決勝の舞台②
「我は貴様を慰めに来てやったのでもなんでもない、ただ嘲笑いに来ただけニャ」
そう言って意地悪そうに眼を細める。
その傲岸でふてぶてしい台詞の数々は、確かに目の前の猫から……。
「マオちゃんっっ!!? しゃべっ――」
「喚くニャ。うっとうしい」
ザカリアスは爪を一本、自分の口元に走らせる。
すると、ルカの唇はどうやっても開かなくなった。
「んんーッ!? んー! んんんー!!」
「口塞いでもやかましいやつだニャ。まあいい、弱虫の意気地なしの愚か者である貴様にはふさわしい姿だニャ」
「んんん………!?」
喋る猫。そして、これは魔法?
お口チャックの魔法を猫が使うことに驚きながらも、ルカはずんずんと歩み寄ってくるザカリアスの尊大な姿に目を奪われていた。
「我はニャ………貴様みたいなわがままの甘ったれの泣き虫がだーーーーーーいきらっいなのニャ!!」
ザカリアスは憎々しげにそう告げた。
「お前みたいな弱虫のヘタレは理屈捏ねて立ち向かうものにも立ち向かわず自分の殻に閉じこもって成長も何もなくただでさえ乏しい自分の才能を伸ばす機会さえ掴み取らにゃいっ!! あー嫌!! 我の黒歴史そのものだニャーーーー!!」
そう叫んでジタバタ暴れ出す黒猫。
ルカは呆然としながらザカリアスの言い分を聞いた。
大嫌い? 黒歴史? なんのこと??
何を言われているのかさっぱりわからなかったが、ザカリアスはさらに叫ぶ。
「忌々しいことにっ……かつての我と今のお前の相似点は山ほどある! ありすぎて嫌になる……!! 魔法がろくに使えなくて魔族幼稚園で毎日からかわれるから登園拒否してた頃なんて誰も思い出したくないに決まってるニャ……!! だが、お前を見ていると無性~~に古傷が疼くニャ! どうしてくれるのニャーーー!」
ルカは、なんとなく理解した。
つまりこの子は、ルカと昔の自分がそっくりで嫌だ……と。
シャーッ!とかフーッ!とかさんざん威嚇の音を出した後、ザカリアスは言った。
「お前にひとつだけ教えてやるニャ。魔法の真髄は――”イメージ”だニャ」
イメージ。
無意識に心の中でルカは繰り返した。
おばあちゃんが言ってたこととおんなじだ……。
「お前の考えてることは手に取るように分かるニャ。どうせ自分には無理、どうやったって理想の自分にはなれにゃい、力んだって仲間の期待に応えられにゃい、……そんなところニャ」
ずきん。
胸が痛む。
子供の頃から、ルカには得意なものがなかった。
運動は苦手で村の男の子たちにはからかわれていたし、村の女の子たちが将来のために学ぶ刺繍や裁縫、料理といったものにはあまり興味が持てず、周囲で浮いていた。
完全に孤立せずに済んだのは、猟師の息子ニコラと、同じ教会で育った孤児のニーナがいてくれたから。
大人になった皆と一緒にいるためには、彼らと同じ冒険者になってルカも何かの役に立たなくてはならなかった。
腕力も体力もない自分に近接の職種はダメ。
僧侶は適性検査の時点で落ちて、それでも魔導士ならばとしがみついたが――、どれだけ修行しても自分にできるのはほんの小さな火を起こすことぐらいで――、どれほど笑われても――、いつか魔法は使えると親友たちは信じてくれたけど――、
そんな望みは、どこにある?
そんな“声”がいつからか聞こえるようになった。
ルカの心の足取りを重くさせ、諦めの海に沈み込ませようとする、誘いの”声”だ。
「――頭に思い浮かんだものに呑まれるニャ。魔法は心で思い描くもの」
ザカリアスは静かにそう言った。
「お前を諦めさせようとするすべてのものを、ねじ伏せろ。
それを上回るイメージで覆せ。無限の心の創造こそが魔法。
お前が思い描いたものすべてが真実になると信じ込んで、ただ振る舞うのニャ」
ルカは、その言葉の持つ力に呑まれていた。
彼が放つ言葉すべてがルカの中で躍り出し、激しく渦を巻く。
「難しくはにゃい、お前が魔法を使って叶えたい望みを思い浮かべろ。それがすべての答えにつながるのニャ」
それが、まほう?
心の中の問いかけに、黒い猫は答えない。
だが、ルカの中には小さな灯火が灯った。
可能性の、小さな、小さな灯火。
猫はしばらくルカと見つめ合っていたが、やがて言いたいことは全部言ったというように走り出し、テントを飛び出した。
「っ待って! まだ――」
聞きたいこと、あるのに。
ルカは焦燥に駆られて追いかけようとしたが、テントの外を覗いた途端、豊かな胸元が目の前に飛び込んでくる。
「わぷ。」
「あら、もう大丈夫?」
「決勝そろそろだってお友達が探してたわよ?」
ルカは胸に激突したことを謝って、自分のテントに戻った。
「ルカー! 探したよぅー!」
「むぷぷ……!」
と思ったら今度は別の胸が突進してきた。
ルカを力強く抱き留めたニーナは、ルカにはない豊かな胸元で迎えてくる。
「さっきはごめんね……! 気持ちがこもりすぎて暴走しちゃったみたい、ルカの気持ちを考えずに、ほんとにごめん……っ!」
「もう、いいんだよ、ニーナちゃん」
私こそ言い過ぎてごめんね、と真摯に詫びて、ルカは言った。
「私、決勝に出るよ。ニーナちゃん」
その宣言を聞いたグロリア以外の仲間が驚く。
「おい、大丈夫なのか? 無理……して言ってるみたいじゃないな」
ニコラの言う通り、ルカは無理をして言っているわけではない。
涙の痕が残った顔は静かで、確かな意思を感じさせた。
試合の大舞台に気後れした様子がひとつもないことに、ルカをよく知る者たちは驚きを深める。
「私ね、今なら魔法が使えそうな気がするの」
不思議と、そう思ったのだ。
その発言にニーナやニコラは目を丸くして。
笑った。
「さっすがルカ! ルカならいつかそんな日がくるって信じてたよ!!」
「お前がそんなふうに言い切るなら、ただの思い込みじゃねぇよな。ま、応援しててやるから……全力でやってこい!!」
小さい頃から一緒の二人はそう言ってルカの頭をくしゃりと撫でたり、ぎゅっと抱き締めたりした。
二人にもみくちゃにされるルカのところに、グロリアは歩み寄る。
「決勝の舞台が待ってます。――ルカさん」
そう言って差し出された手を、ルカは受け取る。
皆が繋いでくれた、この決勝の大舞台というチャンス。
それが見えていて手を伸ばさないなんて――本当のバカだ。
「よろしくお願いします、グロリアさん!」
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