♯6 白河さん、安売り厳禁

デート当日



「チーフおはようございます!」

「おはよう白河さん」


 店とは少し離れた場所で白河さんと待ち合わせをしていた。

 離れた場所にしたのはもちろん店の人たちに見つからないようにするためだ。


「じゃあクルマ乗って」

「……す、すいませんじゃあ失礼します」


 緊張した様子で、白河さんは俺のクルマの助手席に乗った。


「あ、あははは……何だか店の外で会うと緊張しちゃいますね……」

「大丈夫だよ。今日は俺も緊張してるから」

「チーフもそうなんですか?」

「そりゃそうだよ。女の子とデートなんだからドキドキだよ」

「ち、チーフはてっきりそういうの慣れてるのかと……」

「慣れてない慣れてない!」


 アクセルを踏み市場に向かうことにする。

 ここからそれなりに距離があるので、しばらくはドライブを楽しむことになる。


「……服、店ではいつもエプロンだから何だか新鮮だね」

「昨日寝る前に一生懸命服を選んだんですが中々いいのがなくて……。私、おしゃれとかには疎いものでチーフにがっかりされたらどうしようかと……」

「そんなんでがっかりしたりしないって。ってかバイト代何に使ってるの? 白河さんシフトがっつり入ってるから結構稼いでるよね?」

「全部貯金してます……」

「ま、真面目だなぁ……」

「……」

「……」


 ぎこちない会話が続いてしまう。

 白河さんも俺とコミュニケーションを取ろうと頑張っている様子だった。


「……ふぅ」

「どうしたんですか?」

「ちょっとコンビニ寄っていい?」

「はい、全然大丈夫です!」


 少しクルマを走らせると、すぐコンビニが見えてきたので一旦そこに寄ることにした。


「白河さん降りれる?」

「えっ? 私、特に買い物は……」

「いいからいいから」


 そう言って、おしゃれな服を着ている白河さんとコンビニに入る。


「俺このコーヒー好きなんだ。朝に飲むとスカッとしてさ」


 飲料コーナーの棚を白河さんと眺める。


「ふふっ、チーフってコーヒー好きですもんね」

「そうなんだよねぇ、飲まないと一日始まらないって感じしてさ!」

「チーフ、夕方もいつも決まった時間に飲んでますよ」

「そうだっけ?」

「はい、そうです」

「よく見てるなぁ」


 そう言って、俺はコーヒーを手に取る。


「白河さんはどれ飲む?」

「あっ、じゃあ私も同じやつ……」

「今日は気を遣わなくていいから。白河さん実はあんまりコーヒー得意じゃないでしょう?」

「な、なんでそれを……」

「いつも作業場の用意してあるコーヒーあんまり飲まないからさ。いつもごめんね、あれ部門員みんなと同じやつだからさ」

「い、いえ……」


 白河さんは少しだけ悩んだ後、結局俺と同じコーヒーを手に取った。


「もー、今日はそうじゃなくていいって言ったのに」

「い、いえ今日はこれがいいんです」

「……そうなの?」

「そうなんです。ふふっ」


 白河さんがニコニコ笑っていた。




※※※




「白河さん、とりあえず今日は俺に気を遣うのナシだからね!」

「分かってますって! それさっきも聞きましたよ」


 コンビニを寄ってから少しだけお互いの固さがなくなってきた気がする。


「コンビニの商品って値下げとかってしてないですよね?」

「あーあれは本部とかの関係らしいね、現場の人間はロスが出て大変らしいよ」

「チーフ、いつも捨てるよりは安く売っちゃったほういいって言ってますもんね」

「本当は、値下げしないで売れるのが一番なんだけどね。スーパーでそれやろうとすると欠品気味の売り場になっちゃって難しいんだよねぇ」

「そうなんですか?」

「値下げがないってことは、逆に言えば売り場の商品が欠品してるってことだからね。そうなるとどんどん売り上げのほうが下がっていっちゃうってわけ」

「奥が深いです……」

「……だから、白河さんもあんまりすぐ安売りしちゃダメだよ?」

「そ、それは……」


 白河さんが恥ずかしそうにして、顔を伏せてしまった。


「値下げしなくても売れるやつを値下げして売ったらもったいないから。安売厳禁だよ」

「……チーフってもしかして意地悪さんですか?」

「あははは。ごめんごめん、ほら市場が見えてきたよ」

「あっ! 本当だ! わーー!」


 白河さんが楽しそうに声をあげていた。




※※※




「なんだか市場ってすごい活気ですね」

「だねー」

「ここからスーパーにお魚が届くんですよね?」

「大体、バイヤーがここで買付けて、各支店に商品を分荷していくって感じかなぁ。売れないやつとかも送り付けくるからそういうのはいつも白河さんにすぐ値下げしてもらってるね」

「売れないやつも送られてくるんですか?」

「そりゃもう。バイヤーも付き合いとかあるから大変なのかもしれないけど」


 白河さんと仕事の話をしながら市場を見学する。

 売り場には声出しのおじさんがいっぱいいてうるさいくらいだった。


「白河さんメシ食おうよ。朝まだでしょ?」

「は、はい!」

「折角、市場に来たから海鮮丼とかでいい?」

「もちろんです!」


 お腹が空いたので近くにある市場の食堂に入ることにした。



ガラララッ



「いらっしゃいませー!」


 食堂の店員さんが俺たちを席に案内する。


「う、うわー……。高そうなお店です」

「ただの市場のお店だから気にしなくていいって。お金は俺が出すから」

「で、でも!」

「こういうときは男が払うから」


 白河さんにメニュー表を渡す。


「な、なんだか恐縮です……」

「なんでもいいからね」

「……チーフは何にするんですか?」

「せっかくだから特選海鮮丼にしようかなぁ」

「じゃ、じゃあ私もそれで!」

「何でも真似するじゃん!」

「だ、だって折角のデートなのでチーフと同じやつがいいなぁと……」

「……」


 白河さんが恥ずかしそうにぼそぼそっとそんなことを言ってきた。

 正直、白河さんが段々可愛く見えてきてしまっている。


 ……とりあえず、特選海鮮丼を2つ店員さんに頼んだ。


「……チーフってお休みの日はいつも何してるんですか?」

「それ聞いちゃう?」

「聞きたいです」

「……外に出ない」

「えっ?」

「休みの日はずっと引きこもってたいから、前の日に食料とか多めに買ってなるべく外に出ないようにしてる……」

「意外です!」

「休みの日は何もしたくないじゃん。そういう白河さんは何してるの?」

「……わ、私も基本は外に出ないで本を読んだりですが」

「一緒じゃんか!」

「け、けど! ちゃんとお散歩に出たりとかはしますよ! 犬のですが……」

「俺も引きこもり解消のために犬でも飼おうかなぁ……」


 そんな他愛のない会話をしながら、海鮮丼がくるのを二人で待っていた。

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