第4話

「カズ村の出身なのね。ルーベンの領主預かりになってる。この歳でお抱えの魔道士として、採用されたってことかしら?」


「さぁ」


 俺はその、白く簡素な椅子に腰掛ける。


女はようやく顔を上げた。


「本当に。あなたの目は、きれいな魔法の色ね。さ、始めましょう」


 その瞬間、椅子にかけられた呪いが発動した。


いつもは自分の意志で動かす魔法石の力が、ぐるぐると呪いにかき乱される。


俺の意志とは無関係に、それが全身を駆け巡る。


頭痛と吐き気と、めまいが襲ってきた。


「くっ……。あ……」


「分かってると思うけど、叫んでも助けは来ないわよ。ディータもお姉さんも、いま大変でしょうから」


 俺にとっては血液ともいえる魔力が、全身を駆け巡る。


心臓は脈打ち、汗が噴き出す。


体が熱い。


「血縁はないお姉さんと旅をしているのね。彼女の名前はフィノーラ。このルーベンの通行手形は散々調べたみたいだけど、本物に間違いないという結論が出ているわ」


 彼女はにっこりと笑みを浮かべた。


「どうやって手に入れたの?」


「さぁ……ね……」


「魔道士二人組の行く先といえば、やっぱりグレティウスかしら?」


「違うと言ったら?」


「フフ。ナバロは私が怖くないのね」


 コイツらの目的は、俺の魔力とその能力を見極めることだ。


それだけのことに、なにを恐れる必要がある。


いままでも何度も審査にかけられ、その全てをクリアしてきた。


モリーはテーブルに肘をつくと、じっと見下ろす。


「ねぇナバロ。ここに来た子供たちは、みんなお利口さんに決まった返事を返すわ。『お父さんとお母さんが大好きです。学校は楽しいです。友達も沢山います』って。ブルブル震えながらね、教えられた通りの言葉を話すの。『自分はこの大切な世界を、絶対に変えることはありません。将来は、聖騎士団に入れるくらいの凄い魔道士になりたいです』ってね。だけど私が本当に知りたいのは、そういうことじゃないの」


 魔力によって無理矢理開かれていた血管が、今度は末端から強引に閉じられてゆく。


体が内側から搾り取られている。


視界がぼやけ始めた。


突然の恐ろしいほどの寒さに、手足が震えだす。


少しでも動いたら、頭から床に転げ落ちそうだ。


「あなたはいま、どれくらい魔力を体内に貯めてる? これから先、どれくらいそれを拡大出来そう? そしてその能力を、何に使うつもりかしら?」


「エ……エルグリムの、生まれ変わりを探してるんじゃないのか?」


 思考が支配されている。


質問に対して、それだけに答えるよう、口が勝手に動き出す。


「君はエルグリムの生まれ変わりなの?」


「違う。ぜ……絶対に、違うって……答える……」


 モリーは、ふぅと退屈そうにため息をついた。


「かの大魔道士は、本当に生まれ変わりに成功したと思う?」


 舌が回らない。


口を動かすのに、こんな辛い思いをしたことなんて、ない。


「は……、し、知るかよ……」


 どうやって、この魔方陣から抜けだそう。


体内から奪われる魔力で、ここに吸い付けられているんだ。


その力が強ければ強いほど動けない。


どのタイミングで振り払う? 


全身にじっとりと汗が流れた。


「はや……く、この、くだら……ない、呪いを……解け」


「ふふ。自ら魔法の椅子に座っておいて、何を言ってるのかしら。試されに来たのでしょう?」


「こ、こんな……こと。ここ……に、連れてこられた……子供、全員……に、やってるのか」


「んん? そうね。これはキミだけ特別……、かな?」


 魔道士モリーは、にっこりと笑みを浮かべた。


「まだしゃべれるなんて、凄いわね。さぁ、そろそろ抵抗するなら抵抗しないと、もう二度と魔法を使えなくなるかもしれないわよ」


 吸い取られた魔力が可視化されている。


ぐるぐると渦を巻きながら、俺の頭上で球体を形作り始めた。


「なぜ……、こ、ここまでする?」


「ナバロは中央議会が、本当にエルグリムの生まれ変わりを信じてると思う? 私はそうだとは思わないわ。あなたのような、今後脅威となるような潜在能力の高い魔道士を、子供の時から把握し、飼い慣らすためじゃないかと思ってるの。一種のスカウト的な? まぁ、悪い芽は先に摘んでおいて、損はないじゃない?」


