嘘と真実②


 ザカリアスは表の目立たない路地に立っていたグロリアのところに戻った。

 なぜか満身創痍のごとくフラフラの足取りを見て、グロリアは怪訝そうにする。


「なんで瀕死なんですか……」

「…………理由を説明させにゃいでほしいニャ」

「途中で《念話テレパス》も切れてしまうし……」


 あまりの地獄絵図っぷりに精神の限界がきたのだ。

 詳しい経緯を話す気には到底なれず、ザカリアスは続く恐怖に震えながら話題を切り替える。


「そっ、それよりも、ロバートの曾孫だニャ! あいつ、バラーダを使ってドレミー家をつぶす気だニャ!!」


 ザカリアスはバラーダたちの会話を整理して、改めてグロリアに告げる。

 グロリアは驚きを見せつつも、まだ少し納得いかなさそうに顎を抱えた。


「信じられません……彼の曾孫がドレミー家に恨みを持っているなんて。お嬢様も、そのご両親である旦那様や奥様も、ロバートの家系に接点なんて……」


「信じられにゃくても、事実はそこにあるのニャ」


 目の前で会話を聞いた自信から、ザカリアスは毅然と言う。

 それを見て、複雑そうな心中を隠せないグロリア。

 だが、やがて真実を認めるように、大きく息をついた。


「彼の曾孫とは近いうちに会う必要がありますね」

「引っ張りだしてやるのニャー!」

「さっそく身辺を洗い出したいところですが……今日はもう遅いですし、お嬢様を心配させたくありません。一旦帰りましょう」


 グロリアはそう言って、ザカリアスとともに帰路につく。

 その心中はざわめき、困惑を続けている。

 昔を知る男の曾孫が、フィリアナを陥れ、陰謀の毒牙にかけようとしている事実は、それほど衝撃的なものだった。


(ロバート、あなたはこのことを知っているんですか……!!)


 自然と早足になるのを堪えながら、グロリアは屋敷へと戻った。



  ▼ ▼ ▼



 フィリアナは客人を前に、ドキドキと言う胸の鼓動を抑えるのに必死だった。

 なんせ、相手は――、


(勇者ロバート様の曾孫さんですわ!!)


 フィリアナはキラキラとしたまなざしを湛えながら、目の前で紅茶を飲んでいる青年に釘付けだった。

 青年はロバートの曾孫、ロブを名乗り、どういうわけあってかドレミー家を来訪した。

 どんな用件を言われるのか想像できなくて、フィリアナはずっと緊張している。

 自分にしては上手に淹れた紅茶のお味はどうだろうか。

 おずおずと自分を伺う視線に気付いて、ロブは子供に向けるような苦笑をした。


「美味しい紅茶ですね。淹れ方がお上手だ」


「ありがとうございます。当家のメイドに教わった淹れ方で、彼女の味によく似ているんですわ」


「なるほど……奥深い味です」


 ロブはそう言って、丁寧に紅茶のカップをソーサーに下ろす。

 青年は紳士的な態度で、失礼なところは見当たらない。むしろ、貴族のフィリアナが驚くほどマナーもしっかりして、完璧な所作だった。

 さすが、勇者の血筋ということなのだろう。

 目の前の青年へ尊敬を感じながら、フィリアナは彼の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 彼が馬車に乗ってやってきたときも、フィリアナは屋敷の入り口の落ち葉をほうきで集めているところだった。

 伯爵家の令嬢がメイドの仕事をやっていることに、彼が軽蔑したり侮辱することはなかった。

 おまけに紅茶の味まで褒めてくれた。きっと、良い人に違いない――フィリアナがそう確信を抱くとき、青年はまっすぐに目を見つめてきた。


 伯爵令嬢以前に、年頃の娘に対して不躾すれすれの見つめ方だった。

 あまりの食い入りようにフィリアナがどぎまぎしていると、ロブはこほんと咳をひとつ置き、言った。



「不躾は承知のうえで言わせてください。フィリアナさん、私と結婚していただけませんか?」


「へえっ?」


「突然のことで申し訳ありません。混乱させるようなことはしたくなかったんですが」



 プロポーズ。

 突然のことすぎて、フィリアナは頭がついていかなかった。


「貴家が不意に生まれた借金に苦しんでいることは噂に聞きました。ですが、あなたと私が結婚し、夫婦となれば、私の力を使って借金問題を解決することができます」


 小さく口を開けてポカンとするフィリアナの顔に、相変わらず食い入りながら、ロブは熱っぽく語る。


「ええと……何故そのようにお考えを? 当家のために、あなたがそこまで尽くしてくださる理由が……」


 フィリアナはなるべく落ち着いて質問した。

 今まで見ず知らずの他人同士で、そこまで彼がドレミー家に肩入れする理由がわからない。


「ドレミー家は、建国当時から存在し、王と民に尽くした十貴族の家柄と聞いています。そんな由緒ある一族が、男児不在ということで廃嫡の危険すらあることは、あまりにも惜しいことです」


