第34話 殿方
「申し上げにくいのですが……、帝妃様は……帝国を裏切ったのではないかと……いう噂が、飛び交っております」
ガビーン。そこまで言われてるか……。
「帝妃様が雷を作戦とは違う場所へ落としていたと……」
やはりそうか。それは昨日の作戦中も報告があった。
「あと、帝妃様がターク族の獣人の即死刑を止めたことが、皆の猜疑心を煽っています。しかも、牢屋を二度も訪れていますし……」
うわ、そっちもか。まぁ、よくよく考えたらそうなってしまうだろう。
「それについては私も思います。なぜ、帝妃様はあのような者に情けをかけるのですか?」
「うーん……、なんでだろうね?」
説明しにくいことを聞いてくれるね、お嬢さん。
「帝妃様は、理由もなく、穢れた存在を救おうというのですか?」
「穢れた、って……」
やはりこの子も、しょせんは帝国人か。
「でも……、同じ人間だよ?」
「人間ではありません。獣人です」
「でも、言葉を喋るし、意思の疎通もできる」
「人はあんな毛むくじゃらではありません」
毛か。その理論で言うと、山田孝之とか浅野忠信とかは半獣人ということになってしまう。イケメンなのに。
「うーん、そうだなぁ……」
どう言ったらいいかなぁ……。
「……あのさぁ、ロージは実家が農家だったよね?」
「はい」
「畑に猪……じゃなくてこっちでは龍か……、そう、龍が来て、作物を荒らすこともあるだろう?」
「はい」
「そしたら、どうする?」
「罠を仕掛けてあるので、捕まえます」
「捕まえるよね? 捕まえた後はさ、逃がすだろ?」
「いえ、殺します」
「……あ、そうなんだ」
「殺して、食べます」
食べちゃうか。
「うん……、そうか、わかった」
「なぜ、帝妃様はあの獣人を庇うのです?」
「むやみに殺生するのが嫌なんだよ」
割と強い口調になってしまった。自分でもどうしてそんな言い方になったかわからない。反射的に、そうなってしまった。だからか、ロージは少しひるんだ。というより、少し怯えた表情を見せた。あぁ、やばいやばい。
「あ、いや……、だから、まぁ、なんて言うかな……。特に確固たる思想があるわけじゃないんだ」
「雷を作戦とは違う場所へ落としたのも……、そういうことなのでしょうか?」
「うーん……、多分そうだと思う」
「そうですか……。お優しいのですね」
この「お優しい」に込められた意味を俺は図りかね、結局わからなかった。あーあ、せっかくロージだけは俺の味方になってくれるかもしれないと思ったのに、俺の敵方に回っちゃうかなぁ。
「帝妃様が裏切り者呼ばわれされている理由は、それだけではありません」
だけど、ロージは尚も進言してくれた。
「帝妃様のこちらの世界での御記憶がお戻りになられていないことも、疑念の一つとなっているようなのです。つまり、本当は御記憶はお戻りになられているのに、戻っていない振りをしているのではないか、と」
「はぁ? 何ソレ? 仮に俺がそうだとして、なんでそんなことする必要があるの?」
あ、「俺」って言っちゃった。あんまりにも腑に落ちなかったから……。まぁ、いいや今更。
「隠界で獣人側と何らかの取り引きをして、寝返ったのではないか……、というのです……が……」
「なんだよそれよー、知らねーよそんなのよー。マジで言ってんの? それ?」
「あ! は、はい……、多くの者がそのように……申して……」
「うわー、クッソうぜえ! 人の気も知らねぇでよー、よくそんな適当なこと吹いてられるよなー。こっちゃ困ってるっつーんだよ、記憶戻んなくてよー」
そんなこと言われてるのか俺は……。憶測だけで裏切り者呼ばわりされてはたまったものではない。
確かに、獣人殲滅作戦の件については、裏切り者と言われても、まぁ受け入れることができる。しかし、優紀の獣人を助けたのは裏切りなんかじゃない。
「でも、大勢の犠牲者も出ておりますし……」
それを言われるとグゥの音も出ない。意図するところは違ったが、被害を相当数出してしまったのは事実だ。それは、確かに裏切り者かもしれない。
結局、そのことが何より大きいのかもしれない。当初の予定通り、兵士が山に留まったままで、犠牲が出なかったら……、と正直思う。
でも、そんなことを思っても何になるのか……。失った犠牲は戻らない。今も、救助部隊が水に流された兵士を助けに行っているが、帰還したのは、自力で帰ってきた者も含めて、現状では二割程度にしかなっていないという。
「そのことで、カテナさんも……」
「……」
カテナには完全に背を向けられてしまった。
カテナの息子は兵士だ。流されて戻ってこない兵士の中にはカテナの息子も含まれているという。恨むな、と言う方が無理というものだ。むしろ、息子の仇とも言える俺にかしずかなくてはいけない気持ちは如何ばかりか。
俺はやはり何もしない方が良かったのだろうか?
