第6話

「だから、これからもみんなと、仲良くやってくれ。お前が元気でいてくれたら、それだけで俺は安心できる」


 ディータは瓦礫の上で、周囲を取り囲む聖騎士団たちを見渡した。


「キーガン。イェニーと、この騎士団をよろしく頼む。それと……。モリーにも、上手く言っておいてくれ」


 結界を張り直そうという勢力が弱まった。


ついに諦めたか? 


いや、違う。


崩れた城門付近で、ひときわ強い気配がよろめいた。


「まぁ、ずいぶんなお言葉じゃないの、ディータ」


 灰色の、長く真っ直ぐな髪がサラリと流れた。


酷くやつれた魔道士が、よろよろと立ち上がる。


俺と目があった。


「イェニー! この男をたぶらかしたのは、その黒髪の魔道士じゃないわ。あんたと同じ髪色をした、この少年よ! ディータを取られたくなかったら、ナバロを引き留めて!」


「えっ?」


 とたんにイェニーは震えだし、ガクリとその場に両膝をついた。


「つ……、ついに男の子にまで手を出すとは……。わ、私はどうすればいいんだ……」


 モリーの呪文。


ディータはそれを弾き返す。


「そんなワケないだろ! 目を覚ませイェニー!」


 フィノーラがつぶやく。


「結界の穴、まだ維持出来る?」


 城の上空には、俺が空けた穴がまた残っていた。


「なんとか……」


 とは言っても、明らかに分が悪い。


フィノーラは俺を抱いたまま、足元に向かって衝撃波を放つ。


空へ飛び上がった。


「そうはさせないわよ!」


 モリーの風起こし。


突風に吹き飛ばされる。


たぐる風に操られ、その落下点にはキーガンがいた。


「どう受け止めればいいんだ? 二人まとめて?」


 両腕を広げ待ち構えるその巨体を、ディータは体で突き飛ばした。


「ディータ!」


 フィノーラが叫ぶ。


「いいから走れ!」


 目の前を、無数の聖騎士団員が塞ぐ。


フィノーラはそれを呪文で吹き飛ばした。


俺は上空に空いている結界部分を、脱出出来そうな位置にまで、下ろそうとしている。


「全く! どこにそんな魔力が残ってるのよ!」


 モリーは氷の壁を創り出した。


緑色にわずかに光る壁が、俺とフィノーラの行く手を塞ぐ。


ディータの投げたカードが、すぐさまそれを打ち崩した。


「少年とデキてるっていうのは、嘘なのか?」


 砕け散るその破片を、イェニーは軽々と跳び越えてくる。


彼女の剣の一振りで、触れてもいない俺の頬が切れた。


「あぁそうだよ、イェニー! 俺が本当に愛しているのは、いつだって君だけだ」


 イェニーの動きが止まる。


二人はじっと視線を合わせた。


「ディータ……。本当に行ってしまうのか?」


「あぁ、行くよ。今度こそ本当に本気だ。俺のことは、もう諦めてくれ」


「……。あ、あたしをおいて?」


「おいて」


「連れて行ってはくれないのか?」


「無理だ」


 うつむいたイェニーの体が、小刻みに震えている。


周囲を取り囲む聖騎士団の連中が、じりじりと後ずさりを始める。


「そ……そんなこと、許されるわけないだろうが!」


 イェニーの振るう剣が、空を切り裂いた。


「いったいいつになったら、私の気持ちを受け入れてくれるんだ!」


「お前の気持ちは知ってる!」


 大乱闘が始まった。


イェニーの剣さばきは早すぎて、俺にも見えない。


ディータは防戦一方だ。


「……。なんだあれ?」


