はじめての冒険④
夕暮れどき。
「いやぁ~、楽しかったね、今日のクエスト!」
揺れる荷馬車の中。
本当にクエストを完了した一行は、王都に帰還しつつあった。
「たくさん踊って食べてたもんね、ニーナちゃん」
「喜ぶのはそのクエストが完了できたことだろ。ゴブリンがもう畑を襲わないならってリーヴさんが承知してくれなかったら今頃どうなってたか」
書類をひらひらと宙に舞わせるニコラ。そこにはクエストの完了を依頼主が認めるサインがある。
「それもこれも、グロリアさんのおかげだよ!」
ニーナはそう言うなり、がばっとグロリアに向き直る。
「そうだよね……! あの
「ほんと、グロリアさん様々だよ~」
一気に持ち上げられて、少し気まずいグロリア。
「皆さんの協力あってこそですから……」
「いや、それでもさ~、やっぱり機転がすごいよ、機転がさ! それも普段お屋敷で色んなトラブルに対応してきたから培われたアドリブ力っていうの? なんか、そういうの尊敬しちゃうな、ボク!」
「グロリアさんのお鍋のスープ、私も食べたけど、とっても美味しかったなあ」
二人は口々にグロリアを褒めそやす。
少し参ったな、と思いつつ、グロリアは話題を転換する。
「私としては、最初大反対だったのに、ノリノリでスリングを作ってあげてたニコラさんにびっくりですが」
「あ、アンタなあ……っ!」
ニコラは不意打ちだったかのように顔を赤く染めた。
「あっはは、ニコ坊はただのいじっぱりだからね~。これで結婚して小さい子もいるから実は超面倒見いいんだよ!」
「え、そうなんですか」
「う、るせぇなぁ……! 別にいいだろ、俺が結婚して子持ちかどうかなんて……」
本当らしい。
グロリアは眼を丸くして、赤くなって不機嫌そうに黙るニコラを見た。
「食わせなきゃならない家族がいるんだから、必死になるのは当たり前だろ!
大体こいつがどんなクエストでもふざけた行動を取るせいで……」
「聞き捨てならないなあー、リーダーの方針にケチつける気?」
「おい、パワハラじゃねーか!」
ぎゃーぎゃー。
見たことのある掛け合いを始めて、ニコラとニーナは延々とじゃれ合う。
ケンカとも言えないやりとりを見て、グロリアは不思議に思った。
冒険者パーティーとは、かくも賑やかで和気藹々としているのか……。
彼らと最初に会ったときから薄々感じていた疑問だった。
(ロバートたちとは、随分雰囲気が違う……)
最後の彼らとの記憶にある、ギスギスとした空気を思い出す。
もともと幼馴染み同士の仲の良さもあるだろうけれど、そこに自分が加わってしまうことで、かつての仲間のように彼らが変わってしまう日がくるのかもしれない。
グロリアは、今日のように、いつも自分ができることをやっているだけなのだが――。
グロリアはニーナたちを見つめる表情に少し、寂しげなものを含ませた。
夕陽の落ちる王都に、馬車は近づきつつある。
「ただいま帰りました、お嬢様」
「おかえりなさいませ、グロリア!」
メイドの帰りをお嬢様が出迎える。
書類を持ってギルドに寄っていったらもう夜で、フィリアナはもう寝ていてもおかしくない時間帯だ。
昼間と変わらない姿で帰りを迎えてくれたフィリアナに、グロリアは微笑む。
「お仕事はどうでしたのっ?」
「上手くいきました。一緒に行動して下さるようになったパーティーの方々がとても親切で……」
グロリアはそう言って荷物を下ろす。中からザカリアスがひょいっと飛び出してきた。
「まあっ、マオちゃん、朝から見ませんと思いましたら……」
フィリアナは呆れるが、ザカリアスは「みゃ~ご」と、飄々と鳴くばかり。
「お夕飯、できてますのよ! ……ちょっと、見た目はよくないですけれど……」
フィリアナはそう言って、暖めた鍋の中から何かをよそい、フィリアナの前に出した。
不揃いの具材がごろごろと盛りだくさんの、シチューだ。
ちょっと見た目はおどろおどろしいそれを、グロリアはさじですくって、ぱくり、と一口。
「……………」
味は美味いともまずいとも言えない、微妙なラインだった。
「あ、あんまり美味しくないのはわかってますの……グロリアの負担を減らせたらって、私、ちょっとは頑張ってみたのですけれど……」
このざまだ、とでも言いたげに目線をやる。
グロリアは一度目を咀嚼し終えると、再びもう一口。
フィリアナは驚いた。
「グロリアっ!?」
「しっかり、全部、味わわせて頂きます。お嬢様のお心遣いを、メイドが無下にするわけにはいきませんから」
本心からそう言うと、グロリアはもくもくと咀嚼を続けた。
フィリアナは複雑そうだが、表情には喜びを隠せていない。
「おっ、おかわりもありますけれど、そっちは大丈夫ですの!」
「いえ、頂きます。残っている分、全部。」
「えええっ!?」
フィリアナは若干悲鳴に近い驚きを洩らす。
すさまじいペースで食事を平らげるグロリア。
お嬢様の努力を、全部認めてあげるように。
「グロリアがあんなに食いしんぼだなんて知りませんでしたわ」
一緒に空いた食器と鍋を片付けながら、フィリアナは言う。
「まだまだ胃袋に余裕はありますよ」
「ふふっ、嘘ばっかり」
鍋いっぱいにたぷたぷのシチューが残っていたのだ。事実、少しばかりお腹が苦しいグロリアは、図星をつかれたと言わんばかりに彼女と笑う。
「借金を返す日々がどんなものかと思っていましたけれど……
きっと大丈夫ですわ。だって、私はグロリアと一緒なんですもの」
笑い合う中、ふと彼女がこぼした一言。
それを聞いて、グロリアは胸がじんわりと熱くなる。
――そう思っているのは、こっちの方ですよ。
こみ上げる愛しさを嚙み締めながら、グロリアはただ微笑む。
この世界で一番、大事な人に向かって。
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