明莉が深夜以外に外出するとすれば、大抵は本を買うためだ。取っている新聞に載った中でめぼしい小説を選び、夕暮れの終わる頃に家を出る。明莉がよく出歩く時間帯だと、当然書店は閉まっているのだ。月に一度ほどそうして出かけている。

 怜人と会う前に書店に寄ることにした明莉は、制服を着た上に通学鞄を持ち下校途中の生徒を装って家を出た。外はまだ明るい。まだ夜姫にはなれない時間帯だ。午後五時ってこんな感じだったな、と少し感慨深く思う。

 駅前の書店には昨夜と同じ道を行った。商店街へと足を踏み入れる。

「う……」

 足は一瞬で止まった。

「……こんなに人多かったんだ」

 昨夜とは比べ物にもならない。足が竦んでしまったら幻を呼ぼうと思っていたが、それすら躊躇うほどの人の量だ。どうせ幻は黒猫の姿で来るだろうから、自分が猫と喋る変な人になってしまう。

「しょうがない」

 言い聞かせ、震える足に力を込める。ひとりで行くしかない。人混みに、なるだけ自然に見えるようにすっと体を滑り込ませた。

 ……なんで。

 何で私はこんなにも、人が怖くなっちゃったんだ。

 商店街も歩けなくなったのか?

 俯いたままひたすら自分にその問いをぶつける。一度目をぎゅっとつぶって、次に開けたときに見たのは、同じ制服を着た女子グループだった。

「――」

 心臓が止まりそうになる。

 寄り道をしているらしい彼女たちは、雑貨店の前で楽しそうに騒いでいる。

 明莉の方は見ていない。


 涙が出そうだった。

 これだから――これだから、夜にしか歩けないのだ。

 明確な差を、見せつけられるから。

 猛烈に感情が薄まっていく。

 これは。

 寂しさだ。

 学校の廊下みたいな、どうしようもない感覚だ。


 明莉はどうにも、不登校として学校で有名だそうだ。彼女たちに自分がここにいると気づかれたくはない。明莉は鞄を握りしめ。ひたすら俯いて早足でその場を通り抜けた。

 昨日も来た広場には商店街ほど人はいなかった。

 木の下へ走り込んでほっと息を吐く。怖かった。こんなふうになってしまって、もう治ることはないのだろうか。――どうしようもなく泣きたくなる。

 気分を変えようとしてふっと顔を上げると、昨夜は動いていなかった工事の車が目に入った。

 そして、その前で。

「――?」

 つぶらな瞳と目が合う。

「――みゃっ」

 なぜだか嬉しそうに駆け寄ってくるのは――

 昨日見た、茶色の家出猫だった。

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ヨルヒメと魔法使い 七々瀬霖雨 @tamayura-murasaki-0310

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