第8章 第1話

 削り出した岩の形を、そのまま生かした巨城の中へ入ってゆく。


結界がさらに強化されている。


俺は自分の身を保つための魔法を強化した。


そうでなければ、このまま中には入れない。


すぐにでも体が溶け出しそうだ。


城周辺の施設は跡形もなく破壊されていたが、内部は比較的、そのままに残されているようだった。


まぁ、どこに悪夢が隠されているのか分からないのだから、仕方ないか。


磨き上げられた黒い床石は、歩き回るザコどものせいで、すっかりくすんでいる。


そのエントランスにあたる大ホールを、ディータとフィノーラは見上げた。


「すっげぇな。なんだこのホール!」


「天上は吹き抜けになってるのね」


「巨大なドラゴンやモンスターたちが、ひっきりなしに出入りしていたんだ。比較的間口は、広く作られていたんだよ」


 ここへ初めて、フレアドラゴンを連れ込んだ時は楽しかったな。


鎖に繋ぎ引きずられ、大暴れしたんだ。


おかげで装飾の何もかもが壊され、以来ずっとそのままだ。


散々見世物にして楽しんだ後で、なぶり殺した。


あの時の恨めしそうな目は、いまだに覚えている。


あの怒りと苦しみに満ちた目は、アイツが一番だった。


それにしても聖騎士団のやつらも、ついでに壁の壊れたところも、直しておいてくれればいいのに。


コイツら、そういうことはしないんだなぁ。


「計画的なのか全くの考えなしか。この山脈の中といい地下といい、全てが複雑なダンジョンになっていて、未だにその全てが攻略されていない。与えられた地図は、現在分かっているところまでのものだ。俺たちの指命は、このダンジョンの全貌解明でもある」


「なんで大賢者ユファさまは、直接捜索しないんだ? その方が早いだろ」


「お忙しい方なんだ。他にやるべきことが、沢山おありになる」


 フン。そうか。


ということは、本当にまだ悪夢は見つかっていないし、そこにかけておいた術も、解かれていないということだ。


だからユファと生き残ったかつての仲間たちは、この城に入れない。


「気分は悪くない?」


 フィノーラが話しかけてくる。


「ここの空気、確かに悪いわ。エルグリムはまだ死んでない、滅んでないって、ようやく分かった。ここに来た今なら、それが理解できる」


「だよな。ここにはまだ、魔王の力が残っている。これこそが確かな、生きている証だ」


 黒い城内に、外からの光りが降り注ぐ。


俺はようやく居城に戻ってきた感激に、全身が震えている。


この城は、俺とその仲間たちで造ったんだ。


地下のダンジョンも、ほぼ覚えている。


「なんだナバロ。怖ぇのか?」


 ディータの言葉に、イバンは微笑む。


「恐れることはない。ここに魔王はいない。私たちといれば、絶対に大丈夫だ」


「そうだね、イバン。みんなと一緒に居れば、きっと大丈夫だ」


 通路には、所々にロープが張られていた。


地図を見ると、シロと判断された所を区切っているらしい。


その案内に従って、奥へ奥へと進む。


「こんな大きな城で、エルグリムは一人で暮らしていたのかしら」


「常に大勢の魔物たちが仕えていた。今、グレティウスで採れる魔法石は、全てその魔物たちに与えられていた魔力が、石化したものだと言われている」


「だとしたら、本当に凄い魔力の持ち主だったんだな。人間じゃねぇ」


「血の通った人間は、何百年も生きたりはしないし、あんな残酷非道な真似も出来ない」


 黒い城の、城下町を見下ろす通路を抜け、野外の崖上に設置された祭壇横を通る。


空に突き出たその場所には、灯籠と台座がまだ残されていた。


「ここが処刑場跡だ」


「最悪。何人もの人が殺されたんでしょう?」


「何百、何千って話しじゃなかったか?」


「かつてこの地に繁栄した国王にその妃たち、王子、王女、王族に並ぶ騎士や貴族たち。僧侶や名だたる名君も、戦士たちも全て、ここで殺され魔物たちに生け贄として与えられた」


