第15話 まやかの決意

 昼休みが終わって午後の授業が始まった。外ではいろんな事があったが、教室の風景は変わらない。

 この平和を守っているのはモンスターと戦っているスキルマスターなのだ。


(私も自分のスキルと向き合う時が来たのかもしれない)


 セツナちゃんは今のところは真面目に授業を受けているだけで、私を今すぐどうこうしようという動きは見せていない。

 マムの言うことがどこまで信用できるのか分からないが、時が迫っているような予感はしていて……

 私はある決意をするのだった。


「それじゃあ、次を。天坂、読んでくれ」

「はい」


 拳を握って決意しているといきなり先生に当てられた。時間は私を待ってはくれない。

 私は慌てて教科書を持って立ち上がる。本をめくってページを探す。


「えーっと……」

「35ページだよ」

「ああ、35ページね」


 私が困っていると菜々ちゃんが小声で教えてくれた。ありがとう、友達。本当に嬉しい。

 感謝をして私は読んでいく。


「うとうとして居眠りをしているうちに夜になり、夜明けがきたことに気付かない。春の陽気に誘われてつい寝入ってしまう。春眠暁を覚えずとはまさにこういったわけである。このように人は誰でも油断する時期というものがあって……」


 私は先生がいいというまで朗読を続けていく。クラスのみんなは私に興味があるのか無いのか思い思いに過ごしている。

 正也君とセツナちゃんも教科書に向かい合っていて、私に視線を向けてくる様子は見られない。私はもしかしたら考え過ぎているのかもしれない。


「よし、そこまで。次の部分に移るぞ。次は――」


 当てられた部分を読み終えて私は席に戻る。授業は滞りなく進んでいき、やがて休み時間になった。




 放課後になったらきっと正也君かセツナちゃんがアプローチを仕掛けて来るだろう。

 そんな予感がしていた私はその前に自分のやれることをやっておくことにした。何が起こるにしても備えはしておくべきだろう。

 わざわざ教室から離れた遠いトイレまで来て個室に閉じこもる。これからする事は絶対に他人に知られてはならない。

 私はそっと自分の胸元の印に手を当てる。私は今まで自分のスキルと本格的に向かい合う事をしなかった。

 スキル自体が強いので適当に使ってもドラゴンぐらいなら圧倒できるが、あんなのは魔王のスキルの一端に過ぎない。

 スキルに目覚めた者のなかでもさらに熟練に達した者。自らのスキルを自在に使いこなせるまでに至った者。スキルマスターにならなければこれから先の戦いは勝ち抜けない。

 私はまだ多くの自分の力を知っていない。その点では私は正也君より圧倒的に強い力を持ちながら、マスターと呼ぶにはほど遠いレベルなのだ。

 私は静かに意識を集中し、自分の魔王を呼び覚ますのだった。




 気が付けば私は荒れ果てた荒野の城にいた。知らない場所ではない。夢の中で見た魔王城だ。

 だが、今ではそこはあちこちが崩れていて部下のモンスター一匹見当たらなかった。私は静かに色あせた玉座から立ちあがる。

 壁も天井も崩れていて、広間の端からは外の景色がよく見えた。本当に何も無い荒野だ。生き物一匹見当たらない。


「ここが魔界か。静かなのはいいけど何もないというのもちょっとね」

「お前の方から余を呼びだすとはな」


 呟いてると廊下の陰から背の高い魔族の青年が現れた。私は驚いたりはしない。私の方から呼び出したんだから来るのは分かっていた。

 ただ気持ちのままに不機嫌に言ってやる。


「私の部下がいないんだけど」

「お前は知っているはずだ。みんなお前の世界に行っている。お前が統治しないから各々で好き勝手に暴れ回っているのだ」

「みんなスキルマスターが相手してくれているからね。私は面倒な仕事はしない主義なの」

「そのようだな。変わった女だ」

「……」


 しばらくの間があった。いろいろ考えて私は言った。

 ここはリアルではない夢の中なのだし、今では私のスキルとなった魔王を相手に物怖じしてもしょうがない。


「どうして私を選んだの? おかげでいろいろ巻き込まれて大変な目にあってるんだけど」

「余が選んだわけではない。おそらくだが、世界の支配を望む余と何もする気が無いお前。その相性が良かったのかもな」

「違う者同士が引かれ合うってやつ? だったら世界を救いたがっている勇者についてくれればいいのに。私はいい迷惑だよ」

「まあ、そう言うな。あるいはお前には勇者の素質があるのかもな。世界を救いたくはないのか?」

「私は気に入らない奴だけ吹っ飛ばせればいい。それで自分の好きな人だけ守れればいい。それで十分。その為の力を貸して欲しい」

「それだけでいいのか? お前なら世界を支配することも可能なのだぞ」

「そういうの私、本当にうんざりなんで」

「フフッ、今ならばそう言うのだろうな」

「これから先も変わらないよ。夢から覚めても私は私だから」


 お互いに違う性格だが、意地があるという点では変わらない。だから私は魔王と引かれ合ったのかもしれない。

 私達は手を出して力を交わした。ともに共通の敵を倒す為に戦う覚悟を決めたのだ。




 目を開けると私は再びトイレに戻ってきていた。前よりも魔王のスキルが近くに感じられる。

 それは私の本意ではないんだけど、吹っ飛ばしたい相手を吹っ飛ばすのには必要な物なのだ。仕方がない。

 トイレを出るとすぐに廊下で菜々ちゃんと出くわした。まさかつけられているとは思わなくてびっくりしてしまった。


「菜々ちゃん、どうしたの!?」

「まやかちゃんが思いつめた顔をしているから気になって。本当に大丈夫なの?」

「うん、平気。ちょっと自分を見つめ直していただけだから。正也君とセツナちゃんは?」

「二人なら教室にいると思うけど」

「そっか」


 もしかしたら私達の生活はこのまま続いていって、この力は必要なくなるかもしれない。

 それならそれで構わない。私には特にやる気はないのだから。だらだらとした退屈な日常をいつも通りに過ごしていくだけだ。

 学校にもうすっかり聞き飽きたおなじみのチャイムが鳴る。


「大変! 急がないと!」

「もう、休み時間が短いよ!」


 私は文句を言いながら菜々ちゃんと一緒に廊下を急ぐのだった。

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