VSセクシータイフーン


 立ちはだかる相手の姿に、ニコラは言葉を失った。


「Aブロック三回戦、出場者は――盗賊シーフのイリーナ!」


 相手は、胸の谷間やヒップのラインを惜しげもなく晒した、とんでもなく薄着の美女盗賊だった。辛うじて盗賊らしく黒を基調としているも、ところどころにあしらわれたファーやベルトがアクセントになって、余計艶めかしい。


「うひょ~! ほぼ水着だァ!!」

「来てよかったぜ……!」

「あの兄ちゃんが羨ましいな~チクショ~!」


 ニコラは絶句しているが、客席の男性陣は盛り上がっている。

 下品な野次と笑い声が飛び交う中、美女は涼しげに笑った。


「よろしくね、ボウヤ」


 どういう意味で「よろしく」なんだろう……。

 片目が隠れがちの髪型がどことなくミステリアスな印象なのもあって、余計に意味深に聞こえる。

 戸惑っているうちに、試合開始。

 イリーナはどこからともなくナイフを引き抜くと、ニコラに向かっていく。

 接近戦に持ち込む気だ。

 この場合、弓矢では不利だろう。

 イリーナの放つナイフの一閃を辛うじて避けながら、反撃体勢をとろうとする。

 だが……。


「…………」


 ニコラは気付いてしまった。

 イリーナが自分に襲いかかり、激しく動くたび、揺れるのだ。

 豊満なバストに、見事なヒップのラインが、ふるんふるんと悩ましく、狂おしく……。


(やりづれえええええええ!!!!!)


 ニコラは内心で絶叫した。

 しかも、普通に避けるだけで手いっぱいだ。

 イリーナは冷静かつ的確な動きと、蠱惑的な肢体が揺れるさまでニコラを翻弄してくる。

 ニコラが逃げ回っている間にも、客席の男たちは口笛と歓声でイリーナのナイスバディを褒め称えた。


「いや~最高の試合だな!」

「あの兄ちゃんがもっと逃げ回ってくれたら最高なんだけどな!」

「ガハハハ!!」


 無責任な観衆に怒りすら覚える。逃げ回っていてはあいつらを喜ばせるだけだ。

 ニコラは自分のナイフを抜きざま、斬りかかる一撃を弾き返した。

 互いにナイフを突きつけ合って、睨み合う。


「動けー!」

「早く逃げろよー!」

「おらおら早くしろー!!」


 舌打ちしたくなるような野次が自分たちを取り囲む。

 苛立つニコラを見て、女盗賊はフフ……と微笑した。


「周りの声が気になって仕方ないのね」

「……ったりまえだ。一番気になるのはアンタの格好だけどな」

「まあ」

「そっ、そういう意味じゃねぇぞ!? そんな薄着の冒険者がいることに驚いてるだけだ!!」


 取り乱しながらニコラは喚く。


「目晦ましのつもりか知らないが、女の武器なんて持ち出ししやがって……!」


 こういう女の武器というものを最大限利用してる相手は、果てしなく分が悪い。

 露出度が高い女性ならニーナもそうだが、彼女とは小さい頃から一緒で、動きやすい格好を好む性分なのも理解している。

 だが、こう都会的な雰囲気の大人の女となると、まったくニコラには免疫がなかった。

 怯えとも怒りともつかない感情で、がるるる、と威嚇を放つニコラ。

 イリーナは、そんなさまをも見て笑っていた。


「ひとつ教えてあげるわ、ボウヤ。私の格好はね、別に“武器”でもなんでもないの」


 「は」とニコラは聞き返した。

 イリーナは顔から笑みを消し去り、至極真面目な顔で、


「これは趣味なのよ。」


 それがだからなんだ――。


 そう怒号したい欲求に駆られつつ、ニコラはナイフを持つ手を震わせる。


「私はね、私のためにこういう格好をしてるのよ。私は自分の身体が一番魅力的に見えるこういう格好が好き。たとえ冒険者をやっていても、そのポリシーは変わらないわ」


 しかし、その先を聞くと少し事情が違ってきた。

 イリーナは誇らしそうに胸に手を当てると、眼を閉じて語り出す。


「変人扱いを受けようが、私は私。私は自分自身を一番愛せる姿で冒険がしたい――それだけなの。まあ、男性方あなたたちがどういう眼でこの姿を見るのかもわかったうえで、だけどね。でも、どう見られようが私には関係のない話だから」