 フィノーラは走り出す。


「あの団長が一番厄介よ。ディータが引きつけてくれてるうちに、ここを出なくちゃ」


 目の前で、キーガンは吸魔の剣を構えている。


フィノーラは呪文を唱え……るのをやめ、軽やかに飛び上がった。


俺を抱いたままくるりと一回転し、その頭上を跳び越える。


「フン! のろまな聖剣士どもめ。いつまでもあんたたちのレベルに、合わせてやってらんないわよ!」


 再び走り出した彼女を、氷の刃が襲う。


「ナバロさえここに置いて行くなら、一気に問題解決よ!」


 モリーの鋭いつららが、フィノーラを襲う。


「その少年を置いていきなさい」


 ディータと戦うイェニーの剣が、地面を割った。


ひび割れた地面の一部が、ドンと盛り上がる。


フィノーラは俺を抱いたまま飛び上がった。


「あの女は、とんでもない馬鹿力なのか」


「そうよ! 信じられないくらい、物理一択押し!」


 キーガンとモリーの攻撃を避けるので、フィノーラは精一杯だった。


ディータはイェニーから逃げ回っている。


イェニーの一振りで、城の一部が崩れた。


「団長、やりすぎです。もっと手加減してください」


「三人とも逃がさなきゃいいんでしょ?」


 キーガンの言葉に、イェニーはその剣を天高く掲げた。


「キーガン、修理代の予算編成よろしく!」


 彼女はグッと腰を引き、剣を低く構え直す。


「みんな危ないから、頭隠しといてね!」


 真横に振った剣は、俺たちの頭上をかすめた。


どこを狙っている? 


と、思った瞬間、分厚い石造りの城壁が上下にずれたかと思うと、真っ二つに切断された。


「うわっ!」


 崩れ落ちる壁に、飛び上がったフィノーラは、着地の足を捻る。


俺を抱いたまま体勢を崩した彼女に向かって、ディータはカードを投げた。


呪文を唱える。


『二人を乗せて飛び立て! 彼らの望むままに!』


 巨鳥が飛び出す。


鷲に似たその鳥は、すばやく俺たちを背に乗せた。


空高く飛び上がる。


「ナバロを逃がしちゃダメよ!」


 モリーの呪文。


彼女に突進していくディータの目の前に、イェニーの剣が振り下ろされた。


「キーガン!」


「お任せを」


 モリーの魔法を借りたキーガンが、吸魔の剣を片手に飛び上がる。


頭上に空いた結界の穴は、今にも塞がりそうだ。


吸魔の剣が抜かれた。


ディータも飛び上がる。


「もう誰にも邪魔させねぇ!」


 キーガンの刃は、ディータに向かった。


空中で交差する剣の上を、キーガンが取る。


吸魔の剣がその魔力を吸い取るのに合わせて、ディータの使い魔の力も消えてゆく。


徐々に薄れゆくその大鷲に、フィノーラは自分の残った魔力を注ぎ込んだ。


「お前は大人しく、ここで腐っていろ」


 ドンッ! 


全ての力を奪われたディータは、地面に叩きつけられる。


「ディータ!」


 フィノーラと俺は、結界の外へ飛び出した。


足元には半壊した団城と、その瓦礫に埋もれたディータの姿が見える。


「はは。やっぱ占い師の言う事なんて、アテにならねぇな。しかも自分で占った、どうしようもない未来だ」


 彼との別れの言葉が、魔法の風に乗って耳元にささやく。


「お前についていけば人生が変わるって、そんな占いが出たんだ。そんなワケないのにな。やっぱダメな人間は、何やってもダメだ。お前たちはもう行け。こんなつまんない大人には、なるんじゃねぇぞ」


