はじめての冒険③
檻の鍵を外すと、ゴブリンたちは信じられないような素振りをしながらグロリアたちの方を見た。
そこにザカリアスが鼻先を伸ばして、外へ誘うように鳴き始める。
話の通じるザカリアスがそうすることで安心したのか、ゴブリンたちはゆっくりと荷馬車を降りた。
「ゴ、ゴブ……!」
ゴブリンたちは、グロリアたちを何度も振り返りながら森の方を目指す。
ついてこいと言っているかのようだ。
一緒に森へと走る。
ゴブリンの兄弟たちは器用に森を掻き分け、やがてある一本の大樹の元に向かった。
大樹の洞は石で封じられていたが、ゴブリンたちがそれを退かす。
そこには獣の皮の上に横たわる、一匹の成熟したゴブリンがいた。
「ゴブ……?」
「ゴブーっ!」
ゴブリン兄弟たちは一匹のゴブリンのもとに集まっていく。
これが聞くところの母ゴブリンらしい。兄弟たちは涙を眼に溜めながら母親との再会を喜んでいた。
「やっぱり、親がいたんだね……」
「寝てるってことは、病気……なのかな?」
ザカリアスは寝床に近づいた。兄弟たちは彼に道を空ける。
「ゴブ……ゴブゴブ」
「ゴブっ!? ゴブ……! ゴブブ……!」
小声で母ゴブリンと話すザカリアス。
そして、ふんふん、と母ゴブリンの身体の匂いを確かめるようにして、洞から出てきた。
(母ゴブは長いこと子らに食べ物を与え続けて、自分は栄養不足で倒れたようニャ)
(ということは……)
(他に変な病気もない、食料を与えれば落ち着くはずニャ)
ザカリアスからそう告げられて、グロリアは考える。
(じゃあ食料集め……ですね)
(うニャ!)
グロリアはザカリアスと顔を見合わせ頷くと、ニーナたちへ振り返った。
「親ゴブリンは体力が衰えて弱っているみたいです。何かこの森で食料を集めてあげませんか?」
「食料か……」
「あっ、食料のありそうな場所を教えたり、取り方を教えてあげれば一石二鳥じゃない!?」
ニーナはピンときたように提案する。
そこに、うんうん、と頷くルカとグロリア。
「そしたら山育ち猟師の息子のニコ坊、大活躍だねっ!」
「おい、人任せかよ! ……まあこのへんの地形は地元に似てるし、生えてる植物や動物も大体はわかるけどな」
「私、キノコとか集めるね……っ!」
やる気十分。
そこにニーナが号令をかける。
「それじゃ、森で食料集めだ! 全員、かかれーっ!」
数時間後。
グロリアはバッグパックから簡易な調理器具セットを取り出すと、ニコラに熾してもらったたき火の上に鍋をかけた。
キノコ、山菜、川魚、鳥の卵……。
様々な山の具材を煮込んだ鍋に火をかけ、グツグツと煮込んでいく。
その様子をゴブリン兄弟たちは不思議そうに眺めている。
やがて火を止めると、木のボウルにスープをよそって、ゴブリンの兄弟の一人に手渡してやる。
子ゴブリンはボウルを抱えながら、慎重に木の洞の中で横になる母親のもとへ。
ボウルを受け取った母親は、温かいスープをなんとかひと口啜ってみる。
「ゴブ……!」
疲れ果てていた瞳に灯りがついたかと思うと、母ゴブリンはスープを掻き込み、あっという間に空にしてしまう。
「ゴブ~!」
「どうやらおかわりみたいですね」
グロリアはそう言って、新しいボウルにスープをよそう。
「たくさんありますよ。食べて下さい」
差し出されたスープに、兄弟たちは歓声をあげる。
その光景を微笑ましそうにニーナたちは見つめた。
「いやぁ~苦労した甲斐があったね! 昔、修行で魚捕りをやっててよかったな~!」
「私も、食べられるキノコを教えてあげられたし」
「まさか狩猟道具まで作らされるとは思ってもなかったけどな――」
ニーナたちは言葉も通じないゴブリンたちと体当たりで交流し、食料集めに奔走した。
ニーナは素手で魚捕り。ルカはキノコと山菜集め。ニコラは子ゴブリンたちに小動物の狩猟の仕方を教え、皆で協力した結果、スープの具材になるものをどっさりと獲得した。
作ってもらった小さなスリングを誇らしそうに掲げ、踊り出す兄弟ゴブリンたちの無垢な姿を見ると、苦労も無駄ではなかったと思う。
やがて、ゴブリン兄弟たちが嬉しそうに喜びのダンスを始めて、それを見たニーナは見よう見まねのステップを刻み、場は軽くお祭り騒ぎになった。騒ぎを見て、寝床にいた母ゴブリンも身を起こし、ダンスに加わる。
ゴブリン家族に混じってダンスをするニーナを見て、ルカは笑い、ニコラは呆れた。
それをグロリアも見つめていた。
(よかったニャアアア……母ゴブが元気になって……!)
