第8話 魔王について調べる

 菜々ちゃんが部活に戻り、私も帰ろうかと思ったが、その前に図書室に寄る事にした。

 前にちらっとだけ調べた魔王の事をもうちょっと詳しく調べておこうと思ったのだ。

 魔王がどんな存在かは知っている。何せ私の事だから。

 しかし、それはあくまでも自分自身の事であり、それ以外の……例えば他人から見た魔王がどのような存在なのかという世間的な事はよく分からなかった。

 記憶を頼りに本棚を探すと目的の本はすぐに見つかった。


「これこれ。この本に載ってたんだよね、懐かしい」


 思えばあれから魔王も随分と有名になったもんだ。最初は自分の体に付いた印が気になって調べただけなのに。

 他人に訊ねたりはしなかった。何せそれだと自分がスキルに目覚めたとバレてしまうからね。それが魔王ともなれば騒ぎどころでは済まないだろう。

 ぼっちで本当に良かったと思いながら私はページをめくる。


「ふむふむ、やっぱり魔王ってこういう存在なのか」


 魔王とは人類にとっての災厄の象徴。

 突如として現れ、破壊と殺戮を行う災害のような存在である。

 魔王が現れた国は必ず滅びる。

 魔王が滅べば世界は平和になる。

 魔王を殺せば英雄になれる。

 魔王が現れると国が混乱し、戦争が起こる。

 魔王を倒せば国は繁栄する。

 魔王が現れると人々が苦しんで死ぬ。

 魔王が現れれば人々は恐れて逃げ惑う。

 魔王を倒せば世界に平穏が訪れる。


「なんか悪い事ばっかり書いてあるんだけど、私への風評被害ひどくない?」


 魔王は人類の敵みたいな書かれ方ばっかりだ。私は別にそんなつもりはないのに。ただひっそりと自由に暮らしたいだけだ。

 本には魔王の印も書いてある。私は服を引っ張って自分の胸元を覗きこんでみた。やっぱり同じだ。違ってるところが見つからない。


「もう、こんな酷い事を書いているのはどこのどいつなの?」


 この本の著者はよほど魔王の事が嫌いらしい。とんだとばっちりだ。

 私は本の著者名を見てみる。はっきりと書いてあった。


「マム・レイハート。まさかの外国人!? あ、訳者も書いてる。相田照市。ん? 相田って……!?」

「親父がどうかしたか?」

「うわわあああ!!」


 いきなり正也君に声を掛けられて私はびっくりして本を落としてしまった。


「図書室で騒ぐなよ。それと本を落とすな」


 正也君は本を拾ってくれると私に差し出した。


「ほらよ」

「ど、ども」


 私はそれを受け取る。心臓がまだバクバクしている。何でここにいるんだろう。いつからいたんだろう。気になるが訊ねる勇気はない。

 正也君はいつもと変わらない態度で言ってくる。


「お前でも本を読むんだな」

「まあね。魔王の事がちょっと気になって」


 別に嘘は言っていない。本当の事だ。私は呼吸を落ち着けるように試みた。

 だが、正也君が隣に座ってきてビクリと跳びはねてしまった。なぜ隣に座るんだろう。どこかよそに行ってくれればいいのに。

 正也君が訊ねてくる。


「お前、何を見てたんだ?」

「この本だけど……」

「その本か……」


 この沈黙は何なんだろう。彼がどこかに行ってくれそうもないし、私は思い切って訊ねる事にした。


「この本を書いたマム・レイハートって誰なの?」

「それは俺にも分からない。だが、親父はそれが異世界から来た本ではないかと言っていた」

「この本って異世界から来たの?」

「正確にはそれの元になった本だけどな。親父は学者なんだ。それでそういう事を研究している」

「へぇ、そうなんだ」


 なるほど、だからこんなにも魔王の事が詳しく書かれているのか。納得だ。

正也君が続ける。


「お前、この本に書いてある事に興味があるのか?」

「うん、まあ」

「じゃあ、これから家に来ないか? 親父に会わせるよ」

「ん?」


 なぜ私は正也君の家にお呼ばれされているのだろうか。ただのクラスメイトに過ぎないのに。

 疑ってしまうが興味があるのは本当だ。

 魔王についてもう少し詳しく知りたいし、こんな本を書いた奴の顔も見てみたい。


「まあ、あまり遅くならないようなら」

「決まりだな。じゃあ、遅くならないうちに行こう」


 そうして私達は図書室を出て校舎を出た。彼の家に行くのは初めてだ。一体どんな所に住んでいるのだろう。

 あのすでに修理の始まっている校門を出るのかと思っていたが、彼の向かったのは駐輪場だった。そこから一台の自転車を引っ張りだしてくる。


「乗れよ」

「二人乗りして良いの? 町の人に怒られない?」

「俺はスキルマスターだからいいんだよ。特権ってやつだ」

「ずるいなあ」

「お前もスキルマスターになればいいじゃないか。自転車使えるぞ」

「私はそういう面倒なの嫌いなんだってば。この中学校も別に遠くないし、登校なんかは歩きで十分だよ」

「お前ならそう言うだろうな。じゃあ、行くか。遅くならないうちに帰るんだろう? 手っ取り早く行こうぜ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 私は荷台に乗る。彼はペダルをこぎ始めた。


「しっかり掴まってろよ。飛ばすからな」

「え? はやいーーー!」


 次の瞬間、自転車は物凄いスピードで走り出した。私は知らなかった。自転車ってこんなに早く走れるんだって。

 私は振り落とされないように必死にしがみつくしかなかった。


「は、速くない!?」

「お前が早く帰りたいって言ったんだろ」

「言ったけど!?」

「大丈夫、これぐらいの速さ、お前なら平気だろ?」

「何を根拠に?」

「ミノタウロスやドラゴンを見ても平気な奴がこれぐらいでびびるかよ」

「もうー、わけが分からないーー」


 私はとにかく到着するまで意識するのは止めようと、ぎゅっと目を瞑ってしがみつく事にした。

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