決勝の舞台①


 快進撃。

 一回戦のグロリアに始まった蒼穹の燕ブルー・スワローの勝利の勢いは止まらず、ついに舞台は――決勝戦。


「決勝進出だぁ~!」


 準決勝をニコラとともに制してきたニーナは快哉を叫ぶ。

 ルーキーの代表格のようだった蒼穹の燕ブルー・スワローがここまで来たことはとんでもない快挙だ。

 

「ん~、ご苦労ご苦労、おかげで出場者側からの観戦はなかなか楽しめたニャ~」


 いつの間にか客席からこっそり移動してきたザカリアスは勝手に寛いでいる。


「この能天気パーティーで決勝まで行くとは大したもんだニャ。暇つぶしに決勝も観戦させてもらうニャ」

「……魔法が飛んでくるかも知れないから気をつけていてくださいよ、一応」


 グロリアはその勝手気ままぶりに呆れながらも、面倒なので放っておく。

 そんなことより決勝を前にした緊急ミーティングだ。

 ブロック別の予選が終わった準々決勝から、試合は二対二のダブルス形式に切り替わっている。

 最後の試合の選出者を決める必要があった。

 ニーナは真面目な顔をして前に出る。


鋼の栄光メタル・グロウのやつらも決勝まで残った。……そんなわけで決勝は、最大戦力のグロリアさんと、」

「はい」

「ルカ――きみの出番だよ!」


 パーティーのリーダーらしい面持ちでそう言ったニーナに、ルカは青ざめた。


「ニーナちゃんっ、本気なんだよね……?」


 これまでルカの出番は後回しにされ続けてきた。ニーナに「ルカには役目があるから」、と。


「その役目っていうのが、決勝の大舞台なんて……」

「元々、このトーナメントに参加したのは、ボクがルカをバカにされて我慢できなかったからだ」

「………」

「ただ勝ちに行くだけならグロリアさんとボクが出た方がいいのかもしれない。でも、それじゃ意味がないんだ! ボクはあいつらに、ルカだってすごいってことをわからせてやりたいんだよ」

「で、でも……っ」


 自分では無理だ。

 そんな言葉が飛び出るのを察して、ニーナは強く言う。


「魔法がちゃんと使えないからってなんだ! ボクを助けるために命がけで魔物にぶつかっていけるルカが決勝では戦えないなんて言わせない! もう色んなことから逃げないでくれよ、ルカぁ!」


 強い口調でそう言ったニーナの瞳は潤んでいた。


「バカにされっぱなしのルカなんかもう見たくない! お願いだよ、勇気を出して……」

「……………ニーナちゃん、ずるいよ」


 ニーナの言葉を断ち切ったのはルカだった。


「私の意思を確かめずに決勝に出ろだなんて、それが私のためだなんて、ずるいよ……っ! これじゃ全部、ニーナちゃんのわがままだよっ」

「ルカっ」

「バカにされっぱなしの私なんか見たくない? それって、ニーナちゃんが一番私のことバカにしてるよ! もう、知らないっ!!」


 ルカは感情を爆発させたかのように捲し立てる。

 その勢いにニーナもニコラも息を呑み、困惑していた。

 彼らの前でルカが声を荒げるのが、どれだけ珍しいことなのかが分かる。

 ニーナが言い過ぎたと失言を詫びようとしたが、ルカは取り合うこともしない。


「今のでニーナちゃんの顔、もう見たくなくなったよ――!」


 ぼろぼろと大粒の涙をこぼしたルカは、走って待機所のテントを抜け出してしまう。

 ニーナは「ルカ!」と叫んで追いかけようとしたが、ニコラに止められる。


「バカ! お前が行ってどうするっ、……パーティーのリーダーとしての建前に、本音が隠せてねぇんだよ。あんだけ捲し立ててたら誰だってムキになるだろ」


 言われたニーナは誰が見てもわかるほど「しゅん。」となった。


「あうううボクが悪いよねぇぇ言い過ぎだったもん! それに顔見たくないって言われちゃった……あんなこと言われたの初めてだよぉおうわあああどうしよおおおお」

「お前がメンタル崩壊してどうすんだよ……まあ、ルカも冷静なやつだ。時間まで放ってやろうぜ。出る出ないの最終的な決断もそのとき出せるだろ」


 ニコラは溜め息つき、グロリアを振り返る。


「悪かったな、幼馴染み同士のケンカなんか見せて……」

「……いえ、私こそ。年長者にも関わらず、大してお役に立てず申し訳ありません」


 仲間割れの仲裁なんて、したことがない。

 ロバートたちとは短くない年月を一緒に過ごしたのに、そんなことはひとつも経験しなかった。

 寂しげな気持ちに襲われて、グロリアはうつむくと、そこにあるはずの姿がない。

 ザカリアスが消えた。

 またふらふらとどこかへ遊びに行ったのかと思っていると、ニーナの声が言った。


「そういえば、マオちゃんがすごい勢いで走ってったね……まさか、ルカが泣いて飛び出したから、心配してくれたのかなぁ?」

「猫がそんなことするわけねーだろ……」

 (なぜ魔王がルカさんに? まさか『力がほしいか……』的な……)


 グロリアは考えたが、答えは出なかった。

 だが、ザカリアスはどこか弱い者に同情的な視線を持っていることも知っている。猫の身ながらに慰めてやろうと思ったのか。ときに人よりも猫の方が孤独を癒やせることもあるかもしれないが、果たして今の彼女にふさわしいのは同情なのか――、そんなことも頭の隅にあった。


(“私”が考えて仕方のないこと……ですね)




 皆と離れた別の待機所のテントの中で、ルカは独り泣いていた。

 誰もいないのかと思って勝手に入って泣いていたら、セクシーな女盗賊たちがやってきて、「女には泣きたいときがあるものよね」と言い残し去っていったのだ。

 綺麗で格好良い女の人たちだった。

 自信に溢れてて、堂々としてて、――とても、ルカにはなれそうもない人たち。

 ずっと、涙は止まらなかった。


 決勝に上がったのはすごいことだ。蒼穹の燕ブルー・スワロー最大の快挙といってもいい。だが、その決勝まで積み重ねた努力が自分のせいで水泡に帰すことが分かっていて、ニーナはあんな申し出をしたのだろうか?

 ちょっと調合ができるだけの、ろくな魔法が使えない落ちこぼれ魔導士なんて、決勝の大舞台にふさわしくない。

 ふさわしいのは、もっと………。

 強く、美しい、華麗な魔法の使い手。

 グロリアみたいな人のことだ。

 つらい。

 つらい。

 ……すごく、つらい。

 声を殺して、唇を嚙み締める。

 ニーナに酷いことを言ったのも、全部自分の弱さかと思うと、涙はいつまでも溢れた。

 りる、と鈴の音がする。

 顔を上げると、一匹の猫。


「マオちゃん……」


 マオちゃんは膝を抱えるルカの元まで来ると、じいっと大きな瞳で見上げてきた。

 愛くるしい表情を見ていると、少しだけ胸の痛みが和らぎ、涙が止まった。

 ずっと泣いていても仕方ない。頑張って、作り笑いを浮かべてみる。


「ふふ……どうしたの、マオちゃん、慰めに来てくれたの? 優しいね……」


 頭を撫でようと手を伸ばす。

 その手は、たしっ、とピンクの肉球の手によって弾かれた。


「我に触るニャ、弱虫めが」


 そして、声。

 ルカは、目を見開く。

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