♯4 白河さんはシフトを合わせたい
それから数日が過ぎた。
その後も白河さんは変わらずに出勤し、いつもと同じ調子で仕事をしている。
こうも変わらないと、俺だけがアルバイトの白河さんを意識してしまっているみたいで少しだけ恥ずかしくなってくる。
「ではチーフ、値下げに行ってきます」
「よろしく。午前中に出したやつは半額にしちゃっていいから」
「分かりました」
ガラガラと値下げの機械を持って白河さんが売り場に向かった。
「チーフ最近元気なくない?」
白河さんが売り場に行くと、刺身担当の山上さんが俺に声をかけてきた。
いつもと同じようで少しだけ違う雰囲気が流れているのを山上さんは見逃さない。
「全然そんなことないですよ?」
「そうかい? 私の気のせいならいいのだけど、何か悩んでいるのかなって」
鮮魚部門のお
そんな山上さんに全てを正直に話すほど俺も馬鹿ではない。
そんなことをしたら、一瞬で店全体にその噂が広まってしまう。
「チーフ、フラれでもしたのかい?」
「まさか」
「じゃあ告白でもされた?」
「……まさか」
「ふーん……」
山上さんが独り言をぶつくさと言い始めた。
「まさか白河ちゃんとチーフが……」
「……」
どこをどう嗅ぎ取ったのか分からないが山上さんが俺たちの関係を疑い始めていた。
「……ちょっとちょっと山上さん。白河さんはアルバイトなんでそういう噂やめてくださいよ」
「あははは! 私くらいのおばさんになるとこういう話くらいしか楽しみがないもんでねぇ」
「まぁそういう話が楽しいのは分かりますけど……」
毎日、同じメンツで顔を合わせてるとそういう話が楽しくなるという気持ちは分かる。だが、その好奇の眼差しの標的にされている側は気分がいいものではないと思う。
「山上さん、別に俺のことはいくら言ってもいいですけど白河さんのことは勘弁してあげてくださいよ、可哀想だし」
「……」
俺がそう言うと、山上さんが珍しいものでも見たような顔をして驚いていた。
「えっ、なんですかその反応」
「いや、若いのに正義感あるんだなぁと思ってさ」
「やめてくださいよ、全然そんなんじゃありませんって」
「チーフがモテる理由分かった気がするよ」
「それは初めて聞いた……」
「そうかい? 青果部門の若い子もチーフのこと良いって言ってるみたいだよ」
山上さんが俺のことをいじり始めてしまった。
「あっ、そんなことよりも山上さん! 来月のシフトの休みの希望日、今日までなんでお願いしますね」
「私は来月は予定がないからチーフにお任せでいいよ」
「分かりました」
「5連勤はやめてね」
「……善処します」
そう言って、山上さんは本日の作業を終えてバックヤードをあとにした。
※※※
「値下げ終わりました」
「お疲れさま、じゃああとはいつも通り片付けお願いね」
「分かりました」
表情を変えることなく淡々と仕事をこなしていく白河さん。
この前の話をこっちから掘り起こすのもおかしいし、できるだけ自然に接するようにしないと。
けど、あんなことがあった後だと、無意識とはいえ意識しちゃうんだよなぁ……。
「チーフ、値下げのラべルがなくなってしまったんですが……」
「あれ? うちのもうなくなっちゃったんだっけ。しまったなぁ、庶務の人に発注お願いしとかないと」
「すいません、私がもっと早く言えば」
「白河さんは全然悪くないって、ちょっと青果にラベル余ってないか聞いてくるよ」
「せ、青果はダメです!!」
白河さんが急に大きな声を出していた。
急な大声に思わずびっくりしてしまう。
「……え?」
「せ、青果はダメですぅ……」
自分でもそんな声がでるとは思ってなかったのか、恥ずかしそうに白河さんの声がどんどん小さくなっていってしまった。
「……なんで?」
「せ、青果にはラベルはない気がします……」
「そう? じゃあ精肉に聞いてこようかな」
「そ、それが良いと思います!」
「ふーん? じゃあちょっと聞いてくるね」
「はい!」
何故か白河さんがほっとした様子を見せていた。
※※※
「あっ、白河さん。シフト今日までだから休みの希望日出しておいてね」
「……分かりました」
白河さんがバックヤードの片付けをしながら何かを悩んでいる様子だった。
「……ちなみにチーフはお休みいつなんですか?」
「俺? 俺は皆の決めたあとに空いたところに入れるだけだから」
「そ、そうですか……」
白河さんが何かを言いたそうにもじもじしている。
「どうしたの?」
「い、いえ特には……」
特には言う割には白河さんはこの場から離れようとしない。
「言いたいことがあるならちゃんと聞くから大丈夫だよ」
「す、すいません……。あ、あの」
すぅーと白河さんが深呼吸をした。
「ち、チーフ! 私とお休み合わせてどこかにお出かけしませんか?」
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