♯5 白河さんは値下げ前が見たい
「……それってデートってこと?」
「そ、そう取っていただいてもかまいません……」
……。
……困ったなぁ。
白河さんのこの様子だと相当勇気を振り絞って言ってきてくれたのだろう。
それをないがしろにしたくないという気持ちもあるのだが、何せ貴重な休日をわざわざ出かけたくないという気持ちも強かった。
「ち、チーフ……」
「……いいよ。白河さんはどこか行きたいところあるの?」
「!!!」
白河さんの表情が一瞬でパーーーっと明るくなった。
喜んでくれてるのが手に取るように分かる。
普通に休みたかったのも本音だったのだが、白河さんの好意を無下にするのも可哀想だったのでこの誘いを快諾することにした。
よく考えたら職場の白河さんしか知らないので、これは良い機会なのかもしれない。
……それにこの前はどこかあやふやになってしまったが、いつかはちゃんと白河さんに答えを出してあげないといけないなとも思う。
「わ、私、お魚が見たいです……!」
「お魚かぁ。水族館ってどこかあったかな」
「ち、違くて!」
「へ?」
「私、
あまりにも予想外のデート先の提案だった。
ふ、普通はお魚見たいって言われたら水族館思い浮かぶよなぁ……。
白河さんって俺が思っているよりもずっと変わっている子なのかもしれない。
※※※
次の日
「あれ? 来月の休みって、チーフと白河さん一緒のところあるんだね」
「そうですね」
出来上がったシフトの紙を部門の人たちに配り終わったところだった。
山上さんが何かを探るように俺に声をかけてくる。
「お土産よろしくねチーフ」
「……」
こういうときは何も言わないのがいい。
沈黙は金、雄弁は銀なのである。
「おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」
山上さんとそんな話をしていたら白河さんがいつもより元気よく出勤してきた。
「あらら、今日の白河ちゃんは元気いっぱいだね。何か良いことあったのかい」
「はい! とっても良いことありました!」
……気まずい。
悪いことしていないはずなのに何故か気まずい。
「白河さん、これ来月のシフト表」
なるべく平静を装って、白河さんにシフト表の紙を渡した。
「ありがとうございます!」
白河さんが目をキラキラに輝かせてシフト表を眺めている。
「ふふふっ、珍しい子だね。そんなに楽しそうにシフト表を眺めるなんて」
「そ、そうでしょうか!?」
山上さんが白河さんのことをからかっていた。
※※※
「白河さん、売り場の値下げは大丈夫?」
「はい! 終わりました!」
白河さんの作業の動きがいつもより断然いい。
普段も別に動きは悪くはないのだが、今日は目に見えて張り切っているのが分かる。
「白河さんそこにコーヒー置いてあるから飲みながらやってよ。今日はそんなに忙しくないから」
「はい! いつもありがとうございます!」
たった一日のデートの約束だけで白河さんから幸せオーラが溢れ出ている。
こっちとしては当然気分は悪くないのだが、その分白河さんのことをがっかりさせないかというプレッシャーもあるわけで……。
「……白河さん本当にいいの? せっかくのデートが
「いいんです! いつも値下げしてるお魚が元はどんなところで売られてるのか気になっていって!」
「真面目だなぁ……」
俺なんて休みの日はなるべく仕事で関わってるものはシャットアウトしたいというのに。
「
「全然大丈夫です!」
何を聞いても元気いっぱいに白河さんから返事が返ってくる。
「そんなに楽しみにされると心配だなぁ……」
「何がですか?」
「
「うーん。生臭いのはここで慣れてますし、元気なおじさんもここで慣れてますので」
「そっか。じゃあ良かった」
本当にデートの相手が俺なんかでいいの? と続けて白河さんに言いそうになってなんとかぐっと
「私、そこは大丈夫なんですが、デートをしてチーフに私のことがっかりされないかだけが心配です」
どうやら白河さんも俺と同じようなことを考えていたようだった。
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