第9話 異世界の研究者

 そして、町を走ること数十分。やっと到着したようで正也君は自転車を止めて声を掛けてきた。


「着いたぞ、まやか」

「はあー、やっとか」


 私は呼吸を整えて自転車を降りる。いろいろと振り回されたが体は平気だ。ふらついたりはしない。これも魔王のスキルのおかげなのだろうか。


「お前って頑丈だよな」

「どういう意味?」

「支えがいの無い女」

「ほっといて!」


 さて、彼のお宅を見てみよう。そこは普通の一軒家であった。少し古い感じだが、それでも庭付きで広い。わりと和風だ。


「ここが正也君の家?」

「そうだ。意外か?」

「う~ん、もっと新しい場所に住んでいると思ってた」

「転校はしたが引っ越しはしていないからな。おかげで通うのが少し遠いんだ」

「だから自転車なんだ」


 私もスキルマスターとして戦力の足りない学校に行かされるようになれば、自宅から自転車やバスを使う事になるのだろうか。

 やっぱり嫌だった。今の徒歩でも通いやすい学校を手放したくはなかった。

 正也君は玄関の鍵を開けると中に入っていく。私もそれについて行った。

 案内されるままに部屋に入る。調度品の立派な書斎といった雰囲気。正也君の家ってもしかして由緒正しい家柄なんだろうか。

 私は肩身が狭くなってしまう。そこでは正也君よりも背の高い男の人が待っていた。


「帰ったか、正也」

「ただいま、親父」


 この男性が彼のお父さんなのか。思ったより若く見える。二十代の前半ぐらい。兄だといっても信じてしまえそうだ。


「この子が例の……」

「ああ、そうだ」


 二人の話を聞いて私は自分の失態を悟った。私が魔王だとバレている!? 他に人のいないここで服を脱がされて印を確認されるのではないかと。

 私は自分の体を抱いて顔を赤くして叫んだ。


「服を脱がしたりしたら警察を呼びますからね!」

「お前は何を言っているんだ!」

「あはは、面白いお嬢さんだ。ドラゴンやミノタウロスを見ても物怖じしないと聞いていたのだけどね」


 どうやら私の勘違いだったようだ。びびらない女と思われてるのもどうなんだという気はするが、弁解する言葉は見つからない。

 私は勧められた席に座って落ち着いてお茶を飲む。そこでようやく人心地ついたのである。


「まやか、親父を紹介するよ。俺の父の相田照市だ」

「初めまして、相田照市です」

「初めまして、天坂まやかです」


 お互いに自己紹介を交わし合う。何か緊張する。何で私は知らない他人と会っているんだろう人付き合いは苦手なのにとも思うが、自分の目的を忘れたわけではない。

 彼の方からその話を切りだしてきた。


「まやかさんはこの本に興味があるんだったね」

「はい、魔王とは本当にその本に書いてあるような酷い獄悪人なんでしょうか」

「それは僕にも分からない」

「分からないんですか? こんな好き勝手な事が書いてあるのに!?」


 著者に文句を付けたいと思っていた私は憤慨してしまう。彼は落ち着いて笑って言った。


「僕は訳しただけだからね。この本の著者はマム・レイハートという人物なんだ」

「いったい何者なんですか?」

「異世界の人間だと僕は思っている。この本はあの黒い隕石が降り注いだエックスデイから間もなくして見つかったんだ。おそらくモンスター達と一緒に来たんだと思われる」

「隕石と一緒に? よく燃え尽きたりしませんでしたね」

「これもスキルの力なんだろうね。本は異世界の言葉で書かれていたが、不思議と僕には読む事ができた。これは僕の力ではなく、この本にあらかじめある特定の人間だけ読めるように術が掛けられていたと考えるのが適切だろうね」

「その条件って……?」

「僕が世界一頭の良い人間だからかな」

「なるほど、ごもっとも」


 彼は学者だそうだし、頭もとても良さそうに見える大人だ。私は信じかけたが彼は苦笑した。


「いや、それは冗談なんだけど。とにかく異世界とこの事件にはまだまだ謎が多い。僕は解明する為にもこの本を訳して広く出版する事にしたんだ」

「この本に書いてあるのは全て事実なんでしょうか」

「それは確認しようがないが知らせたい内容があるから送ってきたと見るべきだろうね。事実この本のおかげで僕達はモンスター達の事を知れたし、スキルについても知れたんだ。魔王がこの本に書かれたような恐ろしい存在である可能性も十分にあると僕は思っている」

「はあ」


 この本について知りたいと思ってここへ来たが、結局のところは著者本人に聞かないと分からないようだ。

 で、その人は異世界の人物で、今のところは書いてある事は正しくて役に立っている。

 魔王については保留。いろいろ話してもらったが、肝心なところは無駄足だったようだ。


「まやかさんは魔王に随分と肩入れしてるみたいだね」

「いや、まあ、ドラゴンやミノタウロスを倒して学校を守ってくれたし? スーパーヒーローだったら良いなあなんて、あはは……」

「それなら魔王はもっと積極的に人間を守ってくれるだろうね。世界に困っている人は大勢いるんだ」

「そうですね」


 ごめんなさい。世界どころか日本どころか町どころかクラスメイトにも気を使えない奴が魔王なんです。私に守れるのはせいぜい菜々ちゃんぐらいだ。

 後の人達は正也君達スキルマスターが守ってくれる。

 照市さんは話すのが楽しいようで言葉を続けた。私はもういいかなと思いかけてきたが、腰を上げるタイミングが見つけられずにいた。

 私には難しい話だったが、とにかくマム・レイハートという異世界の人物のせいで私が肩身の狭い思いをしているのは理解できた。

 そいつさえ、魔王は良い奴だみんなで尊敬するべきとか書いてくれていれば私はもっと気楽に生きられたのだ。

 会ったら文句を言わなければなるまいと私は決意するのだった。

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