 そう語るイリーナの姿は、ニコラにとって印象的だった。

 さっきまで見ていた女性と、今のイリーナの姿が一致しない。

 ただ、男を喜ばせるためだとか、対戦相手を翻弄するための戦術だとか、そういうものはすべて間違っていたらしい。


(この人の格好は……プライドか)


 そう確信した瞬間、目の前の世界がまるで変わるようだった。

 色気たっぷりの触れづらい美女は、今、ひとりの戦士だ。

 自分の知る仲間たちと、同じように。


 ニコラは片頬を打って気を引き締めた。

 無意識に色眼鏡で見てしまっていたことを恥じるように。


「まあ、あなたたちが勝手に感じ取るもの・・・・・・・・・・・・・・・は、それはそれとして利用させてもらってるけどね。ボウヤも、私の魅力に釘付けかしら?」

「――なってねーよ! 自信すごいなアンタ!!」


 イリーナは笑う。今までになく、闘志を見せる笑み。


「これが――私の自慢の戦闘スタイルだもの」


 そう言うなり、イリーナは再びナイフを閃かせた。

 ニコラが避けると、また品のない歓声があがる。

 だがもうそれはニコラにとって気になるものではなかった。


(俺も、本気出して勝ちにいかねぇとな――!)


 ニコラは腰のポーチに手を突っ込むと、小袋を取り出して、足元に叩きつけた。

 舞い上がる粉塵。ちょうど懐に飛び込んできたイリーナは驚きに目を見開く。


「トレントの内臓をすり潰したモンが入ってる薬品だ! 全身ただれるぜ・・・・・・・!」


 ニコラはフードを深く被って煙の中に消えていく。

 濛々と立ち込める煙の中、イリーナは惜しげもなく晒した・・・・・・・・・自分の肌をとっさに抱き締めるようにして蹲り、むせ返るような激臭に喉をやられて激しく咳を繰り返す。


「捕まえた」


 煌めくナイフの切っ先。

 間もなく煙が晴れ、イリーナは自分の首筋に突きつけられたナイフを見た。


「急所判定――! 勝者、弓使いアーチャーニコラ!」


 どよめきに始まり、やがて歓声が起こる。


「悪い。ただれるなんてもちろん嘘だ」


 ニコラはナイフをしまうと、片腕を差し出した。

 やや放心気味にしていたイリーナは、ふっと安心したような笑みをこぼすと、その腕を受け取る。


「ものすごい臭いだったからうっかり信じちゃったわ」

「ただ洗ってもすぐ肌からは抜けないかもしれないんだが……まあ、それも悪かった」

「いいのよ」


 立ち上がったイリーナはニコラに、晴れやかな笑顔を向けた。


「相手のポリシーを逆手にとった戦い。見事だったわ」


 固い握手。


「いや、俺は仲間の力を借りて勝ったようなもんだし……」

「あなたみたいな子、気に入ったわ。ねえ、よかったらウチのパーティーに来ない? みんな私みたいなポリシーの女の子だらけだけど……」

「誰が行くかぁ!! 俺は今のパーティーを抜けねぇし何より嫁も子どもいるんだ!」

「あら、そうなの?」

 イリーナはひどく意外そうに慌てるニコラを見た。


「アンタ、自分の格好は女の武器じゃないとは言っても、結構人をおちょくったりする方だよな……?」

「あらやだ、そんなことないわ、ウフフ♡」


 まったく信用できない台詞で美女は笑った。

 ニコラは勝ったというのに、大きなため息をつき、ひどくうなだれた。


(俺を見るとイジりたがる人種っているよな……なんでか……)


 ふと脳裏をよぎる、仲間たち、家族の顔。

 今だけは脳内に浮かぶその顔を振り払うように、ニコラはぶんぶんと頭を振った。


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