第32話 会議
俺が聖堂へ赴くと、既に枢密院たちは全員揃っていた。クイルクとショボクレもいる。起立し、下げられた頭の間を進み、玉座に座ると会議は小太りの老人の一言から始まった。
「本日の議題は賊軍殲滅作戦についてであります」
背の高い、やせぎすの老人が話を継いだ。
「帝妃様が無事、御帰還されたことで、我が軍の戦力は大幅にアップしました。先日の帝妃様の起こした嵐は見事の一言に尽きます。皆さまの御記憶にも新しいことでしょう。もはや帝軍の勝利は約束されたものであります」
場内から拍手が起こる。
「今回の作戦は、この勢いに乗じ、一気に賊軍を滅ぼそうというものであります」
「しかし、滅ぼすと言っても、どうするのです?」
限りなく球体に近い体型の老人が手を挙げた。
「獣人どもは山向こうの平野の、そのまた向こうの森に潜んでいる。しかも、そこからなかなか出てこようとしません。攻めるにしても、森の中は向こうの領土です。地の利は向こうにある。しかも森の中に開けた場所はない。飛び道具が主流の我が軍では不利であるし、悔しいかな、肉弾戦となればとても叶わないでしょう」
やせぎすはクイルクを促した。
「帝軍作戦本部長のクイルクです」
クイルクは、俺の帰還を成功させた功で出世したらしい。元より帝国最強の戦士と謳われていたこともあり、現在では軍の上層部に収まっている。
「仰られるご意見は誠に正しいものでございます。確かに、攻めると申しましても現状ではなかなかにして難しいでしょう。そこで、森に雷を落とすのです」
「森に……。そうか!」
「帝妃様のお力で雷を落とし、森を攻撃します。そしてあわよくば、山火事を起こさせるのです。さすれば、獣どもを森から燻り出し、平野へと追い出すことができます。そして平野に出てきた獣人たちを山中から飛び道具でもって攻めるのです」
「なるほど、開けたところまで引っ張り出せば、いかな屈強な獣でも我が軍の大砲の的でしかないというわけだな」
「仰る通りでございます」
「いかがでしょう、この作戦に異論がなければ、実行に移したいと思うのですが」
場は沈黙をもって、これを承認した。
「して、決行の日はいつに?」
「敵軍に先日の痛手がまだ残っているうちが良いですから、なるべく早急な方がよろしいかと」
「準備はどれくらいで完了する?」
「一週間もあれば、充分かと」
「なるほど。では、一週間後を決行の日とする、ということでよろしいでしょうか?」
またもや、沈黙を以て議題が決まる。
「では、作戦決行の時間帯は?」
「太陽が昇り切ってから、というのはいかがでしょう?」
「ふぅむ。それは、なぜ?」
「獣人の中には夜目が利く者も相当数おります。しかし、我々帝国人の目は暗闇の中では見えません。夜戦となれば、圧倒的に向こうに分があります。ですから、なるべく明るい時間帯を多く確保する必要があると存じます」
「なるほど、では一週間後の日が昇りきってからが、作戦決行ということでよろしいでしょうか」
事はトントン拍子に進んでいく。しかし、どうでもいいが(良くもないが)、帝妃である俺様には全く意見を振られることはない。何のために会議に参加しているのやら。
俺は帝国が今まで正しい戦いをしてきたとは思わない。さりとて、獣人連合軍が一方的な被害者とも思えない。
帝国の建国神話は千年も昔のものなので、どの程度事実と同じなのか、或いは全くの作り話なのか、それすらもわからない。獣人側の言い分に関しては、それらしい記録を残しているのかすらも怪しそうだ。
結局、喧嘩というのは双方に言い分があったりなかったり、それは高校生のケンカも国同士の争いも、さして変わらないのかもしれない。大義など、それぞれが自分の都合の良いように取って付けたもののように思えてならない。
しかし、戦力がアップしたからといって、無闇に敵を滅ぼすというのは、いかがなものか。戦力がアップしたのなら、それは守りを固めることに使えば良いのではないか。
「あの、ちょっといいかな、」
俺は帝妃様なのだ、一言言わせてもらう。皆、驚いたように俺を見た。ただ、少しばかり責めるようなニュアンスがあるのが気になった。俺は帝妃様だぞ。やっつけちゃうぞ。
「今回の獣人殲滅作戦についてなんだけど……」
「帝妃様、」
小太りの爺さんが声をかけた。
「何だ?」
「まだ隠界に御隠れになる前の御記憶が戻らぬようでございますので、差し出がましいようですが、申し上げさせていただきます」
奥歯に色々詰まった言い方すんなぁ。
「戦の方策につきましては、帝妃様のお手を煩わせることなく、我ら枢密院が立てます故、何卒、高みの見物という次第をもっていただきますれば、問題ないかと、存じ上げます」
何言ってんだ?こいつ。要は、戦争の計画は自分たちで立てるから口出しすんな、ってことか?
