♯2 白河さんは値下げしてほしい
「へっ? どういうこと?」
「で、ですから50%引きでお買い得で……」
「白河さんが50%引きになったらすぐ売れちゃうよ……?」
「で、ですから」
「あっ、それともさっきの値下げ間違えちゃった?」
白河さんがしどろもどろになってしまっていた。
ミスなんて誰にでもあるからそんなに気にしなくていいのに。
冗談を言うような子じゃないので、最初は自分を50%引きと言い出したのかとびっくりしてしまった。
「……っ! そ、そうなんです! ちょっと急いで直してきます!」
ガラララッ!
白河さんが急いで売り場に出て行ってしまった。
それと同時に刺身担当の山上さんが売り場からバックヤードに戻ってきた。
「どうしたの? 白河ちゃんすごい勢いで出てったけど」
「値下げ間違えちゃったみたいです」
「あらまぁ」
「珍しいですね、あんまりミスがない子なのに」
「まぁ、白河ちゃんにだってそういうときあるわよ。チーフはそういうので怒らないからいいわよね」
「えー、怒っても仕方ないじゃないですか」
「前のチーフはミスすると凄く怒ってたわよ」
「げぇー」
刺身担当の山上さんとそんな話をしながら、白河さんの作業をバックヤードから眺めていた。
※※※
「……チーフすいませんでした」
白河さんが戻ってきた。
「大丈夫大丈夫、今日は作業的に余裕だから休みながらやってよ」
「……はい」
白河さんに片付けなどは任せて、自分はパソコンで発注の仕事をすることにする。
「……チーフ、山上さんは帰ったんですか?」
「さっきあがったよ。何かあった?」
「……いえ特に」
白河さんが水きりで床のゴミを集める。
部門の人たちは自分の作業が終わったら帰ってしまうので、最終的にはいつも俺と白河さんの二人が作業場に残ることになる。
「あっ、そこにコーヒー買っておいたからあとで飲んでね」
「……いつもありがとうございます」
カタカタとパソコンのキーを叩く。
「……チーフは彼女いないんですか?」
「え? さっきの山上さんの話の続き?」
「……えぇ、まぁ」
「いないよ、こんな仕事やってたら彼女に申し訳ないって。自分の時間なんてほとんどできないし」
「……」
「だから、スーパーって総菜の子たちみたいに職場恋愛が多くなっちゃうんだよねぇ」
「……そうなんですか?」
「そうそう」
「……チーフ的には職場恋愛ってありなんですか?」
「んーー?」
座っていたイスの背もたれにぐぐっと体重をかける。
「まぁ、同じ職場ならお互いの理解あるだろうからいいかも?」
「そ、そうですか!」
「……でもなぁ。山上さんみたいな人に噂されるのめんどくさいなぁ」
「そ、そうですか……」
「噂されるの嫌だから隠しながら付き合うのって面白いかもね」
「そうですよね!!」
珍しく白河さんが大きな声をあげていた。
思わずその様子に笑ってしまった。
「やっぱり白河さんも女の子だね。そういう話に興味あるんだ」
「え、えぇ……まぁ」
「何かあったらシフト調整するから言ってよ。白河さんは青春が本業なんだし」
「い、いえ……」
俺がそう言うと白河さんはまたそそくさと作業に戻ってしまった。
大人しい印象を受ける白河さんだが、決して不愛想なわけではない。
話しかければ反応をしてくれるし、表情だって豊かなほうだ。
持ち前の素直さもあって、仕事を教えるとぐんぐんと吸収していく。
……ここだけの話、頭の凝り固まったベテランの人たちよりチーフとしてはよっぽど作業の指示がしやすい子だった。
「あっ、白河さんそろそろ値下げ第二弾いこうかー」
「はい」
「午前中に出した商品はもう70%引きにしていいからね」
「分かりました」
俺がそういうと白河さん真剣な顔でおずおずと俺の近くにやってきた。
「……チーフ」
「あれ? どうしたの?」
「あ、あの。もしチーフさえ良ければ70%引きでもいいので……」
「70%引き?」
「で、ですから!」
「うん」
「ち、チーフに私のこと買ってほしいんです!」
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