第3話

「その服はない」

 うわぁおっ! びっくりしたぁ……。いきなり話しかけないでもらえる?

「その服はないよ、いっちゃん」

 なんで、僕のあだ名知ってんの? まあ、知ってても別に驚かないけどさ。

「その服はないって。なんでその服が80%もオフになってるのか分かる?」

 しつこいな! まあ、僕もこの服買おうとは思ってなかったし。

「えぇ……。じゃあ、なんでレジ並んでんの?」

 うるさいなぁ!

「あと、めっちゃ独り言大声で言ってる怪しい人になってるけど大丈夫」

 ………………。

「あの金髪の人なんか、めっちゃいっちゃんのこと見てるよ」

 ひっ……。

「いや、そんなビビらなくてもいいと思うよ。むしろ向こうがビビってるし。ヤバイやつだと思われてんじゃない?」

 ………………。

「あー、あれ? どうしたの? なにも買わないでお店でちゃうの?」

 ………………。

「あれ? 聞こえてない? 聞こえてるよね? え、ちょっと、なんで無視すんの?」

 ………………。

「あぁーあ、なるほどね。周りに人いて話せないのか」

 ………………。

「相手を思い浮かべて心で念じるだけでさ、テレパシーで会話できるよ」

 ………………。

「おーーーーい」

 ………………。

「おーい、もしもーし。どこ行くの? そっちなんにもないよ」

 ………………。

「………………」

 ………………。

「……おーーーーい」

 テレパシーは!?

「声デカっ。いやいや、声に出して言っちゃってるよ」

 いや、めっちゃ、脳内で話しかけてたけど!?

「あー、そうなの? 全然聞こえなかった。まあ、あれだね、姿見たことないと私を思い浮かべるの難しかったかもね」

 簡単にできないなら、人前で話しかけてくるなよな……。

「いや、ごめんごめん。なんか変な服買いそうだったからさー」

 変な服じゃないし、変な服だったとして、なんでお前に止められるんだよ。

「えー。だって、買い物の前に〔映画 服装〕で調べてたからさー、その服で映画に来るのかと思ってさー」

 プライバシーは!?

「ごめんごめん」

 ごめんごめんじゃないよ……。どっから見てんだよ……。怖いよ……。

「いやー、なんか悪いね」

 っていうか、映画一緒に見るの?

「私も映画見るからさ。映画館の近くで会えば、そのまま一緒の映画館に見に行くことになるでしょ」

 正直、別に会わなくてもいいと思ってんだけど。もう、幻聴だって思ってないし。明らかに僕じゃないもん、お前。

「えー、そんなこと思ってないでしょ」

 思ってるよ。幻聴が『また連絡しまーす』で切り上げないだろ。そのあとホントに聞こえなくなるし。

「いや、そっちじゃなくて。会わなくてもいいってやつよ」

 え?

「映画に来ていくために新しい服買おうとしてたじゃん。ひとりで行くつもりなら普段の服でいいっしょ」

 ……まあ、正直に言えばね、美人だったら、一緒に映画行こうと思ってたよ。

「うわぁ……。なんか、超いっちゃんっぽいわ……」

 僕っぽいってなんだ。僕のことなんにも知らないだろ。あと、僕だけじゃなくてほとんどの男はそういうもんだから。

「ほとんどは言い過ぎでしょ」

 ほとんどは言い過ぎだけど、結構いるから。

「あぁ、そうなのね? でも、見た目によってはついて行っちゃうってさ。美人局つつもたせとか気をつけなよ」

 ………………。

「なに? どうした?」

 ……もしかして、お前、美人局じゃないか? 会ったら、怖いお兄さんがでてくるんだろ!?

「うわー、面倒くさいやつだー」

 絶対にめちゃくちゃ美人で、僕がついて行きたくなるような見た目なんだ!

「あ、ハードル上げないで」

 そして、僕を誘惑してお金とるんだ!

「いや、だからいっちゃん、極貧大学生!」

 前から言ってるなぁ、極貧って! 映画見に行けるくらいには金あるわ!

「でも、取れるほどの金はないでしょ?」

 僕は、なにされようと、絶対に借金とかは作らないからな!

「借金させてお金取るとかもしないよ?」

 僕は、暴力には屈しないぞ!

「それは、屈しそうだけどなぁ……」

 ……暴力の前に話し合いをしてほしいです……。

「あ、下手に出ないで大丈夫ですよ、美人局じゃないんで。それに、なんだったら映画代私が出そうと思ってたくらいだし」

 ……え?

「私のせいで映画見ることになったのに、貧乏大学生のいっちゃんに映画代出させるのもなあ、って思ってたからさー」

 それを先に言ってよ。それなら、行くよ。

「え、なにその変わり身」

 2ヶ月ぐらい前かな。街で美人に声かけられてさ。アンケートに答えたら1000円のギフトカードをくれるって言われてさ。暑いので、お茶でも飲みながら店内でアンケートを書いてくださいーとか言われて。ついて行ったら、怖いお兄さんがいっぱいいて、絵を買うことになったんだよ。5万。

 それで決めたから。今度、そういうことがあったら、人気の多い場所でお金だけもらってそのまま帰るって。金を取ろうとしてるやつから、撒き餌の金だけ貰ってやるって。

「おぉう……」

 僕、実は、元々『ソラハトオク』見ようと思ってたんだ。予告映像が面白そうだったから。でも、元々見るつもりだったからってお金出さないってのはダメだよ、映画代出すって言っちゃったからね。

「うんうん、出す出す、出すから」

 やったー! 2000円浮いたー!

「………………」

 2000円かぁ……。ポップコーン食べれるなぁ。あ、いや、待てよ。

「………………」

 あのさ、ポンプコーン代も出してもらえたりする?

「………………」

 あれ、おーい。聞こえてるー?

「………………」

 おーーーーい。

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