「帝妃様、戦につきましての決め事を枢密院が担当するということは、太古の昔から定められた、我が帝国の揺るぎない伝統でございます。どうか、この場はご理解いただけますよう」
やせぎすが小太りの語を継いだ。
「ならば、席を外しても宜しいか?」
「いえ、帝妃様には戦に関する決め事を最後まで見届けていただくという……」
「大筋は決まったろう?」
小太りの言葉を遮り、立ち上がった。
「は、はい……。しかし……」
「すまんが、少々疲れた。気分が優れぬ。変更があれば私の部屋に来い。話を聞く」
「はっ……!」
小太りが返事をする前に、俺は立ち上がった。
聖堂を出ると、衛兵が二人、防御を固めている。俺が本館へと戻る橋を下っていると(相変わらず、この橋は怖い)、ふと気配を感じた。
気になって振り向くと(振り向くのは余計に怖いが、耐えた)、聖堂の屋根に小さな獣人が一人、へばりついていた。
体の大きさは幼稚園児ほどだが、多分大人だろう。というより、獣人の年齢はよくわからん。見た感じ、リスっぽい。こちらには気付いていないようだが、衛兵二人もこのリス獣人には気付いていないようだ。
それにしても、ここまで来れるのは元優紀の猫獣人くらいのものじゃなかったのか? 帝国人が知らないだけで、獣人の身体能力はまだまだ未知数なのかもしれない。大幅な戦力アップと浮かれているのは帝国人だけなのかもしれない。
俺はリス獣人に背中を向け、城へ戻った。
一週間が経ち、獣人連合殲滅作戦決行の日となった。
一週間と言っても、帝国では七日ではなく六日である。六日のうちの四日は火、水、雷、氷の四つの属性に因んでいて、残り二日は陽と陰、つまり満月と新月に因んでいる。そして陰の日は休日である。
俺の配置場所はもちろん聖堂だ。早朝、まだ日が昇る前、クイルクとショボクレを引き連れ、長い上り橋を渡り、姿を表す。俺の姿を目にすると、その場にいた全員が例の土下座に似た所作をして俺を迎えた。俺はひとつ頷き、玉座についた。
「帝妃様、本日の御武運をお祈りいたします」
改めて、枢密院全員が俺の前に参集し、土下座のような所作をした。
俺は一言も発さず、手を挙げてそれを返事の代わりとした。
また今回、俺は何やら大げさな衣装に身を包んでいる。なんでも、帝妃としての正装なんだそうだ。
赤、青、黄、白をあしらったドレスを着ている。色はそれぞれ、火、水、雷、氷の四つの属性を表しているんだそうだ。裾は長く(引きずっている)、袖も太い。まるで翼のようだ。
そして装飾品も多種多様で、王冠を逆さにしたような金属製の輪っかを被り、指輪やら腕輪やらブレスレットやらネックレスやら、とにかく色々とジャラジャラぶら下げている。歩くたびにカチャカチャ鳴る。
この格好にも何か意味があるのだろうが、めんどくさいので特に聞かなかった。なんだかピエロにでもなった気分だ。ただ、ピエロは人を楽しませるが、俺は……。いや、帝国の連中はむしろ楽しんでるのだろうか?
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