第7話 優紀の笑顔
「朝練って、……サッカー部の?」
「それ以外何があるって言うの?」
眠気はあったが、目が覚めてしまった。
「え? だって、オールしたんだぜ? つーか、今日練習あったんだ……」
「土日だって練習だよ」
「へぇ、大変だね」
「泊まりに来たから、てっきり練習はないものかと……」
「私だってオールするとは思わなかったよ」
「なんでお前来たの?」
かねてからの疑問をもう一度繰り返してみた。
「ホント、荻窪田ってバカだよね」
これまた、この晩(もう朝だが)何度目かの台詞を繰り返されてしまった。優紀は緩慢な動きでと自分のバッグを手に取り、部屋を出て行こうとする。
「あ、送ってくよ」
綺羅星が立ち上がりかける。
「大丈夫だよ。道も大体わかるし。じゃ、今日ごめんね、急に押しかけちゃって。そんじゃー」
「お、おう。気を付けてなー」
優紀は部屋を出て行った。その後、綺羅星が「朝ごはんでも食べようか」と言った後の記憶がない。おそらく寝落ちしたものと思われる。
◇ ◇ ◇
私が寝ていた時だった。夢を見ていたが、あまり良い夢ではなかった。うなされて目が覚め、寝がえりを打つと、私の頭が元あった場所に長剣が深々と突き刺さった。鈍い音に振り向くと、一人の賊が舌打ちをしつつ、仁王立ちで私を見下ろしていた。
月は出ていないので顔はよく見えなかった。星明かりに浮かんだ影は、尖った三角の耳に長い尻尾が生えている。おそらくターク族だろう。
冷気を感じたので、見ると窓が開いていた。外は目もくらむような断崖だが、どうやって入ったものか。
良い度胸だ。私は思った。どこの賊だか知らないが、この城の、しかもこの帝妃の間<<わたしのへや>>にまで忍んでくるとは大したものだ。なかなか腕の良い刺客ではないか。しかし、その才気が逆にお前の運の尽きだったようだな。私は賊の顔面めがけて手のひらを突き出した。
……何も出ない。
丸焼きにしてやろうと思ったのだが、どうしたことだ?
思い出した。今日は新月。力は使えない。少々寝ぼけていたようだ。
私は転がるように寝床を抜け出しつつ、
「出会え!」
と、叫んだ。と同時に寝床の横の紐を思い切り引っ張った。高音の鐘の音が城中に鳴り響いた。私の寝室に賊が侵入したことを知らせる合図だ。
扉が開かれ、前で控えていた衛兵二人が部屋に雪崩れ込んだ。
「何事……」
言いかけた言葉はそれ以上出てこなかった。雷光が一閃し、二人の守衛は破裂するような音と光に包まれた後、崩れるように倒れた。焦げた臭いが立ち昇る。賊の仕業だ。振り向かなくともわかる。またそんな余裕はない。
新月とはいえ、大抵の者は、威力は落ちるものの、力自体は使える。雷属性持ちか。やっかいかもしれない。
私は開かれた扉の隙間に体を滑り込ませた。扉を閉じ、外から鍵をかける。次の瞬間、扉の向こう側に奴の雷撃が炸裂する音がした。扉が軋む。振り向き、回廊へ駈け出した。
◇ ◇ ◇
目が覚めたら、そこは……綺羅星の部屋であった。
残念ながら今回も失敗と言わざるをえない。目の前には綺羅星が横たわっている。仰向けになった胸がゆったりと上下している。目は閉じられ、半分開いた口元は、だらしないというより無垢さを感じさせる。なんだか天使のようだ。綺麗な顔をしている奴は寝顔まで綺麗だという事実を確認した後、スマホをチェックした。
日の角度からすると、太陽はとっくに頂点を過ぎているらしかった。待機画面の数字を見ると、午後三時を過ぎていたが、それより先に目を奪われたのは着信履歴の数だった。母ちゃんからだ。
何かヤバいことが起きた。
そう思わせるだけの数だった。慌てて通知内容を見る。
優紀が倒れたらしい。
部屋に入ると、ベッドの上に横たわっている優紀が俺たちを見上げた。ドアをノックして名前を告げ、入っていいか、と尋ねると、いいよー、と返事があったからだ。
優紀がぶっ倒れたのは練習中だったらしい。今日も暑く、よく晴れている。雲一つない。そろそろ夕方に近づく頃だが、日差しの威力はまだまだ強力だ。まして、真っ昼間なら尚更だったろう。
倒れた時は熱射病も心配され、病院に担ぎ込まれたが、幸い熱射病ではなかったらしい。医師の診断によると、暑い中での練習の疲労もあったかもしれないが、寝不足だろうということだった。ただ一応、しばらくは様子を見て、安静にしておいた方がいいらしい。そして今は自宅の部屋で寝てるというわけだ。
事の仔細は母ちゃんのメールにもあった。お前が原因なんだから謝ってこい、とも書かれていたので、綺羅星の家から直接優紀の家に向かった。母ちゃんの説教はその後、とも書かれていた。
話を聞いて、一先ずは安心したが、申し訳なく思う気持ちでいっぱいになった。医師の話から考えれば、優紀が倒れた直接の原因は俺にある。しかし、俺が謝ろうとする前に、優紀に謝られてしまった。
「ごめんねぇ。なんか、心配させちゃって」
「あ、いや……」
「美吉もごめんね、突然押し掛けた上に、なんかケチついちゃったみたいになっちゃって」
「いやいや、そんなことないよ、全然。来てくれて嬉しかったよ。それより、無事でよかった」
「ごめんなさい!」
いささか唐突だったか。優紀も綺羅星もびっくりして俺を見てる。声も大きかったかもしれない。でも、こらえが効かなかったのだ。だから、声のボリュームも自分でもよくわからなかった。
「俺のせいだ。ホントに、ごめんなさい。俺が、みんなを巻き込んだばっかりに……」
「ちょっと待ちなよ、マイフレンド。僕んちに来なよ、って言ったのは僕なんだぜ。それを言うなら僕に責任がある。あ……、そうだったな、そういった意味では僕のせいでもある。優紀クン、申し訳なかった。事前に君の予定を把握していれば休ませたのに……」
「ちょちょちょ! 待って待って! 練習に行くって言ったのも私だし、美吉の家に行ったのも私。いやむしろ押し掛けちゃったし……。二人が謝ることなんて全然ないんだよ。いやー、つーか、自分の体力のなさにびっくりだな。正直全然自信あったんだけど、イチから鍛え直しかな」
最後に、優紀は笑った。
メールの通り、家に帰ってからは母ちゃんに一通り説教を喰らった。まぁ、その通りだなぁ、と思ったので神妙に聞いていた。まぁ、どう考えても俺が原因だよなぁ。
ベッドの上の優紀の笑顔が頭から離れない。ベッドの上も優紀には似合わなければ、あの笑顔も優紀には似合わなかった。弱々しい笑顔は優紀のものではない。もっと、憎たらしいくらい力のある笑顔が優紀の笑顔だ。優紀を倒れさせてしまったことに対しての罪の意識も大きいが、優紀にあんな笑顔をさせてしまったことが、何より心に引っかかってる。
あの後、優紀はしばらく体調を崩していたが、今は快復して練習にも参加しているそうだ。しかし、この日以来、異世界転移については小休止、といった感じ。色々、策を講じてみたり、調べてみたりはするものの、その度に優紀の「あの笑顔」が頭に浮かんでしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます