二
二
明莉が深夜以外に外出するとすれば、大抵は本を買うためだ。取っている新聞に載った中でめぼしい小説を選び、夕暮れの終わる頃に家を出る。明莉がよく出歩く時間帯だと、当然書店は閉まっているのだ。月に一度ほどそうして出かけている。
怜人と会う前に書店に寄ることにした明莉は、制服を着た上に通学鞄を持ち下校途中の生徒を装って家を出た。外はまだ明るい。まだ夜姫にはなれない時間帯だ。午後五時ってこんな感じだったな、と少し感慨深く思う。
駅前の書店には昨夜と同じ道を行った。商店街へと足を踏み入れる。
「う……」
足は一瞬で止まった。
「……こんなに人多かったんだ」
昨夜とは比べ物にもならない。足が竦んでしまったら幻を呼ぼうと思っていたが、それすら躊躇うほどの人の量だ。どうせ幻は黒猫の姿で来るだろうから、自分が猫と喋る変な人になってしまう。
「しょうがない」
言い聞かせ、震える足に力を込める。ひとりで行くしかない。人混みに、なるだけ自然に見えるようにすっと体を滑り込ませた。
……なんで。
何で私はこんなにも、人が怖くなっちゃったんだ。
商店街も歩けなくなったのか?
俯いたままひたすら自分にその問いをぶつける。一度目をぎゅっとつぶって、次に開けたときに見たのは、同じ制服を着た女子グループだった。
「――」
心臓が止まりそうになる。
寄り道をしているらしい彼女たちは、雑貨店の前で楽しそうに騒いでいる。
明莉の方は見ていない。
涙が出そうだった。
これだから――これだから、夜にしか歩けないのだ。
明確な差を、見せつけられるから。
猛烈に感情が薄まっていく。
これは。
寂しさだ。
学校の廊下みたいな、どうしようもない感覚だ。
明莉はどうにも、不登校として学校で有名だそうだ。彼女たちに自分がここにいると気づかれたくはない。明莉は鞄を握りしめ。ひたすら俯いて早足でその場を通り抜けた。
昨日も来た広場には商店街ほど人はいなかった。
木の下へ走り込んでほっと息を吐く。怖かった。こんなふうになってしまって、もう治ることはないのだろうか。――どうしようもなく泣きたくなる。
気分を変えようとしてふっと顔を上げると、昨夜は動いていなかった工事の車が目に入った。
そして、その前で。
「――?」
つぶらな瞳と目が合う。
「――みゃっ」
なぜだか嬉しそうに駆け寄ってくるのは――
昨日見た、茶色の家出猫だった。
ヨルヒメと魔法使い 七々瀬霖雨 @tamayura-murasaki-0310
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