「酷い」


「まだ流された血の跡が残っているんだな」


 泣いて命乞いをする者、寝返りを誓う者、歯を食いしばり、苦痛と恐怖に耐える者。


色々だ。


滴り落ちた血はそこから崖を伝い、流れる川を赤く染めた。


「つーか、武器の携帯が必要ってことは、まだ魔物が潜んでるってことか?」


「ガイダンスをちゃんと聞いていなかったのか。報告数は少ないが、ゼロではない。怪我人や死者も出ている」


「悪夢発見の内部抗争じゃなくて?」


 ディータはそう言って、ニヤリと口角を上げる。


イバンはそれを無視し、淡々と答えた。


「発見の報告はまだない。そこに悪夢はなかったし、討伐されたモンスターの死骸も回収されている。ここに残る魔力の残余が、それらを呼び寄せているんだ」


 俺自身が自分の体を保つのさえやっとなんだ。


他の魔物たちは、とうていこの結界の中には入れまい。


さらに奥へと進む。


かつて舞踏会が開かれた大広間を横切り、美術品をいくつも並べた展示室脇を通る。


そこに飾られていたはずの、かつての国王たちの頭蓋骨や宝剣は、すでにない。


あの光り輝く宝石や王冠、首飾りはどうした? 


まさか全て処分されたとも考えにくい。


ユファどもが奪ったのか? 


あの白くピカピカと光る、新しい立派な中央議会の館へ、移されたのか……。


「どうした、ナバロ?」


 イバンの問いかけに、我に返る。


気づけばフィノーラとディータも、じっとこっちを見ていた。


「いや、何でもない」


 再び歩き出す。


大食堂から厨房を抜け、控えの間の、前を通った。


地図を頼りに進むイバンが、廊下の角を曲がる。


「こっちは?」


 俺が指で示した方向には、規制線のロープが張られていた。


分からないように何重にもマジックバリアまで仕掛けられていて、随分ご大層に侵入を禁止している。


「そこは……。なんだろうな。地図でも立ち入り禁止区域に指定されている。過去になにか、事件があったのかもしれない」


 その言葉に、フィノーラの顔に不安がよぎる。


「モンスターが出たとか?」


「殺された兵士たちの、怨霊なのかもしれないぜ。ナバロには分かるか?」


 ディータは俺を振り返った。


「いや……。イバンに聞けよ」


「私にも、そこまでは分からない。先を急ごう。この城はとてつもなく広い」


 図書館だ。


この先には、世界各国から集めた、様々な書物や珍しい資料を集めた博物館もあった。


確かにそれらには一つ一つ魔法をかけ、持ち出されないようにはしていたが、それはさっき見た宝石類に関しても同じことだ。


なのにここだけを封じているとは、どういうことだ? 


残っていた備品や装飾品は跡形もないのに……。


もしかして、そのままにされている? 


すぐにでも行って確かめたいが、今はそれが出来ない。


魔力を使う、余力がない。


奪われたものの大きさに、ギリギリと歯を食いしばる。


「……。なにもかも、全て取り戻すんだ……」


「そうよ、ナバロ。私たちはもう、誰にも支配されない。奪われない」


「大魔王の息の根を、完全に止めるためにここまで来たんだ」


 フィノーラは決意を固め、ディータはニヤリと微笑む。


イバンは力強くうなずいた。


「その通りだよ、ナバロ」


 さらに奥へと進む。


イバンの地図を見ると、俺のプライベートゾーンだった場所は、立ち入り禁止区域に指定されていた。


あの快適で過ごしやすかった俺の部屋は、どうなっているのか。


捕らえて飼っていたお気に入りの人魚やハルピュイアたちも、聖騎士団に皆殺しか?

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