第81話『ニアミス その６』
（どうする……どうすればいい……！？）
心臓が逸る。
今目の前にいる二人が同じ戦場に立ったことなど原作にはない。
恐らく、この二人を同時に相手するのは二巻時点でのハヤトらメインキャラを総動員させても無理だ。
黒縄一人でもあれだけの犠牲を払ってようやく討てたというのに、それ以上に強力なシュゴウも合わさるとなると、手の打ちようがない。
「リリア。あなた、どうなさったの？」
「……後で教えてあげる。今は――彼にしか興味がないの」
「そう。まぁ、帰る前に未知のものは排除しておいたほうがよさそうですわね」
いや――少なくともそれなりに対抗する術もあるには、ある、が。
蒼は右手に嵌められた腕輪を握り締める。
『それと、これは忠告です。完治までは半年掛かるそうですが、それまでに『対剣』もしくは『堕天狂化』を使おうものなら、死にますよ――』
それでも、このまま清里を放っておくなど、できない。
早急に『毒神具』を切り離せれば清里の意識を取り戻せるはずだが、長引けば……。
息が漏れる。
足元の地面が、黒い淀みを見せた。反射的に後方に飛ぶ。
蒼がいた場所に漆黒の液体の柱が、さながら間欠泉のように噴き出した。
あの大量に噴出する毒の一滴でも皮膚に沁み込めば、即死するだろう。
これ以上後退は出来ない。まだ意識が戻らない朱莉を巻き込むことになる。
朱莉を連れて逃げることも不可能だ。自分に比肩するものとの戦いに恋焦がれる黒縄が、逃がしてくれるとは到底思えない。
「戦うしかない……ッ！！」
見る影もなく破壊された携帯が目に入る。
蒼は砕けそうなほど歯を噛み締める。
瞬間、毒の柱を突き破って青き熱線が蒼を狙う。交差した腕に炎を宿し、受け止める。
腕が灼き切れるようだった。
これ以上の鍔迫り合いは、呑まれるだけ。
体を後方に反らし、軌道をずらす。斜め上に反れた熱線が、遥か後方で爆ぜる音が聞こえた。
ビルが焼け落ちる音を背に、蒼は距離を詰める。その手に生まれた焔が剣を形作る。
絶対的な王の気配。それも二つ。
立ち向かいながら竦みそうになる足を奮い立たせる。
黒縄を守るように、シュゴウが割って入った。
「あなた、近接戦は苦手でしょう？」
「余計なお世話……私と彼の戦いに、手を出さないで欲しいんだけど」
二人の余裕の掛け合いを他所に、蒼の手に持った剣がその軌跡に青い炎を残した。
振り上げられた刃。シュゴウはそれを見上げるが、身じろぎ一つしなかった。
袈裟に振り下ろされた刃が、シュゴウの首筋へ――そして。
蒼の刃が、砕け散った。
金属音が、妙に静かに耳朶を叩く。
「は――？」
シュゴウの口元に笑みが浮かぶ。蒼の胸倉に手が伸び、気がつけば、視界がぐるりと回っていた。
一瞬だけ見えたのは、オフィスビルの受付。
体がコンクリートをぶち破り、どこかの地面に放り出される。 蒼はすぐに体を起こした。
隣の大通りまで投げ飛ばされたのか。
「ねぇ。どうしてあの力、使わないの？」
突然の声に振り返ると同時、蒼の首元に細い少女の手が伸びた。呼吸が止まる。
黒縄はもがく蒼を見て察したように嗤う。
「そう。次使ったら死んじゃうんだぁ」
膝を折り曲げ、黒縄の腹に蹴りを突き刺す。
炎が巻き起こり、拘束が外れる。
蒼はすぐに飛びずさって体勢を整えた。煙の中から黒縄が姿を見せる。
「でも、そんなことしてていいの？」
漆黒の装衣に燃え移った蒼炎をはたきながら、黒縄は蒼を見下ろした。
「あなたが死ぬのと、この子の意識が潰れてなくなるの、どっちが早いかしら！？」
そう言って胸に手を当て、嘲り、煽る。
蒼の中に、ふつふつと怒りがこみ上げた。
心臓を抉るようなストレスが負荷として体に圧し掛かる。
「アハハハハ……もっと私を愉しませて！！ あの日、あなたに殺された日の快感が忘れられないのッ！！ もっともっと、強い姿を見せて！！」
黒縄が両手を広げると、彼女の足元から黒い液体が広がっていく。毒沼が形成され、中から無数の黒い触手が這い出てくる。
「心を震わせるものを、頂戴ッ！！」
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