おいおいとすすり泣くような声でザカリアスは呟く。
本気で感動しているらしい。
グロリアはそれが不思議で、ザカリアスの小さな後ろ姿を見た。
かつて人間を滅ぼし、世界を本気で制服しようとしていた魔王。
それがこんな小さな幸せを喜び、尊ぶ姿を見て、グロリアは彼も百年前の印象とずいぶんと違うなと思った。
(……まあ、いいか)
変わっているのはお互い様だろう。
そう思っておかわりのスープをよそおうとしたそのとき。
「ブギィイイイイーーーーッ!!!」
激しい声で鳴きながら、木陰の茂みを揺らして現れたのは、巨大な獣。
「く、クレイジーボアだッ!!」
赤い目を光らせ、大きく発達した牙と角を誇示する、イノシシの魔獣――。
パーティーに耽るニーナたちはその登場に凍りついた。
どうやら鍋の匂いにつられて来たらしい。牙と牙の間から涎を溢れさせながら、スープの方をギラギラした目で凝視している。
餌の周りにいる連中は咬み殺すか、突き飛ばすことしか考えていないに違いない。
元気になったゴブリンの母は子供たちを集めて庇う。
巨大な姿に臆しながらも、ニーナたちは親子に近づけまいと武器を構えた。
その横で、グロリアは走った。
右の腰ベルトから魔剣、
とんでもない絶叫をあげて、魔獣は頭を振りかぶった。グロリアはその勢いを利用してイノシシから飛び立つと、軽業師のように着地。
普通のイノシシならこれで致命傷だが、魔物は違う。
自分の血を浴びて、赤い目を猟奇的に光らせる魔獣は、完全に
その速度はすさまじい。
だが冷静に魔獣の動きを目で捉えていたグロリアは、魔剣に左手で魔力を注入し、それを振り上げた。
短剣だった魔剣が、真っ赤な炎の刀身を纏って、熱く輝いている。
「魔法剣、
突撃してきた魔獣は正面から炎の斬撃を受け、頭部から身体全体に延焼していく。
周囲にいい匂いを振りまきながら、魔獣はどう、と倒れ伏す。
火が収まったとき、それは完全にこんがりと焼き上がったディナーの一品になっていた。
皆が唖然とする中、グロリアは短剣で腹の肉を削ぎ、まずは味見。
「もぐ、もぐ……うん、良い火加減です。皆さんも是非よかったら」
しかし、グロリアは気付いた。
皆が自分を異様な目で見つめていることに。
ごくん、とイノシシ肉を飲み下した後、気まずい沈黙が流れた。
まずい……もしかして、強すぎてまた化け物扱いだろうか?
そんなことを考えてグロリアが内心困っていると、ニーナが絞り出すように、
「っ………げぇ~~! すげぇ!! グロリアさん強すぎるよぉ!!」
と、喜びを絶叫。
あれ? と思っていると、走ってきたニーナに肩を掴まれ、キラキラと輝く目を向けられる。
「クレイジーボアみたいな巨大なモンスターを簡単にやっつけちゃうなんてっ、どういう修行したらそんな強くなれるの!? ボクとっても興味があるなぁ!!」
「あっ、あのっ、さっきの魔法見たことなくてっ、どうやったらあんな魔法を習得できるんですかっ」
ルカまで参戦してきて、グロリアを質問攻めにする。
グロリアは考えた末に、一言。
「これもまた、メイドパワーです。メイドの力はまさに宇宙のごとく、計り知れないのです」
「っくぅ~! やっぱメイドパワーってすげぇー!!」
「私も、メイドになろうかな……」
「メイドって、もはや一体何なんだ……」
ぼそり、ニコラが呟いた一言は誰にも届かない。
「メイドパワー! メイドパワー!」とコールするニーナの声が、静かになった森にいつまでも響いた。
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