でも、獣人たちに雷を落とすことはやりたくなかった。その点は、今でもやっぱり間違ったことはしていないと思う。でも、そのせいで、何人もの兵士を犠牲にしてしまった。
俺は何をすれば良かったのだろう?
「あの、帝妃様……」
「ん?」
気づくと、俺は額を両手で覆い、ソファに深く沈んでいた。結構長い間そうしていたかもしれない。ロージの声で我に返った。
「私は、帝妃様の御記憶は、本当にまだ戻っていない、と思っております」
「え?」
何か取りつくろうというか、雰囲気を変えるように、ロージが言った。
「どうして?」
「だって、隠界に行く前の帝妃様は、そのような、なんというか、男の子のような物言いはなされませんでしたから」
「あー……」
なるほどね。
「ごめん、なんか……。興奮しちゃって……。普段は気を付けてるんだけどね、つい……」
するとロージは吹きだした。
「いいえ。私は気を付けなくてもいいと思っております」
「え?」
「だって、私は今の帝妃様の方が好きだから……。なんというか、弟たちを見ているようで……、あ! 申し訳ございません……」
「いいんだよ。ロージは今、幾つだっけ?」
「今年で二十歳でございます」
「じゃあ、私の中の人……、つまり、俺よりも年上だから、弟、ってのは合ってると思う」
「そうなのですか……! 失礼ですが、隠界での帝妃様はおいくつでいらっしゃられるのでしょうか……?」
「高三……、つーか、十八。男だったんだ」
「まぁ! そんなにお若く……。しかも殿方でいらっしゃられたのですね」
「うん」
そういや、向こうでの性別は言ってなかったな。まぁ、大体わかってたと思うけど。
「あの……、帝妃様、」
「ん?」
「帝妃様は、隠界ではどのような、その……、殿方だったのでございますか?」
「殿方ってほど大したもんじゃ全然……、うん、まぁ、ホントに冴えない奴だったよ。こっちの俺とは全然違う、真逆だったな、普通の……、いや普通以下だったな……。そんな感じ」
「そうだったのですね……」
ロージも、なんと返していいのやら、という感じだ。まぁ、実際冴えなかったんだからしょうがない。
「だからさ、ホントに嫌でさ、毎日が。異世界に行きたい、つまり、帰りたい、っていつも思ってたよ。だから、帝妃様は俺の中に入ったのかな?」
でもなんか、思い出すなぁ。隠界にいたのがもう、随分前のことのように感じる。それこそ、十年とか、二十年とか。でも、こっちに来てから、まだ一ヶ月も経ってないんだよなぁ。綺羅星とか元気かな?
「でも、今にして思うと、楽しかったかなぁ」
「お戻りに、なられたいですか?」
「え? 戻る、って……隠界へ?」
「はい……」
改めてそう問われると、どうだろうか? ただ、今のこの状況は辛い以外ないことは確かだが……。
「どうかなぁ……」
「私は、隠界にお戻りになって欲しくありません」
「え?」
「私は、今の帝妃様が好きだからです。前の帝妃様と比べてとか、ではありません。私は、今の帝妃様が好きなのです」
俺は、ソファから立っているロージを見上げた。
ヤバい。
惚れる。
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