第73話『二つに裂けそうな体 その2』
「……そっかー。小波っちも早乙女も大変だよなー」
事情を聞き終わったミミアは腕を枕にして星空を見上げている。
その目は真剣だった。
羽搏 ミミアのギャル属性は、家庭的で優しく芯のある彼女をギャップで際立たせるためにあるようなものだ。
二人の少女は、蒼の言葉に耳を傾ける。
「彼女を目指し始めたときは、何があっても諦めるつもりはなかった。如月はルイに振り向かない。だから俺が幸せにする。如月に向く想いを、絶対に自分に振り返らせてみせる、そういう気概で生きてきた」
「朱莉が言ってたよ。うちの兄はすげーんだって」
「でも。絶対に諦めるつもりはないと思ってた気持ちも、彼女のあまりに辛そうな涙を、前にしたら……どうしようもなくなっちゃって」
涙が絡み、声がかすれる。
ホテルの一室での出来事を思い出し、胸の奥が切ない悲鳴を上げた。
「俺の気持ちが、彼女を苦しめるんだ……だから、この気持ちは捨てなきゃいけない……ルイの片思いをそのままにはしておきたくなんかない……けど……!!」
セナと目が合う。
涙が一滴ズボンに落ちた。セナが小さく頷きながら口元を緩める。
背中を撫でるような笑顔に、蒼は感謝を込めて頷き返した。
ミミアは今一度「そっかー」と夜空に向かって相槌を打つ。
優しい声だった。
「いっそのこと、ルイのことが好きじゃなくなれるならよかった……でも……あの日、一番じゃない俺のためにあれだけ悲しそうに泣いていた彼女のことが…………もっと……好きになっちゃったんだ」
「アイツ、なんだかんだめっちゃ優しい奴だもんなー……」
「だから……諦めなきゃいけないんだ、きっと。信じるしかない。俺の見えない場所で、ルイが幸せを掴むのを」
あまりに大きく膨れ上がった気持ちは、そう易々と捨てられるものではない。
忘れようとすればするほどに、幸せだった思いが棘となって心の中を掻き毟るのだ。
こみ上げた想いが今一度涙として零れ落ちる。
「アタシは、小波っちには諦めないでいてほしいなー」
メインキャラであるセナとミミア。
彼女たちが真剣に蒼に向き合ってくれているのが、心強かった。
「自分の話になっちゃうけど、アタシもさー、自分の恋路がキツイ戦いだなーって思うわけよ。全っ然振り返ってくんないし、何か好きな人いるっぽいしさー」
うんうんと頷くセナ。微笑ましい。
「でも、アタシも小波っちと一緒で諦めたくないのよ。たとえ、それが相手を傷つけちゃってもさ。そりゃ、落ち込むし、責任を感じるかも知れないけど」
「どうして、そう思えるの?」
蒼は振り返ってミミアの目を見つめる。彼女の桃色の瞳は空を見上げ、何かを思い返しているようだ。
「アタシがてきとーな人間だからかもしんないけど、恋愛とか、家族との愛って、上手くいくことばっかりじゃないじゃん? お互いが好きであってもさ。でも、そのたびに切り捨てちゃったら、もったいないよ。もしかしたら、苦しみを越えた先に、掴める幸せがあるかもしれないし」
私もそう思うよ、とセナがミミアの言葉を繋ぐ。
「好きっていう気持ちが相手を傷つけてしまうこともあると思うけど、その好きって気持ちが相手を救うことだって、たくさんあるはずだから。アオくんが、今までルイルイにしてきたように」
星空を見上げる。
都会の光に負けて、多くの星が見えるというわけではない。
しかし、確かに煌く星々が、そこで笑っていた。
「それに、愛を捨てるなんてこと、残酷すぎるよ。愛はどこにでもあるけど、一番特別な感情だから。私には、できない。あれだけルイルイを愛してたアオくんだったら、なおさら。アオくんが壊れちゃうよ」
「そうだよー。はぁ、小波っちの好きな相手がアタシだったらな~」
ミミアが体勢を崩して冗談交じりにそんなことを言っていた。
セナが蒼を見て笑う。
「私も。アオくんにあんなに愛されたら、コロッと鞍替えしちゃうかな~」
「……あれだけファンに愛されてる鳳条さんに言われても、説得力がないよ」
頬に人差し指を当ててあざとく笑うセナ。
つられて、蒼も少し表情を緩めた。
この少女たちに触れ合って、改めて、彼女たちが魅力的な人間だと思う。
まだ、どうしていいかは分からなかった。見上げた星空は、背中を押すようにキラキラと輝いていた。
結局、その日はミミアに連れられて朝までカラオケに付き合わされた。
セナが恋愛系の歌ばかり歌うので、そのたびに蒼はぼろぼろと泣いてしまうのであった。
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