 体内の魔力が、高速で吸いあげられてゆく。


このままでは、自力で呪いを解くことも難しくなる。


「ふふ。さすがね。ルーベンの領主に、かわいがられるだけのことはあるわ。貯め込んだ魔力は底なしかしら? このまま封じ込めちゃうのも、もったいないわね。私とのパワーバランスが変わったの、分かるでしょ」


 吸われた魔力を本人から切り離し、吸収すれば自分のものになる。


魔道士なら誰もが欲しがる力の塊が、俺の頭上で渦を巻いている。


「素敵。このまま食べちゃいたいくらい」


 今までに何度も、こういった身体検査は受けてきた。


魔法石の力を吸収できる体質の子供なら、誰だってそうだ。


それでも、こんな屈辱的で過酷な試験は初めてだ。


他の子供もみんな、ここではこんな目にあわされてるのか? 


これは審査なんかじゃない、拷問だ。


「子供の魔道士って、大好きよ。みんな、まだまだとっても大人しくて、従順なんだもの。素直に言うこときいて、それなのに能力は大人並み」


 彼女は大きく息を吐き出すと、そのまま頬杖をついた。


「ね、どうしたらエルグリムみたいな、凄い大魔王になれるのかしら」


 吸われ続ける魔力に、座っていることすら難しくなった。


ガクリと姿勢が崩れる。


脂汗が留まることなく流れ続けている。


それでも椅子から転げ落ちないのは、この椅子にかけられた呪いのせいだ。


意識が混濁している。


口から泡が吹き出す。


「ようやく尋問の準備が出来たようね。随分待たされたわ。ルーベンからここまで、どうやって来たの?」


「さ……山中を歩いて……」


「あの女の子と?」


 歯を食いしばる。


これ以上魔力を吸い取られたら、本当に意識が飛ぶ。


言わなくていいことまで、しゃべらされてしまう。


「どうしてお姉さんとはぐれたの? ディータとはどこで知り合った?」


「街で……絡まれた時に……」


「そう、助けてもらったのね」


 モリーはクスクスと笑う。


「ディータは、あぁ見えて優しいから。これからどこへ行くの? やっぱりグレティウス?」


 足元から何かが上がってくる。


血管が順番に締め付けられる。


魔力が吸い上げられている。


「ま……、魔道士が……。グレティウスを目指して……、何が悪い……」


「あなたも『悪夢』がお目当て? だけど、エルグリムの残した悪夢は、きっととっても巨大なものよ。想像もつかないわ。それを誰かが手に入れたとして、私には扱える人がいるとは、到底思えないのよね」


『……。か……、ぐ……』


 呪文を唱える。


今ならまだ、この椅子を壊せる。


「あら? こんな状態でも、まだそんな元気があるのね。素晴らしいわ」


 モリーが呪文を唱える。


吸い上げる力の速度が増した。


頭上に渦巻くの緑の球は、ぐるぐるとその勢いを増す。


「い……、いいぞ……。このまま……」


「何を言っているのナバ……。ん? ちょ……、ちょっと待って!」


 膨れ上がる力の根源が、呪いの力を凌駕した。


吸い上げられた魔力は一気に膨れ上がり、轟音を上げる。


この椅子では支えきれなくなった力に、ついにそれは破裂した。


「ど、どういうことなの!」


 奪われた力を一気に取り戻す。


堰を切ったようにあふれ出したそれは、俺の体を通して呪いの椅子に逆流していく。


立ち上がった。


その瞬間、呪いの椅子は砕け散る。


「なによそれ! こんなこと、絶対にありえないわ!」


「俺のもつ魔力の方が、この椅子の許容量より大きかったってことだ」


 顎を伝う汗を拭う。


こんなケチ臭いやり方で、計れるわけがない。


「待ちなさい。ここまでよ!」


 モリーの攻撃魔法。


鋭い氷の刃が、何本も飛び交い突き刺さる。


まずはこの魔方陣を崩す。


話しはそれからだ。


『この地に描かれし呪いの証よ。解放されるときが来た!』


 それだけで、白い床石に描かれた白い文字は、徐々にかすれその形を崩し変化してゆく。


「ちょっと、どういうつもり!」


 モリーは呪文を唱える。


この俺に抵抗するつもりか? 


