第2話

「ほら、よそ見してると馬車に引かれるぞ」


 ディータが俺に手を伸ばす。


さすがにそれにはムッとしたが、黙ってその手を繋いだ。


フィノーラと三人、待合室へ入る。


ディータは俺たちを残し、ごった返す人の波を泳いで、受付らしき場所に並んだ。


あまりの狭さと人の多さに、フィノーラは俺を抱き上げる。


「おい。あまり俺を子供扱いするな」


「まぁ。みんな子供はそう言うものよ」


「バカにしてんのか?」


「してないって。子供ほど大人になりたがるもんだから」


 受付でディータが騒いでいる。


何やら揉めていると思ったら、案の定怒りながら戻ってきた。


土埃舞う喧騒の中に、ディータの声が混ざる。


「くそっ。もうグレティウスへ向かう特別便は出た後だってよ。次の便は志願者が集まってからだそうだ。そもそも、聖騎士団の審査に合格したものだけが乗れるってよ」


「じゃあ無理じゃない」


「そうだな。そこにだけは世話になれない」


「ちっ。聖騎士団っていうだけで、うんざりするぜ。やっぱ地道に稼いで歩くかぁ~?」


 しかしそれでは、あと何ヶ月かかるか分からない。


ふとこちらに向かって歩いてくる、がたいのいい男と目があった。


「こんなところにいたのか」


「イバン!」


 白金の髪にブルーグレイの瞳。


いつだって上品めかしたその立ち居振る舞いは、この喧騒と土埃の中でもひときわ目を引いた。


「たまには連絡しろ。ビビさまが心配している」


「あんたこそどうしたのよ。ここで何してんの?」


「私か? 私はこれから、エルグリムの悪夢を探す調査隊に……」


「それだ!」


 俺たちは、同時に声を上げた。


「確かに私は、調査隊に志願して行くが、それは聖剣士として参加するんじゃない。あくまで休暇中の暇潰しだ」


 場所を移した俺たちは、駅馬車の行き交う大通りを見渡す、テラス席に腰を下ろした。


「は? なんで休暇中に行くんだ?」


 ディータは眉をしかめる。


「仕事中じゃないんなら、仕事すんなよ」


「他にすることもないからな」


「休みがたまってたんでしょ? 石頭イバンさまっぽい」


 フィノーラの言葉に、彼は頬を赤くする。


「いいじゃないか別に。これが私にとっての、余暇の過ごし方だ」


「グレティウスに行くのか?」


「そうだよ」


 俺の言葉に、イバンは静かに視線を向けた。


剣を教えると言った、その時の彼が頭をよぎる。


「確か君たちも、グレティウスを目指しているんだったな。一緒に行くか?」


「それは助かる!」


 声をそろえた俺とフィノーラに対し、ディータは明らかに不満気な表情を浮かべた。


「冗談じゃない。だれが聖剣士なんかと……」


「確かに私は聖騎士団の一員だが、今は休暇中だぞ」


「バカねディータ。これからどうやってグレティウスまで行くつもりよ」


「地道に日銭を稼いで行くんだろ?」


「ねぇ、イバン?」


 フィノーラは、キラキラと輝く目でじっと彼を見上げた。


「私たち三人分の、駅馬車代出せる?」


「はい?」


「それは違う。俺は子供料金で大丈夫だ」


「……。ちょ、ちょっと待て。君たちは一体、どうやって旅をしてきたんだ? ビビさまから、ちゃんとまとまった金額を……」


「色々あって、没収されちゃったのよ。きっとナルマナの聖騎士団のところに行けば、預かり分があるわ」


 イバンは大きくため息をつくと、その頭を抱えた。


「君たちはまた何かやらかしたのか。そういえば、ナルマナ聖騎士団の団城が最近……」


「ね! イバンなら同じ聖騎士団だもの、すぐに話しがつくでしょ。お金がないワケじゃないの。イバンならそれを知ってるじゃない?」


 彼はその青い目で、指の隙間からじっとフィノーラを見た。


その視線は、今度は俺に注がれる。


フィノーラはディータを振り返った。


「ほら。この騎士さまが私たちの駅馬車代を立て替えてくれるってよ。一緒に行きましょう?」


「信頼できるのか」


「それはもう!」


 ディータはかなり不満げだったが、その顔を背けて言った。


「……。まぁ、そういうことなら……。仕方ない、かな……」


「これで決まりね!」


 結局フィノーラの一言で、イバンは三人と一人分の切符を購入した。

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