第2話

 いつの間にか、また眠りに落ちていた。


目を覚ますと、日は完全に昇りきった後だった。


俺は街に向かって山を下りる。


日暮れ前には、ナルマナの街へたどり着いた。


ここからは首都ライノルトまで、遠く人の街が広がる。


かつては、ルーベンのような辺境の田舎町だと思っていたが、随分と発展していた。


レンガを敷き詰めた道には外灯が立ち、ガラスを張ったショウウインドウの前を、飾り立てた馬車が走る。


住民もそれなりの身なりをしていた。


少なくともカズやルーベンのように、畑仕事をしているような連中ではない。


 夕陽に沈み始めた街を歩く。


子供が一人で歩いていても、誰も気にとめることはないくらいの都会だ。


宵口の街角に立ち、歌を歌う。


もちろんただの歌ではない。


聞いた相手に金を出させるための、魔法の歌だ。


「ありがとう」


 緑の目が、道行く大人たちに、俺は魔法使いだと知らしめている。


子供の魔道士見習いが歌うのは、今も昔もいつだって物乞いの歌だ。


わずかな金を手に入れ、閉店間際のパン屋に入る。


小汚い物乞いの子供でも、長く伸びた前髪の隙間から、その目を見せれば許される。


「インチキ魔法で稼いだ金でも、金は金だよなぁ!」


 店から出てきた俺に、道行く男たちがそんな罵声を浴びせてきた。


案の定、仲間と共にゆっくりと追いかけてくる。


路地裏に回り込んだところで、肩をつかまれた。


「おい。お前、いくらでも稼げるんだろう? だったら持ってる金、ちょっと分けてくれよぉ」


 辺りはすっかり、暗くなっていた。


他に人の気配もない。


呪文を唱える。


せっかくのパンが、不味くなるのはゴメンだ。


「俺の機嫌がそれほど悪くないことに、感謝するんだな」


「なんだよ、また魔法か? 残念だが俺たちは、そんなち……、ま、待て!」


 俺を取り囲んだ、三人の男を拘束する。


動きたくても動けず、声も出せなくなった男たちの懐から、しょぼい財布を探り出す。


呪文によって、フワフワと浮き上がって出てきたそれは、中身だけを手の平に残して落下した。


「まぁ確かに、物乞いの子供から、巻き上げなきゃならないくらいの安さだな。お前らと一緒だ」


 汚いおっさんどもの、悔しがる顔を見ながら、食べる食事も悪くない。


俺は買ってきた包みを開くと、その場に腰を下ろしてかぶりつく。


ハムと卵を挟んだ大きな丸パンだ。


男の腰にぶら下がった小瓶から、気付け用のウイスキーを見つけて、あおる。


焼けるような喉の痛みに、思わずむせた。


「おかしな気配がすると思って、のぞいてみれば……」


 通りの角から、男がひょっこりと顔をだした。


占い師だ。


同じ魔道士でありながら、未来予知を専門とする、魔法使いの中でも一番胡散臭い種類の連中だ。


「大の大人が、やたら子供っぽい歌を歌うもんだと思っていたが、まさか本当に、こんな子供だったとは……」


 浅黒い肌に、黒く短い巻き毛。


ボロボロのテンガロンハットの下は、目の覚めるような緑の目がある。


波打つ髪を、くしゃりとかき上げた。


腰に拳銃を差し、ニヤリと口角を上げる。


「坊主。腹減ってんのか。何かもっと美味いもんでも、食わせてやろうか?」


「誰が占い師の言うことなんか、信じるかよ」


「ほう! よく俺が占い師だって分かったな。大概の連中は、この格好で俺をガンハンターだと勘違いすんのに」


 酒臭い息に、わずかな火薬の臭いがつきまとう。


元々占い師という類いは気に入らないが、こんな奴はなおさらだ。


「帰れ」


「おいおい、コイツらはそのままかよ」


 その男は、身動きも取れず、声も上げられない連中を振り返った。


「朝になったら、親切で優しい魔道士にでも、術を解いてもらうといいよ。きっと俺みたいなインチキ魔道士でも、お手の物だからね」


「おいおい。解いてやれよ、意地悪だなぁ~。意地悪はしちゃダメだって、学校で習わなかったのか?」


 男はポンと片手を自分の頭に乗せると、呪文を唱え始めた。


「んん?」


 彼はその眉を寄せる。


唱える呪文構文を、一段階格上げした。


と、男たちの呪縛が解かれる。


「クソガキが! 覚えてろよ」


 占い師の男は、逃げ去る背中にやれやれとため息をついた。


「だってさ、ぼく!」


 俺はそれを無視して、歩き始める。


あんな連中のことに、興味はない。


「しかし、アレは普通の魔道士にはちょっと難しいぞ。解けないことはないだろうが」


