第29話 うるせーバーカ
俺を暗殺しようとしてたので、本来なら最重罪で即死刑なのだが、今はまだ執行されていない。俺が執り成したからだ。
やはり俺の中では、優紀が異世界に転移した姿、という感覚がある。残念ながら死刑を免れることはできていないが、猶予期間はもらった。
俺が帰還したということで、帝国は攻めに転じるという。次回はいよいよ敵の領域に侵攻する。その時に兵士の士気を高めるため、本来の予定から時期をずらして公開処刑にするということになった。
なんだかうまい具合に利用されたきらいはあるが、兎にも角にも、猶予はもらった。まだ策はあるかもしれない。
猫獣人は両手両足を氷で壁に磔にされている。うな垂れて、すごく苦しそうだ。
「おい……、大丈夫かぁ……?」
声をかけると、俺だと気付いたようで、いきなり睨みつけられてしまった。俺、一応はお前の命救ったんだけどなぁ……。まだ猶予期間もらっただけだけど。
「……誰のせいだよ?」
そんなことまで言う。さすがにイラッと来た。
「先に襲ったのはお前だろ!」
「………チッ」
舌打ちをされた。正論を言って舌打ちされたのでは割に合わない。
「……何しに来た。このザマを見て笑いに来たのか?」
「なんでそういうこと言うんだよ」
それには猫獣人は答えなかった。
「お前、優紀だったんだろ?」
「お前、あの女が好きだったろ?」
質問を質問で返しやがった。しかも、痛いところを突いてきやがった。俺が返答に窮していると、
「ざまぁねぇのはどっちだろうな?」
と、笑いやがった。
「うるせーバーカ」
それくらいしか言いようがないではないか。
「どうだ? 好きになった女に殺されかかった気分は?」
「……。なんで、向こうの世界……隠界で俺を殺さなかったんだよ? 隠界まで俺を追ってきたのは、そのためだったんだろ?」
「殺しに行ったんじゃない」
「じゃあ、何しに来たんだよ?」
「お前を、この世界に帰さないためだ」
「え?」
「お前は危険すぎる。力が強すぎる」
「だから新月の日を狙って来たんだろう?」
「お前に力がなくなっても、お前を守る権力が強すぎる。新月の夜にお前を襲っても、この城に、いや、この帝国にいる限り、お前を殺すのは難しいだろうという判断だった」
「じゃ、何で忍び込んで来たんだよ? 勝算はなかったんだろ?」
「暗殺は無理でも、お前を隠界に押し込めることはできる」
「……そういうことか」
始めから俺を殺す気はなく、隠界に逃げさせるのが目的だったというわけか。
「お前がこの世界にいなければ、それはお前を殺したも同じことだからな。隠界に行けば、この世界での記憶はなくなるが、隠界で入った人の奥深いところで生き続けるという。私の意をその人は汲んでくれるかもしれない。ならば、そこに賭けるしかない。そして……、上手い具合に成功はしたのだがな……」
そこをクイルクとショボクレが助けにきてくれたのか。しかし、それよりも気になることがある。
「じゃあ、俺といつも一緒にいたのは……」
「幼馴染というのは、この上なく都合が良かったな」
猫は笑った。
「あの時、行かないでくれ、って俺に言ったのは……」
「まぁ、あの女がどのつもりだったかは知らないが、少なくとも私の影響を受けていたことは確かだ」
俺は、優紀のことを頭から追い出そうとした。せめて今だけでも。
「何ていうツラしてんだ? それでも帝妃様かよ?」
また猫が笑った。
「うるせーバーカ」
それくらいしか言い返せないではないか。
「でもお前、あのまま俺を向こうに押しとどめ続けてたら、お前だってこっちに帰って来れなかったじゃねぇか」
「何か問題があるのかよ?」
「だって、お前だってずっと隠界にいたままだぞ……、寂しくないのかよ?」
「何甘っちょろいこと言ってんだ?」
「え?」
「帝国を倒すためなら、私たちは何でもやる! 私一人この世界から消えたところで、それが何だ。私がお前を隠界に押しとどめておけば、それだけ戦況はこちらに有利になる! そして、私たちは、お前たちを倒す!」
「そうまでして侵略したいのかよ!」
「侵略? これはこれは面白いことを言う」
「何が面白いんだよ」
「面白いじゃないか。まるで被害者のような言い方だ」
「被害者なんだよ、実際こっちは!」
あの田園のこと、俺に頭を下げたロージやカテナのことが頭をよぎった。
「お前ら獣人が悪逆の限りを尽くしたせいで、」
「悪逆?」
「そうだ、悪逆だよ! しらばっくれんじゃねぇ。盗人猛々しいとはこのことだな。俺たちの暮らしをめちゃくちゃにしようとしてるのは、どこのどいつだ! お前ら獣人だろうがよ!」
獣人は怒りのような、戸惑いのような微妙な表情を浮かべた。
「そうかお前……、こっちの記憶がまだ戻ってないんだな」
「記憶なんて、……直に戻んだよ」
確証がないのが目下のところ最大の懸念事項ではある。俺は踵を返し、出て行こうとした。俺は何を求めてここへ来たんだろうか?
俺の背中に、獣人が声をかけてきた。
「暇があったら、この帝国の成り立ちについて家来に聞いてみな。あとついでに、お前が起こした嵐の場所も見てくるといい。面白いものが見れるだろうよ」
俺は無視して、最下層の地下牢を後にした。
帝妃の間に戻り、俺はカップ片手に、遠くにそびえる山脈を眺めていた。
ロージの淹れてくれたお茶は相変わらず美味く、ささくれ立った心も暖かくなっていくようだ。と思うと、お茶がなくなっていた。美味いので、ついグイグイいってしまう。
「帝妃様、新しくお茶が入りましたが、いかがでしょうか」
タイミング良くロージが声をかける。ロージはいつも俺がお茶を飲み干すタイミングで声をかけてくれる。しかも、もう一杯欲しいな、と思う時なのだ。もういらないかな、と思う時は声をかけないし、新しくお茶も淹れていない。ロージ、君はエスパーなのか?
「あぁ、うん。ありがとう」
そう言うと、またロージとカテナは顔を見合わせて笑った。ただ、ちょっと安心するのは、その笑顔の感じが、何かこう、嬉しそうなのだ。
「あの、私、その、……大丈夫ですか?」
だから、思い切って聞いてみた。
「何かおかしなこと、言っちゃった? 言い訳するようだけど、まだこっちの世界の記憶が戻ってなくて……」
そうしたら二人、改めて笑った。しかもその感じが、何か肩の力が抜けたような、緊張が解けたような、そんな笑いなのだ。なんだなんだ?
「申し訳ございません、帝妃様。僭越ながら、申し上げさせていただきます」
カテナが進み出た。
「とはいえ、申し上げにくくはあるのですが……。実は、御帰還なさる前の帝妃様は……、なんというか、」
言いにくそうだ。
「とても怖かったのです」
ロージが、言っちゃった、というような顔をした。
「怖かった……?」
俺が? つーか、この美少女が? まぁ、俺なんだけど。
「はい……」
そう言ったきり、続きが出てこない。やはり言いにくそうだ。
「あの、忌憚のない意見でも大丈夫ですよ」
気になりすぎるので、俺はそう言って促した。
「そうですか……? それでは……」
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