


こんなことをしているから、俺が死んだ後、十年経っても悪夢を見つけられないワケだ。


やってられるか。


隠し場所まで、まだまだ遠い。


「俺はこっちを見に行ってみてもいい?」


 松明を片手に、一人奥へと進む。


「それは構わないが……。ナバロ、あまり遠くへは行くなよ」


 イバンの険しい目が、じっと俺を見つめる。


「当たり前じゃないか。こんなところまで来て、誰がそんなヘマをするかよ」


 フラリと歩き始める。


ようやくここまで来た。


これで本当のお別れだ。


ご苦労だったな。


ここまで安全に俺を連れてきたことを、後悔するといい。


「遠くへはいかないよ。うん。分かってる……」


 ここは俺の城、俺の造り出した迷宮、俺の闇だ。


こんなところ、目をつぶっていたって通れるさ。


悪夢が俺を歓迎し、こんなにも呼んでいるのが、どうしてあいつらには分からないのだろう。


手にした松明の灯りが消えた。


俺はそれを床に落とす。


離れたら消える仕掛けだって? 


消えたら戻ってこい? 


バカバカしい。


俺はこんなにも、彼らと離れたがっているのに……。


「どうした、ナバロ。灯りが消えたぞ、戻ってこい!」


 イバンの声が聞こえる。


すぐ目の前に、吹き抜けとなっている暗闇が、口を開けていた。


通路から足を踏み外すと、階下に落ちる落とし穴だ。


ちょうどいい。


ここから一気に、下層階まで行ってしまおう。


多少の遠回りにはなるが、その方が奴らを巻く手間は省ける。


「すぐ行くよ。待ってて」


そう返事をして、俺はその闇へ踏み出した。

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