♯8 白河さんはやっぱり値下げされたい

「……白河さん」

「す、すいません……。こんなこと言われても困っちゃいますよね」


 白河さんが顔を伏せてしまった。


「……白河さんちょっといい?」

「は、はい?」


 白河さんを連れて、バックヤードから売り場に出た。


「おー、今日も値下げバッチリだね」

「あ、ありがとうございます」

「白河さんがちゃんと適性のタイミングで値下げしてくれてるからだよ」

「は、はぁ」


 白河さんが少し困惑した顔を見せていた。


「値下げって難しくてさ、売れないやつはどんなに安くしても売れないし、魅力的な商品は少し値下げしたりするとすぐ売れちゃうんだよね」


 白河さんが俺の言葉に一生懸命頷いていた。


「値下げしなくても売れるのが一番なんだけどね。作業的にもラクだし」


 二人で値下げされた売り場をぐるぐる見ながらそんな仕事の話をする。


「……だから白河さん。これだけはちゃんと言っておきたかったんだけど、あんまり自分を安売りするような発言しちゃダメだよ」 

「えっ?」

「白河さんは値下げしなくても売れる商品なんだから。ってあれ? 白河さんのこと商品って言い方良くないよね」

「け、けど自分で言ってしまってるので……」


 俺に話をふられて白河さんがあたふたしてしまっていた。

 その様子に少し笑ってしまった。


「これからも白河さんのこと知りたいからもうちょっとだけ時間くれない?」

「……えっ?」

「こういうことはちゃんとしたいんだ」

「……」

「それまで値下げしないで待っててくれる? ってこういう言い方はずるいか……」

「……わ、分かりました!」

「ありがとう」

「チーフがゴーサインだしてくれたらすぐ値下げしますので……」

「すぐ値下げしたがるんだから」

「だって早く買ってほしいんですもん……」


 白河さんがはにかみながらクスリと笑っていた。




※※※




 売り場から作業場に戻ってきた。


「……チーフ、それでそのお手紙はどうするんですか?」

「うーん」

「どうするんですかっ!?」

「そ、そんなに気になる……?」

「当然です!!」


 白河さんから大きな声が出ていた。


「とりあえず貰ったからにはちゃんとしないといけないなぁとは思ってるけど……」

「やっぱりラブレターだったんですね!」

「げぇ!? ハメられた気がする!」

「チーフは誰にでも優しいんですから!」


 その日は白河さんからの追及の手が休まることはなかった。




※※※




次の日



 今日もいつも通り白河さんと作業場に残っていた。

 白河さんは今、作業場の片付けをしている。


「鮮魚のチーフいるー?」

「あれ? 青果の親方おやかたじゃないですか」

「だから親方おやかたって言い方やめろって」

「今日もどうしたんですか?」

「いや、ちょっと雑談をしに」


 ……タイミングが悪すぎる。

 絶対に話だと思うが、白河さんも今まさに同じ作業場にいるので非常に話しづらい。


「メタメタにフッたんだって?」

「言い方……」

「だってその子、今日は目を真っ赤に腫らしてたから」

「それに関しては本当に申し訳ないと思ってますけど……。それにメタメタにしてません」

「……で、誰なの?」


 青果のチーフがニヤニヤして俺の肩を組んできた。


「……なんのことでしょうか?」

「だって、あの鮮魚のチーフが“気になる子がいる”って! ビックニュースじゃん!」

「全部筒抜けじゃないですか!!」


 近くで作業をしていた白河さんの手がピタっと止まる。


「だって社員の俺たちなんて店でしか出会いないだろ? ってことは店の誰かだろ?」

「あーあー! 本当にみんなそういう話好きなんですから!」

「いいからいいから、裏でコーヒーでも飲みながら話しようぜ」


 ……めんどくさいが、とりあえず付き合うしかなさそうだった。


「白河さーーん、いつも通り値下げしといてね!」


「分かりました!!」


 白河さんのとびっきり元気な声が聞こえてきた。

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