第78話『ニアミス その3』

「黒縄が殺されたとき、アンタどう思った?」



 その質問に答えるまでに、冥花はハヤトが思った以上の時間を要した。



「……正直、まさか彼女が殺されるなんて、とは思いましたよ。 もちろん、あの場で本気で滅するつもりではいましたが」

「俺もそう思ったよ。 早い、とすら思った。 アイツは、もっと先の未来まで生きている、そんな気がしてたから」

「因縁のようなものですか」



 ハヤトの第六感で感じた所見など鼻で笑われるものだと思ったが、冥花はハヤトの言うことに添っていた。



「あなたが感じているのは……もっと遠くで座している敵たちが、一様に立ち上がりこちらへ向かって歩みを進めてきている、焦り、とか?」



 ハヤトの言わんとしたことを見事に表現してみせた冥花を、目を丸くして見た。



「よく分かったな」

「あなたは勘が鋭いですね。 私も、そう思っていますから。 黒縄が死んだことで、その奥に控えるものたちの動きが活発になる。 



 そこまで言って、冥花は合点がいったように、なるほど、と口にした。 遥か高い空を、飛行機が進んでいくのが見える。



「今のままだと、大切なものが守れない。 そんな気がしたんだ」



 これまでも、人目を盗んで訓練はしていた。 黒縄は、ハヤトが必ず討ち果たさねばならない敵だったからだ。


 あの小波 蒼という少年の常軌を逸した努力量には流石に及ばないものの、最近はその時間が増えている。


 ハヤトは大切な仲間の顔を思い出しながら語り、冥花がそれを横から覗く。



「大切なもの、ねぇ」

「なんだよ」

「いえ。 ただ、いつか背中から刺されたらいいのに、と思っただけです」

「教師の言う言葉じゃねぇだろ」



 冥花が口元を緩めながらしれっとタバコを吸おうとするので、また強奪する。



「そもそもの話ですが、陰ながら努力する必要なんてないんじゃないですか」

「底辺の劣等生、周りからそう思われてるほうがマシだ」



 ただでさえ、最近は致し方なしに本気で戦うことが増え、周りから好奇の目で見られているのだ。


 前にいた世界の名残が、色濃い。

 今でも、自分の周りに誰のものとも知らない目玉が大量に自分を見ているような気がした。


 名声を上げ、いつしか魔導王と謳われたときには、そうした視線が数え切れないほど多く絡まっていた。


 奇異、嫌悪、期待だけでは飽き足らず、利用しようと謀る目、品定めしようと覗く目。

 一挙手一投足を嘗め回すような目ばかりだった。


 それは重圧であり、不快だった。

 彼はただ、一人の少女を守るために戦っていただけなのに。 力を持つことを知られれば、あの不愉快に呑まれるのは自明だ。



「俺が訓練してること、黙っててくれないか」

「誰が言うものですか。 飯が不味くなるだけじゃないですか」

「アンタやっぱおれのこと嫌いだろ」



 彼女とハヤトは、ずっと悪友のようなものだった。

 互いに不敵に笑う。


 そのときだった。 突然、街が騒がしく悲鳴を上げ始めた。



『緊急警報!! 緊急警報!! 『不干渉毒野』に歪みを確認!! Aランク『トウカツ』発生の予兆あり!! 現界予想場所は奥多摩ニューシティG―23!!』



 冥花が眉をひそめる。

 ハヤトもまた、その違和感に気づいた。



「Aランクが自然発生する頻度って、一年に一回程度って話だったよな?」

「ええ。 以前Aランクが現れたのは……三ヶ月前です。 やはり、あなたの勘は当たっているようですね」



 作為を感じる。

 キュクレシアスが使ったあの装置か?


 そうなれば、この襲来はCODE:Iの仕業ということになるが……。



「CODE:Iの仕業だとしても、妙ですね。 G―23地区といえば、クレーター西側の外れにあるただの住宅街……そんな場所を襲わせるのは……」



 冥花は目を閉じて思考に浸る。 サイレンがけたたましく鳴り響き、空に赤いオーロラがかかった。

 少しして、冥花は瞼を開いた。



「陽動か」



 ハヤトの携帯が鳴る。 すぐに応えて耳元に手を当てる。

 セナだった。 息が荒い。



『ハヤト、どうしよう……!! ユミが行くって言ってた場所、G―23地区なの……! 電話が繋がらないよ……!! あの子正義感が強いから良からぬことしようとしてるんじゃ……!』



 ユミとは、セナのアイドルグループの一人だ。



「分かった。 俺が安全な場所まで連れてく。 セナは避難してろ。 ……心配すんな、ユミは必ず助けっから」

「……市民の救助、避難誘導、そして『トウカツ』の討伐はFNDの仕事ですよ」



 駆け出そうとしたハヤトを冥花が制する。

 しかし、ハヤトは鼻で笑って言い返した。



「文句言える立場かよ。 アンタも、今すぐにでもどっか行こうって顔してるぜ」

「…………あなたが死ななければ、尻拭いはしましょう。 くれぐれも、FNDに迷惑はかけないように……お互いにね。 何だか、嫌な予感がします」



 冥花とハヤトは、同時に走り出した。

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