♯3 白河さんは売り切れない
「……えっ?」
「も、もしチーフが良ければなんですが……」
「そ、それって告白ってことで受け取っていいの?」
「……はい」
なんだか凄い告白をされてしまった気がする……。
「……とりあえず、今は仕事中だから値下げを先にお願いしていい?」
「わ、分かりました! すいませんっ!」
バタバタと早足で白河さんが売り場に向かっていった。
びっくりしたぁ……。
まさか、就業中に告白されるなんて思ってもいなかった。
しかも年齢が離れているあの白河さんに……。
……困った。
正直、白河さんのことをそんな風な目で見たときがなかったので本当に困った。
ピッ
ピッ
ガララララッ
そんなことをしばらく考えていたら、白河さんが売り場からバックヤードに戻ってきた。
※※※
「……戻りました」
「お疲れさま」
「そ、それでさっきの話なんですが……」
「気持ちはすごく嬉しいんだけどさ」
「あ、あの! チーフが買ってくれるなら70%とは言わないので! 80%でも90%でも! 10円でもいいので!」
「待って待って! 安い! 安すぎるって! 白河さんなら元値でもそのまま売れるから!」
あの白河さんから飛び出したとは思えない衝撃発言だった。
「じゃあ何円なら買ってくれますか……?」
「……あのね白河さん。俺のこと良いって言ってくれてるのはすごく嬉しいんだけど」
「……っ!」
白河さんが期待と不安交じりの表情でこちらを見つめている。
その純粋な目を曇らせたくなくて、思わず声が詰まってしまった。
「……俺、多分白河さんが思っているような男じゃないよ。仕事だからしっかりしないとっていつも気張ってるだけだし」
「じゃ、じゃあチーフのこともっと教えてください……」
「うーん……」
「……やっぱり私じゃダメですか?」
白河さんは自分の気持ちを俺に伝えてきてくれた。
その輝きが眩しいくらいだった。
この仕事をやってからは、こういう真っすぐな気持ちになることはなかったなぁ。
できるだけ波風を立てないように、うまくうまく立ち回ろうとして……。
今の俺にできることは、この子にできるだけ誠実に接することだけだった。
「ごめんね、今まで白河さんのことそういう風に見たときがなかったから今すごくびっくりしてる」
「すいません……」
「気持ちは本当に本当に嬉しいんだけど」
「……」
白河さんの目にはこれから俺に言われることを予測して、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「……ごめんね、白河さんと付き合えないと思う」
「……」
「俺は大人だし、白河さんは未成年だから……」
「……」
少しの時間だが沈黙が続いた。
時間にして2分もなかったと思うが、随分長い時間に感じてしまった。
「……私は」
その沈黙を破り、白河さんが声をかすれさせながら精一杯の声でこう言ってきた。
「……わ、私はチーフに買ってほしいって言ったんです」
「えっ!?」
「つ、付き合ってなんて言ってません……ぐすっ」
「えっえっ?」
つまり……どういうこと!?
予想外の白河さんの反応にこちらが混乱してくる。
「だから、そんなこと言われても諦めませんから。ぐすっ」
「ご、ごめん。俺が馬鹿でよく分からなくなってるんだけど……」
「売り切るまで頑張るって言ったんです!!」
白河さんから聞いた時のないような大きな声が飛んできた!
「い、いつも言ってるのはチーフですからね! 商品を売り切るまで一緒に頑張ろうって言ってるのは!」
「け、けど白河さんは商品じゃないでしょ?」
「そんなことはどうでもいいんですっ!」
白河さんの真っ白な肌が赤く染まりかけていた。
アルバイトの子に生まれて初めて怒られてしまった。
「私、明日からまたお仕事頑張りますから! ぐすっ」
「そ、そうしてもらえるとすごく助かるけど……」
テーテーテテー
テーテーテテー
白河さんとそんな話をしていたら閉店時間を知らせるホタルの光が店内に流れた。
「あっ……白河さん。そろそろあがらないと」
「……はい。ぐすっ……」
白河さんが帰り支度を整えて、バックヤードをあとにする。
「チーフ! 私、明日からまたお仕事頑張りますから!」
「う、うん。ありがとう」
「それではお先に失礼します!」
白河さんが目に涙をためてそのまま休憩室にある女子更衣室に向かっていった。
わ、分からない……。
最近の若い子の表現方法が全然分からない。
けど……。
けれど……。
白河さんに好意を伝えられて心が弾んでしまったのも間違いなかった。
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