第二章 宵の人探し
一
一
深夜の静かな風が吹き、最近涼しくなってきたなと明莉は思った。既に学校が始まって一ヶ月である。そろそろサイダーを諦めてでも温かいものを買うべきだろうか。
「まだいいか……」
サイダーを一口飲んで呟く。
今日は綺麗にぽかりと満月が浮かんでいた。こころなしか、いつもより明るいように思う。
「明るいと目立つんだよな……」
苦笑しつつ、明莉は先月出会った同学年、林怜人と過ごした公園を通り過ぎる。ちなみに明莉が知っている花城中の生徒は怜人ひとりだけだ。
何故なら。
明莉が不登校だからである。
人と話すのは苦手だが、夜にならなんとか話せる。
その事に気づいたのは先月だ。とはいえ、明莉の出歩くような深夜には滅多に人はいない。怜人と出会ったのも偶然だ。
「でも、することないなあ」
商店街を通り抜けて、誰もいない道を過ぎれば、明莉たちの通う花城中学の最寄り駅が見えてくる。
遠出をするときはここまで来ることもある。一時間弱ほどかかってしまう為普通は電車を使うが、ぼうっとしながら歩き回るのもなかなか良い。
「久しぶりだー」
なんにせよ学校に言っていないので、来る頻度も少なくなってしまうのだ。
駅前の広場の中央まで歩き、辺りを見回す。そこには一本の大きな木が植わっていた、明莉は誰もいないのをいいことに幹にもたれかかった。
商店街や本屋が立ち並ぶ中、駅の右側には工事中の白い壁が立っている。
「何建ててるんだろ」
そこまで歩いていくと、ふとその壁の前に猫がいるのが分かった。
茶色の猫だ。首輪はついている――家出猫か?
見ているとばちりと目が合う。そいつは小さく「みゃあ」と鳴くと走って行ってしまった。明莉は動物に好かれがちなので、逃げられると少しばかり寂しくなる。
「話し相手でもできると思ったのに……」
『随分と口惜しそうじゃない』
唐突に声が響き、ぱっと振り返る。
「こんばんは、幻さん」
『さっきの猫ちゃんと喋るのが、赤い蓮に繋がるの?』
明莉の背後で、黒猫――の姿をした幻が座って喋っていた。
明莉は幻を呼べ、意志のあるそれと話すことができる。
そんな力を使えるのは、明莉が『夜姫』だから。
葉月家の女子は気まぐれのように何代かごとに夜姫としての三つの力を持ち、赤い蓮の花を探すのだ。
「――ねえ、幻さんて何でいつも猫なの?」
いつまでも広場にいてもどうしようもないので、帰り道を幻と歩くことにした。何故か道案内でもするように先立って歩く黒猫に声をかける。
「別に人でもいいじゃない。私の真似しても怒らないよ」
『馬鹿、それじゃ見た人が怯えるでしょう……黒猫のほうが闇に紛れられて合ってるのよ。気負いしなくて楽なの』
「へえ……そんなもんかあ」
笑いながら空を見上げる。星の名前など大抵覚えていないが、いつだったかそれくらい覚えろと前を歩く幻に叱られたことがある。その気はない。
「ああそうだ、明日は私、いつもより早く外に出るんだよね。幻さんも来る?」
『へえ、珍しい。なんの用?』
「怜人くんに学校の近況を教えてもらうの」
不登校の自分に近況を報告してくれるというのは、怜人自身から提案されたものだ。怜人とは、少し前の家出騒動から互いに連絡先を知り合う仲となっている。
『ふうん、随分懐いたのね。何時くらい?』
「猫みたいに言わないでよ……夕方、明日の午後六時だよ。面倒だから一時間前に家を出ようかなって」
気付けば明莉の住む住宅街に辿り着いていた。見慣れた街灯だけがぼんやりと明莉を照らす。
『私はやめとくよ。一度、彼になりすましたじゃない?気まずいもの』
そうだね、と明莉はくっと笑った。
「暇になったときにでも呼ぶよ。また明日」
『じゃ』
黒猫が闇に消え、明莉はもう一度微笑んでから、本体に戻るため家の扉をするりとすり抜ける。
――その後ろ姿を、茶色の猫が見つめていた。
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