「はあ……」


「私は、冒険者ギルド支部をここに置くため訪れたときから、このアウロラ王国のことを第二の故郷のように思っています。だからここに根を下ろし、ギルドの仕事と並行して王国へ尽力したいんです。貴家のお話を聞いたとき、夢を叶える機会だと思いました……!」


 ロブはそう言って胸に手を当て、目を閉じた。


「フィリアナさん、どうかあなたとともに、この国で貴族としての務めを果たす第二の生を歩ませてくれませんか」


 青年はどうやら貴族に憧れているらしい。

 フィリアナはその言葉を聞いて疑わなかった。

 彼の言葉は本物で、この国を思う熱い気持ちも嘘偽りないものだと。

 そのロブと結婚し、彼を伯爵にすれば借金解決とともに家の存続が叶う。

 伯爵家の娘として、家の存続を考えないわけがなかった。

 やがて成人し、誰かと結ばれ、伯爵家を安泰のものへと導く使命が自分にはあるものとフィリアナは悟っている。


(でも……私の本当の望みは?)


 そう自分に問いかける。

 頭に浮かんだのは、ひとりのメイドの姿だった。

 彼女のことを考えて、フィリアナは自分の胸が熱くなるのを感じる。



「申し訳ございません。お受けできませんわ」



 ロブは目を見開いた。


「なぜ……! あなたにとって良い条件のはずだ」


「確かに、当家の存続は私としても尽力すべき点ですわ。

私もいつかどなたかと婚姻し、伯爵家を立て直す使命がございますもの。

でも……それはあくまでまだ将来の話。今現在の借金の問題とは別問題ですわ」


  それは建前だ。

 フィリアナの心には、もう誰かが住んでいる。自分の使命とは反対をゆくその想いは確かに心の中で息づき、熱いものとなって存在していた。

 それを臆面もなく偽ることに、引け目がないとは言わない。

 だが、フィリアナは、自分の本当の想いに嘘をつくことができなかった。

 

「それに、あなたのような良い方を当家のトラブルに巻き込むなんて、ばちが当たってしまいますわ」


 そう言ってフィリアナは苦笑する。

 勇者の血脈の子は、茫然としたように口を開けていた。

 まるで信じられない、とでも言うように。


「は? なんでだよ」


 フィリアナは聞き違いを疑った。

 今、目の前の穏やかで紳士的な青年から、粗暴な一言が飛び出したかと思ったが――、


「そこは泣いて感謝するところじゃねぇのかよッ!!」


 ガタン、と席を揺らして立ち上がった青年の所作に、フィリアナは小さく悲鳴をあげた。

 怯えるフィリアナに、ロブは鬱陶しそうに目を細める。


「どう考えてもおかしいだろ、家の存続と借金を同時に解決できるチャンスが降ってきたってのに――お前、頭おかしいだろ? でなきゃこんなことになってねーよな、クソッタレ! 芝居まで力入れてやったってのに!」


 男はテーブルの足を蹴って、ひどく毒づく。

 そんなチンピラまがいの所作を見て、フィリアナの顔はすっかりこわばっていた。


「っ、乱暴はおやめくださいませ! 屋敷から出ていってもらいますわ!」


 それでも気丈に胸を張ってそう言うが、屋敷には今フィリアナひとりだ。大の男に暴れられたら、対処しようがない。

 ロブは舌打ちし、「しゃーねぇ、プランBだ」と独り言とともに白い手袋を外して、右手を掲げる。

 フィリアナはその手のひらに小さな魔法陣が彫られていることに気付いた。途端、それが光を発し、フィリアナの意識を奪い取る。

 失神したフィリアナの身体は床に転がった。


「面倒くせーことさせやがって。これも全部、お前とあのメイドのせいだぜ」


 彼女を両手に抱えて、ロブは毒づくように呟く。

 その目に浮かぶのは、人形のように眠りに落ちるフィリアナと、ここにはいない誰かの面影――。


「百年ぶりの祭りが始まるんだ。特等席で見せてやるよ――」




 荒らされた応接室に置かれた紙を握り締め、グロリアは立ち尽くす。


『お嬢様は預かった。指定の時間に地図の場所に来い』


 地図とともに残された紙にはそうあった。

 動かないグロリアの足元で、ザカリアスは尻尾を立てて怒る。


「こっちから会いにいく口実ができて光栄だニャ!」


「ええ……そうですね」


 グロリアはそう言って、静かに持った紙を置く。


「何がなんでも、会わなければなりません……!!」


 その瞳には、激しい炎にも似た強い光が宿っていた。


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