第8話 ごめんよ、マイフレンド
期末テストが終わった学校の帰り、家へ向かう途中の河川敷を歩いている。今日も快晴だ。雨が降る気配すらない。川の水が更に減ったように見える。そういえば最近、漁の船をあんまり見ない。ひょっとしたら川の水位が低くなり過ぎて船を出せないのかもしれない。
テストは散々な出来だった。結果を待つまでもなくわかる。おまけに歩いてるだけで汗が吹き出て、ベタベタして気持ち悪い。気分は極めて優れないが、もうすぐ夏休みだ。異世界転移に向けて、目一杯時間を作ることができる。ただ、そう思っても、今のところは何をやろうという予定もない。
その日の夕飯のことだった。俺は魚のホネを取ることに集中していた。魚は鯵である。そう言えば最近、廻中町自慢の川魚を食していない。
ちなみに俺は鮎が大好物だ。焼いて、塩でいただくのが好きかな。特に我々の町のものは黒廻川、白廻川ともに泥が少ないので、非常に美味しい。毎年この季節になると旬でもあるので、獲れたての鮎が毎日のように食卓に上がる。しかし、今年は先月の頭に一度食ったきりだ。
「健児、今日期末終わったんだって?」
唐突に父ちゃんが声をかけてきた。
「うん」
「どうだった?」
俺はホネを取る手を止めずに答えた。
「全然ダメかなぁ」
自分でもそれとわかるほど弱々しい返事となってしまった。
「そうかぁ……。あのな、健児、」
「うん」
「ほら健児。お父さん、真面目な話してるから」
母ちゃんの一言で、俺は鯵のホネを取るのをやめた。
「お前にはー、高校出たら、俺と一緒に町役場に勤めて欲しいんだ」
「え!」
「いや、それはできればの話なんだが、嫌なら大学に行って、やっぱりこの町の役場に行って欲しい」
何なんだ突然。しかも二択のようで実質一択じゃねぇか。
「え、……何で?」
「お前、この町好きか?」
質問に質問で返しやがった。
「え? うん、まぁ……」
嫌いもクソも、異世界に出て行きたいんだが……。
「実はな、この日照りで、今この町が結構厳しいんだ」
「え、そうなの?」
ちょっとびっくりである。日照りがそんなに町の運営に打撃を与えるものなのだろうか? 江戸時代じゃあるまいし。今は二十一世紀である。
「お前、帰ってくる時、白廻見たか?」
「うん……」
「川の底見えてただろう?」
「うん……」
「あれでな、先ず今、漁が厳しくなった」
あ、やっぱそうだったんだ……、と鯵を見る。いや、鯵は鯵で好きだが。
「で、それを素材にしている店屋も苦しくなってきている。今後、そういう美味いもん目当てにやって来る観光客も減っていくだろう。もう今、既にその傾向がある」
「え、何でわかんの?」
すると父ちゃんは少しびっくりしたようだった。
「何でって……、俺、観光課だからだよ」
「へー、知らんかった」
なんか地味な仕事してんだろなー、と漠然と思ってたが、それは言わない方が良いであろう。
「お前なぁ……」
親の仕事くらい知っとけよ、と言いたかったのだろうが、父ちゃんの方でもその言葉は飲み込んだらしい。話が逸れるからだろう。
「まぁ、いいやそれは。でだ、そんな感じで一つダメになると、ドミノ倒しみたいにダメになるのがこの町だ。川がダメになれば町もダメになる。そんな脆弱な町だ。日照りだって、いつ終わるかわからん。このところ、天候は色々とおかしいからな。日照りだけじゃない。大きな地震が来て、地面が隆起して、川がなくなるかもしれん」
随分飛躍したな、と思った。そういや、父ちゃんがこんなに話すのを見るのは久しぶりだ。
「だから、川に依存しないような町作りをせにゃならん。だけど、我々年寄りにはその頭も体力もない。地元就職したがる若者もいない。そこでだ、この町のために、若いお前が力になってはくれないか」
「えー……」
「この町、嫌いか」
「いや、そうじゃなくてさー、」
「だったら、やるか」
「いやいやいや、待って待って。飛躍し過ぎじゃない?」
「飛躍しすぎなもんか。大体アンタ、進路全然決めてないだろ?」
母ちゃんが横から口を挟んできた。いや、決めてはいるのだが……言えない。
「高三の夏にもなって進路決めてないの、アンタくらいのもんだろ?」
「いや、優紀も、綺羅星も決めてないよ」
言い切ってしまったが、多分、いや十中八九、いや絶対決めてないと思う。根拠はあの二人ということで十分だ。
「そんなわけないだろ。ちゃんと決めてるよ。決めてるはずよ」
逆に母ちゃんの方でも根拠はないであろう。いや、母ちゃんの方「は」の間違いだった。訂正する。
「決まってないんだから、父ちゃんの言う通りにした方がいいんじゃない? 悪い話じゃないよ。この時代公務員なんて」
「そこなんだよ」
母ちゃんに主導権を握られた父ちゃんが再び話を引き継いだ。
「地方とはいえ、公務員になるには試験に受かる必要がある。しかし、おそらく今のお前の勉強の仕方だと、正直厳しいだろうなぁ」
そう言った父ちゃんの顔はしたり顔だ。俺は受かったけどね、という感じだ。実の息子相手にマウントすんなよ。
「だからお前、この夏はみっちり勉強しろ。公務員試験受けるにしろ、大学行くにしろ、今のお前では何にもなれん」
「というわけなんだよ。ひどくない?」
早速、その翌日の放課後、父ちゃんの暴言を綺羅星に告げ口した。
授業が終わると同時に綺羅星を捕まえ、話を聞いて欲しいと頼んだ。そしたらウチに来ない?とまたしても自宅に誘ってくれた。たまに放課後、綺羅星の家に寄ることがあるが、百パーセントの確率でクレープとジュースを御馳走してくれるので好きだ。
しかし、いつ来ても落ち着かない店ではある。先ず外観、建物の店舗部分の構えは西洋のお城を模した形となっている。綺羅星の父上が「俺たちキャッスル」と称したのはここを意味している。その様はさながら、ちょっとこぢんまりとしたラブホ……いや、大丈夫だ。
そして入り口のドアを開けると、先ずピンク色の壁が目に痛い。ちなみにドアの枠もピンクである。各テーブルにはタータンチェックのテーブルクロスがかけられている。これも色はピンクと白の交差模様となっている。椅子は白色だが、背もたれが丸っこく、深くもたれかかるのは難しい。実用性度外視の見た目重視である。
万事がそんな感じで、まぁ、ざっくり言ってしまうと、可愛いの押し売りである。
そんな店内で俺はクレープ後のタピオカドリンクを、綺羅星はアイスロイヤルミルクティを楽しんでいる。
「何にもなれん、だよ。ねぇ、何にもなれないって言ったんだよ、実の息子に向かって。ひどくない? ひどいよね。いや、ひどいに決まってる」
自己完結してしまった。これではハナから相談相手など要らないではないか。我ながらひどい。ほとんど独り言を聞いてもらってるようなものだ。でも、言わずにはいられなかった。
「いやぁ、そうだねぇ……」
綺羅星にしても、友人のその愚痴の対象が友人の父親なので、どう言っていいものやら、という感じだ。友人の言う事には共感したい。いや、より正確に言うと、特にどうとも思わないが共感しなくてはいけない。さりとて、友人の父親を悪く言うわけにはいかない。というわけで、曖昧な返事を強いられ、苦笑いしている。
俺も途中からそのことに薄々気付いたが、今更止まらなかったし、話さえ聞いてくれればよかったので、そこは捨て置いた。いや、我ながらホントにひどいな。ごめんよ、マイフレンド。
俺は一通り愚痴り倒した後、タピオカドリンクを飲み干した。いやあうまい。気持ちよく愚痴った後のタピオカドリンクは最高だな。
このタピオカってのは、見た目がなんだか爬虫類とか両生類の卵みたいなのが良い。なんだか、異世界モンスターの卵を使った料理のようだ。そう思うだけで、微妙に異世界気分に浸れるので不思議である。
見ると綺羅星も安心したような、一仕事終えたような雰囲気でアイスロイヤルミルクティに口を付けている。そういえば、この男が飲み干すところを未だ見たことがない。
綺羅星はグラスから口を離すと、
「つかぬことを聞くけどサァ、」
と、切り出した。
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