第5章 第1話

 山の奥深い崖上に舞い降りる。


いくらドラゴンとはいえ、これだけのチビ竜に三人も乗せて飛ぶことは、これ以上無理だった。


「ありがとう。助かったよ」


 その鼻先を撫でてやる。


チビはうれしそうに目を閉じた。


「ねぇ……。どうやって懐かせたの?」


「お、俺も……、触っていいかな……」


 気がつけば、フィノーラとディータはキラキラと目を輝かせ、こっちを見ている。


「……。まぁ、平気なんじゃない?」


 途端に二人は、チビに飛びついた。


「キャー! かわいい! こういうの憧れだったんだよねー!」


「俺も俺も! やっぱドラゴンだよなぁ!」


 チビはしばらく二人に撫でられていたが、突然嫌になってしまったのか、空へ飛び上がった。


「またな」


「え~! もう行っちゃうの?」


「な、また呼んだら来る? まだ呼んだら来てくれる?」


「さぁ。来るんじゃないのか?」


 飛び去る姿に、二人はぴょんぴょんと跳びはねながら、盛大に手を振っている。


太陽は間もなく隠れようとしていた。


森の中へ入る。


「魔力はどれくらい残ってる?」


 今晩はここで野宿だ。


フィノーラがたき火に火をつけ、ディータは仕留めてきた鳥の皮を剥いでいた。


「残ってるわけねぇだろ。もう全部使い果たした。フィノーラは?」


「私も。もうそんなに大きい魔法は使えない」


 俺だってそうだ。


さすがに魔法石で補給しないと、ほぼ枯渇している。


簡単な魔法しか使えない。


「どっかで調達するかぁ?」


「どうやって稼ぐのよ」


 魔法石はとても高価な品だ。


「あれ? ビビからもらった石がなかった?」


「あんなもんとっくに使い果たした」


「どうしてよ!」


「でかい魔法使ったんだよ。仕方ないだろ」


 焼き上がった肉にかぶりつき、フィノーラの鞄に残っていた乾パンをかじる。


「目的地はグレティウスなんだろ?」


「着いたところで、どうすんのよ。ガッツリ監視がついてるわよ。魔王城の中なんでしょ、悪夢があるのって」


「そもそも悪夢ってなんだ?」


「え、大きな魔法石の結晶じゃないの?」


 俺は焼けた肉の、最後のひとくちを飲み込む。


「石の結晶じゃない。力の根源だ」


 フィノーラは、肉の刺さっていた小枝をくるくると回した。


「それってどういう仕組み? つーか、なんでナバロはそんなこと知ってるの?」


「本で読んだ」


「どんな本よ。そんなの、見たことないわ」


 それには答えない。


呪文を唱える。


あちこちに転がる砂粒ほどの魔法石の欠片が、五つ、六つほど集まってきた。


それを二人に差し出す。


「私、石から直接は無理」


 フィノーラは首を横に振った。


ディータは一粒だけそれをつまむと、口に入れかみ砕く。


「俺は嫌いじゃないけど、効率は悪いよな。美味いもんでもないし。薬剤化されている方が、ずっと飲みやすくて力が溜まる」


 俺は手の平に残ったそれを、全て丸呑みにした。


ほんのりと甘い後味が舌に残る。


フィノーラはため息をついた。


「エルグリムの転生魔法についての、研究書は読んだわ。理屈は分からないわけではなかったけど、あれが本当に出来るとは思えない」


「で、そのエルグリムの力を集めた結晶とやらを他の魔道士が奪って、自分の物に出来るのか?」


「私は破壊しに行くのよ」


 フィノーラは言った。


「私はそんなものが、この世に残されている方がおかしいと思ってるわ」


「だったら大人しく、聖騎士団に任せておけばいいじゃないか。そのために王城を探ってるんだろ?」


「あんな奴らの言うことを、そのまま信じられるの? 見つけ次第、自分たちのものにするつもりよ。そして第二の魔王が誕生する」


「ユファのこと?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく私は、もう誰かの言いなりになるのは、まっぴらゴメンなのよ。それは中央議会だって同じだわ。そんなヤツらは完全に排除して、好きに生きる。私を支配しようとする連中は、たとえそれが何者であっても、許しはしない。頂点に立とうなんて人間は、この世に必要ないものよ」


「ルールはあっても?」


「私がそのルールよ。排除されない程度に、上手くすり抜けてみせるから」


 ディータはたき火の火を消した。


「なぁ、動物避けの結界くらいなら、張れるか?」


 フィノーラの呪文が、俺たちを包む。


俺たちは毛布にくるまった。


「とにかく、グレティウスはまだまだ遠い。ドラゴンのおかげでナルマナの管轄地からは離れられたから、しばらく追いかけ回されることはないだろう。大人しくしていれば、そう目をつけられることもないだろうしな。明日からはもっと、地味に慎重に行こう。しっかり休んでおかないとな」


