第30話 建国神話
カテナは一瞬、目線を上げ、天井を見た。どう話そうかと考えているようだった。
「以前の帝妃様は気難しい……というか、不機嫌……でした。いつも、不機嫌そうでした。表情も、いつも大体眉間に皺をよせ、口調も、命令的なものが多かったです」
カテナ本人は言い回しには気を遣っているつもりのようだけど、割とホントに忌憚のない意見だな。でも、彼女の語っていることが真実なのだろう。
「声をおかけしてもお返事はまずありません。ですが、私共も仕事ですので、睨まれるのを覚悟でお声がけ致しておりました」
声かけるだけで睨むかー。一言で言うと「無理」である。
続けてロージが発言した。
「私がお茶を淹れても、美味しいとも不味いとも仰られませんでした。だからいつも、自分の淹れるお茶に疑問を持っていました。そういうのが一番怖いです。だから、今の帝妃様が美味しいと仰ってくださった時は本当に驚いて、嬉しくて……」
おい、ちょっと泣いてるじゃねぇかロージ。以前の俺はどういう……。
そういやあ、城に来る途中、龍車の中でクイルクとショボクレも俺がお茶飲んでうまいっつったら、驚いてたなぁ。その時はちょっと不思議だったけど、あれはそういうことだったのか。
「ただ、お声を荒げるようなことはありませんでした。ですが、とにかく周囲の者たちに、お側にいるだけで緊張させるような御方でした」
えーっと……、何つーの? 体育教師みたいなもんだったのかな? それともまた違うか。体育教師は常に声荒げてるからな。生活指導の先生、ってとこかな。
「お城のどこにも、これといったお話し相手もいなかったようです。いつもお一人でいらっしゃいました」
なんだか寂しい人だな。俺だけど。
「なんか、ホンット、すんません……」
もう、どう謝っていいかわからない。何やらかしてくれてたんだ、以前の俺!
「いえいえ! めっそうもございません! 申し訳ございません! 出過ぎた真似を……」
「あぁ、いえいえ。言ってくれ、って言ったの僕……じゃねぇや、私なので全然問題ないです」
「でも、今の帝妃様は全然違います」
ロージが言葉を継いだ。
「隠界からお戻りになられた帝妃様は、以前とは全然違うので、私共一同、本当にびっくりしたんです」
「だったら、いいんですけど……」
まぁ、以前に比べれば、良いとは言わないけど、全然マシではあるだろう。俺にそんな、体育教師や生活指導教師のような素養は皆無だ。ただ、少し気になることがある。
「ちなみに、今はどんな印象ですか? あの、忌憚のないご意見を」
「うーん、そうですねぇ……」
カテナは顎に手をやり天井を見上げ、ロージは茶器に視線を落とした。
「気さくで、愛想の良いお妃さま……、という印象です」
ロージが、おずおずと答えた。
「ちょっと腰の低い、隣のお兄ちゃん、って感じですかねぇ」
カテナが答えた。言ってくれるね、このおばちゃん。
「ちょ、ちょっと……! カテナさん……!」
さすがにロージはあたふたした。まだ少し遠慮のあるロージに対して、カテナはすっかり俺に慣れたようだな。
それはさておき、一つ謎が解けた。ついでにもう一つ、気になっていたことも聞いてみよう。
「あと、もう一ついいかな? 帝妃として、実は一番大事なことをまだ思い出せなくて……。自分でも恥ずかしいんだけど……」
「まぁ、恥ずかしいことではありませんわ。力が強い者ほど、隠界にいた時の記憶が強く残る、と聞いたことがあります。帝妃様ほどのお力であれば、すぐには戻らないのも道理でございます」
おぉ、カテナ、そんなことも知ってるのか。亀の甲より年の劫だな。こう思ったことは、俺の心の中に秘めておこう。
「ですから、そのうちすぐに思い出せます。ご安心ください。そういうわけで、存じ上げないことがあれば、何なりと私たちにお申し付けください」
「うん、ありがとう。えー、実はね……、この国の成り立ちについて知りたいんだけど……。建国神話みたいな」
とはいえ、これはなんだか恥ずかしい。一国の主が建国神話を知らないというのは、締まりがない。
「はい、承知致しました。私たちの先祖がこの地を開いたのは、そもそもが神のお導きだったそうです。今から千年の昔のことだそうです。それ以前、私たちは北方にある『世界の終末』という土地に住んでいました。そこは寒さ故、作物も育たず、狩猟のための動物もいない、生きていくには厳しい土地でした」
まさにジ・エンド・オブ・ザ・ワールドだな。ディストピアな感じがする。
「しかしそれ故、私たちは知恵を絞り、貧しい土地でも収穫できるよう、少ない獲物を確実に捕えられるよう、工夫を重ねてきました」
環境が厳しいと、技術や社会制度が発展する、ってのは隠界でもあることだな。そういえば、廻中町の干ばつはどうなったろうか……。
「こうして私たちは文明を発達させ、徐々に『世界の終末』を離れることができる力を得るようになりました。そして機が熟した私たちは『世界の終末』を後にし、少しでも暮らしやすい土地を求めて流浪の民となったのです。その後、様々な艱難辛苦があり、幾多の犠牲を強いられながらも、神のお導きを信じ、私たちは旅を続けていったのです。そうして辿り着いたのが、この『祝福の地』でした」
この帝国の領土は『祝福の地』と呼ばれている。
四方を山脈に囲まれた平野で、更にその山の際を流れる二つの川に囲まれている。山の上流から流れてくる二つの川が平野の入り口で交差し、また分かれて平野を囲むように山の際を走る。そしてまた平野の終わりで一つになり、また別々の方角へと分かれていく。
なんだか廻中町みたいだ。この二つの川のおかげで、非常に水が豊富である。
また、四季がはっきりとしている上、気候も安定しており、台風や地震などの天災はもう何百年も起こっていないそうだ。だから、農業には非常に適した土地であり、食料を安定供給できるという。加えて、山に囲まれた自然豊かな土地なので、狩猟などにも適している。
そしてその連なった山々は天然の城壁ともなっており、外敵から国を守る際に役立っているという。まさに『祝福された土地』だ。
ただ、明確な「国境」という概念はないらしく、現在は北側の山向こうにある平野も開発して農耕地にする予定だという。そのため、川の上流にダムを建設しており、そこから山向こうの平野に水を引くのだそうだ。
「しかし、『祝福の地』は獣人に支配された荒れ果てた原野でした」
「あれ? 最初にこの土地に来たのは、私たちの祖先じゃないの?」
「ええ。元々は獣人がいたということです」
「じゃあ、ここは獣人から奪った……」
「いえ、奪ったというより、奪い返したと言うべきでしょう」
「奪い返した……?」
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