第16話 あの日の真実
キーンコーンカーンコーン。
今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。危機が迫る予感がしていても、日常の音はあまりに退屈でのどかだ。
あるいはそれが日常のよりどころとなる変わりのない良さというものなのかもしれないが。
放課後になれば正也君かセツナちゃんが仕掛けてくるかと思ったが、声を掛けてきたのはセツナちゃんの方だった。
「あの、まやかさん。少し話したいことがあるんですが、時間をいただいてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ」
セツナちゃんは何かしらの決意を固めたような表情をしていた。もしかしたら私と戦うつもりなのかもしれない。
正也君が心配そうに見ていたが、私は気にする事はないと目線で送り、セツナちゃんと一緒に教室を出る事にした。
これは私の戦いなのだし、むしろ誰にも見られていない方がスキルが使いやすくて助かるかもしれない。
途中で何度か振り返ってみたが、誰かがついてきているような様子は見られなかった。
廊下を歩いている間、会話は無かった。
セツナちゃんに連れてこられたのは教室の並んだ校舎から離れた人気の無い部屋だった。
彼女もそれなりにこの学校に詳しくなっていたし、人の少ない時間帯と場所を知っていたのだろう。
もっとも、彼女がその気になれば魔法で人払いする事も出来ただろうけど。
セツナちゃんは振り返ると魔法使いの帽子とマントを身に付けて杖を取り出した。瞬時に装備が出せるのも魔法というものだろう。私だって魔王のスキルはいつでも出せる。
戦いの起こる予感はしていたが、セツナちゃんはすぐには襲ってこなかった。代わりに話を切りだしてきた。
「最初にあなたに言っておくことがあります。わたしはあなたを殺しにきました」
「うん、知ってる。マム先生に言われて弟子のあなたが魔王の私を殺しにきたんだよね」
「知ってたんですか!?」
セツナちゃんは本気で驚いているようだった。この情報は彼女の師匠であるマム先生からの物なんだけど、セツナちゃんは何も知らされていないようだった。
彼女は彼女でいろいろと試されているようだった。
マムはそれを楽しむと表現していたが……私はさっさと話を進める事にする。
「それでどうするの? 私と戦う?」
「いえ、正直に言ってわたしは迷っているのです。あなたが先生の言っていたような悪人にはどうしても思えなくて。ですからまずはわたしの事情を知って欲しいと思いました」
「セツナちゃんの事情?」
「はい、それを教える事であなたにも考えてもらえると思って。わたしの考えは甘いでしょうか」
「ううん、そんな事はないと思う。この学校では私が先輩だしね。後輩の話ぐらいは聞くよ」
「事の始まりは封印石が砕け散ってこの世界に降り注いだエックスデイ以前に遡ります……」
セツナちゃんが魔法式を発動する。それは私を攻撃する為では無い。私に過去の映像を見せる為の物だった。
荘厳な白い柱が立ち並ぶ。私達は異世界の王都の神殿を映像に見ていた。
そこで大きな杖を持った偉そうな威厳のある少女がセツナちゃんに向かって話しかけた。
「またこの時が来たな」
「はい、マム先生」
この子がマム先生か。セツナちゃんよりも背が低くて子供っぽく見えるが、いけ好かない態度はイメージ通りだ。
こっち側のセツナちゃんがマム先生は魔王軍随一の魔道士の魔法を食らってこのような子供の姿に変えられたのだと教えてくれた。
あの夢で見た魔道士も敵に一矢を報いれたのかと思ったが、それでも王都最強の賢者の座を死守されたとセツナちゃんが誇らしげに語っているのを見ればたいして意味はなかったようだ。
二人は階段を昇って大きな赤い石の鎮座する祭壇へとやってきた。そこでマム先生は弟子のセツナちゃんを振り返って言った。
「今度はお前がやってみんか?」
「え? わたしがですか?」
「うむ、魔物の封印を張り直すこの儀式。そろそろお前に任せようと思ってな」
「そのような大役をこのわたしに……」
王都最強の賢者と名高いマム先生に仕事を任されるなど大変名誉な事だ。思えば今まで先生の後について手伝いや修行しかやらされて来なかった。