 ディータはわずかに微笑むと、小さく手を振った。


その周囲を、聖騎士団たちが取り囲む。


「もうダメよ、ナバロ。私たちじゃこの使い魔は使えない。ディータの魔法だもの。彼の魔法が残っているうちに、行けるところまで、行くしかないわ」


 大鷲の魔力が消えてゆく。


結界が完全に閉じてしまえば、もうディータはそこから抜け出せないだろう。


城を取り囲むドーム状の結界が、間もなく再形成される。


「短い間だったけど、楽しかったよ。最期にいい夢が見られた」


 ナルマナ聖騎士団所属の魔道士たち総力によって、空けられた結界の穴は閉じられた。


ディータの魔力が尽き果てた証拠に、大鷲の姿も消える。


俺たちは落下を始め、フィノーラはその結界に向かって衝撃波を打った。


跳ね返ったその反動で、もう一度高く飛び上がる。


「行こう、ナバロ。私たちまで捕まってはだめよ」


 再び結界に覆われた城は、淡い黄緑の光りに包まれ、たたずんでいた。


その閉じられた世界の中で、また新たな亡骸を抱え、永い眠りについてしまうのだろうか。


何者にもなれなかったものたちを封印し、全てをなかったことにして、消し去ってしまうのだろうか。


青く広がるその空の向こうに、ふと白い影が見えた。


「……いや。そんなこと、許していいわけがないだろう」


 俺は何の為に生まれ変わった? 


残された魔力はわずかだ。自分の力だけでは、さすがに勝算は低い。


「呪文を……。呪文を考えよう……」


 フィノーラの腕に抱かれたまま、俺は空を見上げた。


そこにまだ、可能性はある。


印を結んだ。


『解き放たれし者たちよ。その恩に報いよ。再び閉じられようとする、呪われた世界を救え』


 その声に、どこまで共鳴するのか。


どこまでも広がる空には、雲しか見えない。


もしそれが叶うのなら、俺もまたやり直せるのかもしれない。


「ナバロ!」


 遠く、耳には聞こえない声が響いた。


この地下から蘇った、無数の白い影が集まってくる。


「戻っ……て、来た!」


 かつてこの城で生まれ、根城としていた魔物たちだ。


白く魂だけと成り果てても、まだ俺の声を聞いてくれる。


それは大きな波となり、巨大なドームへとぶつかった。


フィノーラの体が、ふわりと浮き上がる。


実体を持つまだ若い小さなドラゴンが、俺たちを背に乗せた。


「な……、なんで……?」


 あぁ、この子には見覚えがある。


俺が倒される直前に、ここで卵からかえり、祝福を与えた竜だ。


「お前、生き残っていたのか」


 幽霊の群れと化した魔物の軍団が、結界を破ろうとしている。


黄緑のドームに取り憑き、ついにその殻を破った。


だとしたらまだ、望みはある。


もう一度、もう一度だけ。


それさえ叶えば、後悔はない。


ドラゴンに指示し、空に舞い上がる。


力を与えよう。


俺が今、こうして助けてもらったように……。


『我もその思いに答えよう! もう二度と、何者にも囚われるな! 再び囚われようとする者たちを、救い出せ!』


 雷鳴が轟く。


魔力を呼び寄せ、解き放つ。


それは新たな光りの柱となって、古城へ落下した。


争う聖剣士たちの剣に、斬られては消えゆく魂に力を与える。


ドラゴンはその戦乱の渦中へと降下した。


俺は手を伸ばす。


「ついてこいよ、ディータ。お前の占いが間違っていなかったことを、この俺が証明してやろう」


 崩れた瓦礫の上で、倒れたまま動かなくなっていた彼が、ニッと笑った。


腕を伸ばす。


指先が触れた瞬間、それをしっかりと握りしめた俺は、ディータを引き上げた。


「行こう。もう何者にも、囚われる必要はない」


 飛び上がる。


地上から無数の矢が放たれた。


フィノーラの爆風が、ドラゴンの飛翔を助ける。


再び大空へと舞い上がった。


地上へ降りた亡霊たちが、歓声をあげ沸き立つ。


俺たちのあとを追いかけ、彼らも飛び上がった。


白い影となった人骨が、ドラコンたちが、最期の別れを惜しみながら挨拶を交わし、空に消えて行く。


魂の数だけ幾度も繰り返されるそれは、天からの祝福にも見えた。


「で、どこに行くんだ?」


 ようやく静かになった空に、ディータは飛ばされないよう帽子を押さえた。


「グレティウス。エルグリムの悪夢を手に入れる」


「いいね」


「賛成よ!」


 三人を乗せたドラゴンは、北の山脈へ向かい滑空を始めた。

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