第63話『兄妹として、女として その1』
元々、花咲くには遠い恋路だった。
彼を好きになったのは、自分ではない誰かのために、恵まれない場所からでも這い上がろうとするその姿勢が、その覚悟が、美しかったから。
自分ではない誰かのことを、必死に追い求める彼に魅かれてしまったから。
でも……だからこそ、だろうか。
彼には、必死で走った道の先で笑っていて欲しかったという気持ちもあった。
なのに――何故、彼は今泣いているんだ。
こんなにも、悲しそうに。
☆
ふつふつと湧き上がる怒り。
これほどまでに衝動的になるのは、いつ以来だろうか。
獣が心の中で牙を剥こうとしている。傘を避けて肌に落ちた水が沸騰しているような錯覚すら覚える。
とにかく、ボロボロになって泣き崩れる蒼を見ていると、いても立ってもいられなかった。
「ちょ、朱莉、どこ行くの?」
大股で歩く朱莉を、ミミアが追いかける。
女子寮に入り、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
廊下で出て、ずんずんと進んだ。
廊下の先に、洒落たワンピースを着込んだ少女がいる。トップアイドルの鳳条 セナに支えられている、金髪の少女。
彼女めがけて、朱莉は歩く。
「早乙女 ルイ!!」
金髪の少女が朱莉の怒号に振り返る。
事態の深刻さに気づいたミミアが慌てて止めに入ろうとする。
「おい朱莉!! ダメだよ!!」
だが、当然間に合わなかった。朱莉の手が、ルイの頬を弾いた。
乾いた音が響き、セナがあっと声を上げる。
胸倉を掴もうとした朱莉に遅れてミミアが追いつき、脇の下に腕を入れ込んで朱莉を引き剥がす。
セナが鋭い声を放ち、ルイを庇うように前に出る。
「いきなり何するの!」
「そうだよ!! 落ち着けって!!」
「早乙女 ルイ!! どうして!!」
朱莉は歯をむき出しにしてルイへと食って掛かる。
ルイは頬を押さえながら感情を高ぶらせることなく朱莉を見つめた。
「どうして蒼を受け入れないの!!」
寮長が異変に気づき、大声を上げて朱莉を押さえにかかる。二人がかりで押さえられながらも、朱莉はルイへと手を伸ばした。
「どうして!! あなたのことをあれだけ愛しているのに!!」
「小波!! 何してる!! 落ち着け!!」
寮長ががなるが、朱莉は止まらない。
「あなたのために、どれだけの努力をして、どれだけ多くのものを捨てたと思ってるの!」
蒼の必死の努力を、朱莉は側でずっと見続けていた。
どこかにいる想い人のことを考えて笑っていた蒼。
ルイと一緒に帰る時間を思い返して、子どものようにはしゃぐ蒼。
彼がどれだけ苦労してそこまでたどり着いたのかを知っていた朱莉は、自身への向かい風であることを理解しながら、彼のそんな笑顔を愛しく思った。
それを、彼のそんな実直で純粋な思いを、拒絶したルイが許せない――!!
「ふざけるな!! 蒼に愛されて、喜んでたくせに!」
涙ながらに叫ぶ朱莉。
「なんで! あれだけ真摯に、あれだけまっすぐあなたを愛した蒼が、あんなへらへらした男に負けなきゃいけないの!!」
「か、彼のことを悪く言わないで……!!」
「そうだよ! 人のこと悪く言うなんて朱莉らしくないって!!」
ルイも目じりに涙を溜めながら反駁する。
……結局、騒ぎを聞きつけた蒼が止めに入るまで、朱莉は暴れ続けた。
ただ、どうしても、許せなかったのだ。
蒼を愛する、家族として。自分の気持ちを隠して蒼を愛し続けた、一人の女として。
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