「そうね。もうしばらく、魔力は頼れないわね」


「おやすみ」


 フィノーラも背を向けた。


翌日になり、俺たちは夜明けとともに山を下りた。


設定は仲良し魔道士三人組による、旅芸人一座だ。


フィノーラが客寄せをして回り、ディータのギターで俺が歌う。


「やってられるか!」


 稼いだカネは、あっという間に飯代と宿代に消えた。


高価な魔法薬を買うなんて、夢のまた夢だ。


三人で入った大衆食堂で、頼める分だけ頼んだ料理をかき込む。


「だからそんなもん、魔法で石ころでも木の葉でも、コインに変えて誤魔化せばいいだろ! 俺は今までずっと、そうやってやって来たんだ!」


「だからダメだったのよ!」


 ホワイトソースの絡みついた細長いパスタをかき込みながら、フィノーラが怒鳴る。


「だからアンタはカズの村で悪童で通ってたし、ルーベンでもマークされたんだって! 今時魔法で誤魔化したお金なんて、みんな見破るアイテム持ってるんだから!」


「そうかぁ~。ナバロは、カズ村の出身なのかぁ~」


「だけど、こんなやり方じゃ時間がかかって仕方ないだろ!」


「私はこうやって、地道に稼いでここまで来たのよ!」


「あ、二人とも、パンのおかわりもらうかぁ?」


「なんでここで、いつものガサツさを発揮しない!」


「なんですって?」


 俺のお気に入りのサラダボウルを、フィノーラが取り上げた。


フォークを突き刺しそれをむしゃむしゃと咀嚼すると、ゴクリと飲み込む。


ナルマナを出てから、もう三ヶ月近くが過ぎていた。


「そもそもアンタが考えなしで魔力ぶっ放すおかげで、こんな苦労させられてるんですけどね」


 ディータは店に置かれていた新聞を広げた。


「派手な記事になってるなぁ~。 『ナルマナでエルグリムの古城にかけられた封印が解かれる。魔王復活の予兆か?』 だって」


「じゃなきゃ、あそこから抜け出せなかっただろ!」


「そもそも、一番最初に、捕まらなければよかっただけの話しでは?」


 フィノーラの持つ木製ボウルに指をかける。


奪い返そうと引き寄せるも、腕力では敵わない。


「大体、なんであんたの呪文で、エルグリムの亡霊どもが言うこと聞いたのよ」


「俺の呪文構文が、エルグリムと同じだからだよ」


「だから、その誰もが知りたがるその秘密の構文を、どこで知ったのかって聞いてんの」


「その呪術書は、燃やされてしまったんだ」


「本当に?」


「絵本と一緒に。家のかまどで」


 フィノーラからサラダボウルを奪い返す。


これにふりかけられた、魚のチップが美味いんだ。


「エルグリムが本当に生まれ変わっていたら、こんな平和はないだろぉー」


 ディータは読んでいた新聞を閉じ、コーヒーをすする。


「エルグリムの世が続いていたら、仲間になってたんじゃなかったのか?」


「そりゃもちろん、長いものには巻かれるさ」


 ディータは言った。


「だけど、もうそんな時代は終わったからねぇ。エルグリムは死んで、もう戻ってはこない」


「悪は倒されるのよ。誰もそんなもんの復活なんて、望んでないわ」


 フィノーラはテーブルの皿に残っていた、最後の肉の一切れにブスリとフォークを突きたてる。


「そのために私は旅に出たの。悪だろうが善だろうが、もう二度と、中央議会にだって、誰かに支配される世界になんて、絶対にさせない」


 彼女が豪快に肉を喰らったところで、食事は終わった。


「さぁ、出るか」


 俺たちが立ち上がろうとした時、店の中にいた客の一人が声をかけてきた。


「あんたたち、グレティウスを目指してんだろ?」


「あぁ、そうだ。そこで一発、のし上がろうって手はずだ」


 ディータが答える。


「エルグリムの復活に供えて、悪夢を探す聖騎士団の、臨時調査団員募集広告は見たのか?」


 その男は、新聞の求人広告を指さした。


「グレティウスに向かう、特別な駅馬車が出てるってよ」


「それはいつだ?」


「さぁね。停留所はこの大通りの先だ。行ってみろよ。調査団に入るなら、タダで乗せてもらえるはずだ」


 店を出る。


大通りの人混みを前にして、ディータは立ち止まった。


「さて、どうする? 選択肢は二つだ」


「タダよ、タダ。背に腹はかえられないでしょ」


「本気でそこに行くのか? 聖騎士団だぞ」


「当たり前でしょ。見に行くだけは行ってみましょ」


 フィノーラは歩き出す。


「やれやれ。お前の姉ちゃんは元気だな」


 その建物は、すぐに見つかった。


四頭、六頭立ての馬車が何台も交差する、随分賑やかな停車場だ。

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