知らなくていいこと
ペットという形でドレミー家に潜り込んでから、数日。
ザカリアスは暇を盗んでは屋敷の仕事に勤しむグロリアにちょっかいをかけていた。
「にゃ~、勇者。本当に地位も名誉も要らんのかニャ?」
グロリアはキッチンで夕食の仕込みをしながら、軽いため息をつく。
「勇者、勇者言うのやめてください。私は勇者じゃありませんから」
百年経った世間では、勇者ロバートとかいうザカリアスには聞き馴染みのない名前が英雄としてまかり通っていて、勇者グロリアの話などまったく聞かない。
一体、自分が倒された後、何が起こったというのか?
ザカリアスの目下の疑問がそれだった。
それを何度か問い詰めてみたところ、グロリアは観念したように、
「世に言うところの勇者ロバートは……私の仲間だった人間です。商人の息子でした」
「ほう、お前に仲間なんかいたのかニャ」
「私は勇者失格と呼ばれて、追放されました。それでロバートが勇者になったんです」
「にゃにいーーーーっ!!!??」
戸棚の上に座っていたザカリアスは盛大にすっ転び、受け身も何もなくキッチンの石の床にべちゃりと落ちる。グロリアはそれを横目でそっけなく見るだけ。
「あなたも猫らしくないですね」
「我は魔王ニャ! そして、お前は勇者ニャ! その事実をあっけなく他人に渡すとはどーいう了見だニャ!? というか勇者失格って!? 色々おかしな点だらけだニャ!」
ザカリアスはふらつきながら頭上のグロリアを問い詰める。
グロリアはもののついでなので、当時の話をしてやった。
グロリアが魔術、剣術ともに才能を発揮しすぎたため、仲間を頼るということをしなかったこと。
結局、ひとりで魔王も倒してしまったことで彼らのプライドが限界を迎え、弾劾裁判のようなことが起きたこと。
全部聞いたザカリアスは混乱しきっていた。
「了承するお前もどうかしてるし、その仲間たちの方もちょっと問題あるニャ……!」
「そうですか?」
「そうニャ! 大体、いくら詰め寄られたからって本当に手放すのが一番どうかしてるニャ! どうしてそこであいつらに対して粘ったりしにゃかったんだニャ!?」
「どうって……面倒、くさかったから?」
ちゅどーん。
ザカリアスはジャガイモの箱に滑るように突っ込んで、ものすごい音を立てて衝突した。
「ちょっと、キッチン荒らさないでください」
「お前こそどういうつもりだニャアアア!! 我を倒した栄誉を易々と他人に譲って、その魂胆は面倒くさかったからだと!!? 解せるかあああ!! どうしてくれる我のデリケートな気持ち!!」
ジャガイモの中から這い出してきたザカリアス。グロリアはいよいよ呆れて言った。
「自分が倒されたことにどうしてそうこだわるんですか?」
「我は魔族最強ゆえに魔族の頂点、魔王ニャ! その最強の竜を敗北させたということは、それはそれはもう大変な功績なのニャ! その事実をあっけなく歪めるとは我の魔王心がわかってにゃい! ぜーんぜんっ、わかってにゃい!」
「いくら栄誉、と言われても……」
面倒くさいのは本音だった。
勇者の名前にしがみつくのも、彼らと言い争いになるのも、グロリアにとっては面倒くさくて、厄介なことだったのだ。
どうやらその点の人間心は、ザカリアスには理解してもらえないらしい。
「全然理解できーーーんッ!!」
ザカリアスは子供のように喚き散らし、しょぼんとする。
魔族をも凌ぐ膨大な魔力量、圧倒的な剣術の才能。人間の世界に降りた奇跡はまるで女神の申し子とさえ呼ばれ、たったひとりで魔王軍をおびやかした、それが百年前の“勇者”だ。
かつてはそんな勇者を、初めて自分と対等な宿敵だと心の中で認めていた魔王ザカリアスは、あんまりな言いようのグロリアにひそかに胸を痛めていた。
「ん? お前、今パンを切ってるのは」
「え? 妖精王から頂いた魔剣、
ザカリアスはキッチン中に吹っ飛んだ。
「ちょっと、いい加減に――」
「お前がいい加減にするにゃああああ!! 我を倒す最終決戦に登場した武器しかも魔剣でパンをサンドイッチ用に切らせるにゃああああ!!」
「そうは言っても……このギザギザがついた刃の形、パン切り包丁にそっくりでしょう。おまけにこれで切ると断面もキレイですし、なによりフワッとした触感が残ってすごくちょうどいいんですよ。あと、対になってる聖剣、
満身創痍のザカリアスの脳裏にふと、ニコニコ笑顔でサンドイッチを頬張るフィリアナお嬢が浮かんだ。
……最終決戦武器で作られたサンドイッチを食うお嬢、つよい。
ザカリアスは言い知れない戦慄を覚えつつも、台所の包丁と並べられる魔剣、聖剣のセットに憐れみを抱いた。
(……我の身体、おもっきし貫いたやつなのにニャ……)
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