ここに来る前に、魔力を解放しておいたのは正解だった。


俺は壁に向かって手をかざす。


「狭いところは、嫌いなんだ」


 モリーの攻撃魔法。


はね返されたその衝撃で、結界で守られていた壁が、ボロボロと崩れだす。


外の空気が流れ込んできた。


「それ私の魔法!」


 かけられた魔法を解くには、施術者のものを使うのが一番だ。


「こんな結界だらけの城内で戦おうなんて、フェアじゃないだろ? お前たちこそ、なにを恐れている?」


 胸の前で印を結ぶ。


これは強力な魔法だ。


『ここに留められしものたちよ、自らの元へ帰れ!』


 ドンッ! 


不意に、玄関ホールから盛大な爆発音が聞こえてきた。


「あっちはなに!」


「あぁ……」


 フィノーラだ。


この城はそもそも、俺が造らせた城なんだから、本当はもうちょっと大事にしてほしい。


俺もたったいま自分で壁を壊したばかりで、こんなこと言うのも、なんなんだけど……。


入り口からディータが飛び込んで来た。


「ナバロ! 無事だったか!」


「ディータ! あんたも一体、どういうつもりよ!」


 モリーの氷結魔法。


複数のつららが、ディータの足元に打ち込まれる。


「今度こそ抜け出すぞ!」


 ディータの呪文。


火柱が上がった。


「なんだ。普通の魔法も普通に使えたんだ」


 まぁ使い魔だなんて高等魔法を使ってるんだ。


考えてみれば当たり前か。


「あの姉ぇちゃんはどうする?」


「俺には関係ない」


 モリーは氷の壁を張り巡らせる。


俺たちを閉じ込めるつもりだ。


ディータは再びそれを、炎で焼いた。


蒸気が巻き上がる。


ちょうどいい煙幕が出来た。


「ディータ! あんたもいい加減にしなさい!」


「悪いな、モリー。だけど俺には、もう止められねぇんだわ」


 呪文を唱えようとして、モリーは思いとどまった。


歯をむき出しにして、俺をにらみつける。


「フッ。あぁ、やっぱりあんたは賢いね。この部屋じゃもう魔法は使えない。魔方陣がちゃんと読めるんだね」


「だって、これを描いたのは私だもの」


「そうか。なるほどね。だとしたら、もっと頑張らないと」


 壁を崩したおかげで、この城の結界は壊された。


俺のかけた魔法が、徐々にその全体を崩してゆくだろう。


書き換えられた魔方陣は、元の主のところへ帰ってゆく。


「ここで奪った数多くの魔力が、元の持ち主に返される。どれくらい他の魔道士たちに、こんなことしたのか知らないけど」


 自分の分は取り返した。


まぁ、そもそも奪われてもなかったんだけど。


「ここにあるのは、エルグリムの悪夢じゃなくて、ナルマナの悪夢だ」


「ふん。あんたの描いた魔方陣を解けばいいだけよ」


 それはそうだけど、壊れたこの城の結界は、簡単には戻らない。


積み上げられた魔法が多ければ多いほど、崩れ始めたものを元に戻すのは難しい。


「あぁ、ヘタに動かない方がいいよ。分かってると思うけど。自分の体で動くんだ」


 モリーは腕を上げた。


その動きがピタリと止まる。


「まぁ、頑張って。この部屋から出られるならね。壁に穴は開けておいたから、すぐだろうけどね」


「この団城の結界を壊すと、恐ろしいことが起こるわよ」


「そんなことはないさ。長い呪いが解かれるだけ」


「ここは魔法で守られた城。その意味が、あんたたちには分かるでしょ」


 モリーは動けない。


城壁が壊れたことで、この城の結界がほころび始めている。


それは俺がここにいることも……。


ディータが俺を見下ろした。


「ナバロ。もう行こう。こっちだ」


 その言葉に、俺はうなずく。


過去に囚われた土地に、もう用はない。


廊下へ飛び出す。


ディータと並んで走り出した。

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