 まとまった金は手に入った。


体を休める場所が欲しい。


宿を取りたいところだが、十一歳の子供に、果たしてそれが可能なのか……。


 ナルマナの街は、ルーベンとは比べものにならないほど、発展していた。


かつてこの辺りは、一面の草が広がる、ただの草原だったのにな。


遠く両脇に見える、山脈の地形は変わらない。


俺が倒されたこの十年程度の間に、これだけ変わったのか。


新しく出来た街には、身なりを整えた人間も多いが、流れ者も多い。


占い師の男は、ずっと後をついて来る。


「あぁ、分かった! 宿を探してるんだ。子供一人じゃ、さすがに泊めてくれるところは、ないからなぁ」


 俺は、そう言った男を見上げる。


なんだコイツ。


なんでずっと俺の後をつけてくる。


「よかったら、うちに来るか? 予想通り汚いところだけど、道ばたで寝るよりマシだろ」


「なぜ俺に構う」


「んん? そりゃこんな子供が、一人で夜道を歩いてるんだ。マトモな大人なら、放っておけないだろ?」


 そう言って、俺にウインクを投げた。


やっぱりコイツは、信用ならない。だけどまぁ、恐れるほどのものでもないか。


「……。では、頼む」


 男は浅黒い顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。


煙草で黄ばんだ歯を見せる。


「はは。いいぜ、来いよ」


 男に連れられて、さらに薄汚い路地へと入り込んだ。


大通りは整備され、何一つゴミも落ちていないのに、一歩路地裏へ入ると、その全てのゴミクズを掃き寄せたような光景が広がる。


そこかしこに酔い潰れた人間が寝転がり、蹴破られたような看板と、ヒビの入ったガラス窓もそのままだ。


「突貫工事で出来た街だからな、ここは。工事にかり出された連中が、帰るところをなくして、こんなところで寝てるんだ」


 建築資材や雨水の溜まった木箱が、むき出しのまま置かれている裏路地を、地下へと下りる。


少し階段を下りたところに、小さなバーの看板がぶら下がっていた。


その横にあったドアを足で蹴りあげる。


「ほら、仕事の時間だぞ。さっさと行ってこい」


 足の踏み場もないほど散らかった部屋で、女が寝ていた。


「あらディータ。また拾いものしたの?」


 小さなベッドから起き上がると、二人は口づけを交わす。


「ふふ。こんなかわいい男の子だったら、今回は許してあげる」


「ほら、遅れたらまたドヤされるぞ」


 薄い肌着一枚を被ったまま、女は外へ出て行く。


ディータと呼ばれた男は、そのままベッドへ寝転がった。


「あぁ。腹減ってたんだっけ?」


「それはもういい」


 ついてきたのはいいけど、俺はどこで寝ればいいんだろう。


散らかりまくった部屋を見渡す。


どこか横になれる場所を……。


「来いよ」


「うわっ!」


 ディータは俺の腕を掴むと、ベッドに引き寄せた。


そのまま、ぬいぐるみのように抱きかかえられる。


「離せ!」


「まぁそう言うなって。たまにはいいだろ」


 ディータは片手で俺の顎を掴むと、こめかみに唇を寄せキスをする。


じっとその目をのぞき込んだ。


「随分深い緑だな。生まれつきか? 俺の目も緑だろ? 必死で馴染ませたんだ。体に魔法石を」


「いいから、さっさと離せ」


 一人用にしても、小さめのベッドだ。


暴れる俺に、ディータは手を離すと、ぐるりと背を向けた。


「まぁ寝ろよ。起きたら、朝飯くらい食わせてやる」


 男は目を閉じ、静かに呼吸していた。


魔法で、ランプの灯りを消す。


まさか本当に眠ってしまったとは信じていないが、今日はここで寝るしかないようだ。


俺のすぐ脇で、動かなくなってしまった男を見下ろす。


魔道士と占い師は、同じ魔法石からの魔力を使うとしても、使い方が違う。


その気配と臭いは、同じ魔法使いなら区別がつく。


こいつは占い師だ。


多少の魔法は使えるようだが、占い師の臭いの方が強い。


占い師は嫌いだ。


予言者と名乗り始めたら、それはさらに最悪。


やがて賢者となり大賢者とか言い出したら、そいつはもう敵だ。


 男とシーツとの間にうずくまる。


人肌を感じながら寝るのも、カズを出て以来久しぶりだ。


念のため防御用のシールドを張っておこうか? 


ふとそんなことが頭をよぎるが、結局そのまま、眠ってしまった。

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