これは先生に一人前と認められるまたとない機会だ。セツナは張り切って任された仕事と向かい合った。
「でも、それが間違いだったんです」
こちら側のセツナちゃんが語る。異変が映像で現れる。
祭壇で静かに鎮座していた封印石が暴走を始めたのだ。罅が入って風が吹き出し、魔物の影が現れようとしてくる。赤かった石が黒く変色していく。
さすがのマムも声を上げた。
「セツナ! お前は何をやっておるのじゃ!」
「分かりません! いきなり力が暴走を初めて……」
「もうよい! わしが抑える!」
マムの振るう杖から封印の光が降り注ぎ、石の暴走を止めようとする。だが、風はすぐには収まらず、石の後ろに黒い空間が口を開けた。
「あれはまさか次元の入口か!? 別の世界に転移しようというのか。面白いな」
マムがそう呟いた瞬間だった。石は砕け散り、魔物の影をまとったそれは黒い隕石となって地球へと降り注いだ。
「これがエックスデイの真相なんだ」
「はい、あなた達がエックスデイと呼ぶそれはわたしが起こした物なんです」
まさか教科書にも載っているような歴史の真実を知れるとは思わなくて私は驚いてしまった。
セツナちゃんも責任を感じているようで苦渋の顔をしている。映像を消すと再び私と向かい合った。
魔法使いの装備を解く事はしない。それは彼女がまだこの場でスキルを使う気でいるということだ。私も警戒を緩めない。
「知っていただけましたでしょうか。いくつか回収に成功した石はドラゴンの召喚等に使用しました。あなたをおびき出すためです」
「うん。それでどうするの? 世界がこうなった理由が分かったところでこの世界で魔王になった私を封印しちゃう?」
「最初はそのつもりでした。でも、今のわたしには分からなくなりました。あなたを殺すべきなのかそうでないのか。ですから一度マム先生と会って話してみたいと思ったのです。あなたと一緒に」
「私を連れていって、マム先生と話を?」
「はい、あの方は偉大な賢者です。きっとわたしには見つけられない正しい道を示してくださいます」
それはどうだろう。マム先生は弟子にこの件を片付けさせようとしている。きっと行っても答えは変わらない。
私には敵の中に飛び込んでいく予感しかしない。でも、それこそ今の私の望むところだ。
もう準備はできている。私はセツナちゃんの手を取ろうとする。
その時、誰もいないと思っていた部屋に菜々ちゃんの声が響いた。
「待ってよ。あたしも連れてって!」
「ええ!? 菜々ちゃんいたの!?」
「あなたは……いつの間に!?」
私もセツナちゃんも突然部屋の入口に現れた菜々ちゃんにびっくりしてしまう。私は慌てて訊ねた。
「ついてきていたの? 後ろは何度も確認したのに」
「だから気になったんだよ。こんな警戒するなんてただ事じゃないって。あたしは誰よりもまやかちゃんを見てきたんだから、振り返るタイミングだってすぐに分かるよ」
「あうう……」
何て事だろう。警戒していたのが逆に興味を引いてしまったようだった。私は襲る襲るもう一人の危険人物について訊ねる。
「正也君は?」
「警報が鳴ったから校庭に行ったよ」
「ああ、そうなのか」
私達は映像の世界に行っていたから気づかなかったのだ。私はセツナちゃんと顔を見合わせる。セツナちゃんの目は私に菜々ちゃんを連れていくか決めろと言っていた。
決める間もなく菜々ちゃんはずかずかと部屋に入って私達に近づいてきた。
「そのマムって人がまやかちゃんが魔王だって間違った知識を吹聴してセツナちゃんを困らせているんでしょ。まやかちゃんもセツナちゃんも、こんなに優しいのに酷い奴だよ。あたしだって文句を言ってやりたいよ」
他人と関わろうとしない私が優しいのかは疑問だし、魔王なのは合っているのだが、菜々ちゃんの決意は止められそうにない。
私とセツナちゃんの手をしっかりと合わせて、自分の手を乗せてくる。
「一緒に間違った賢者を正してやろう!」
「うん」
「はい」
私達は菜々ちゃんに押される形で頷く事となった。
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