【短編版】スーパー店員の白河さんは値下げシールをよく間違える
丸焦ししゃも
♯1 白河さんは値下げシールを間違える
「白河さーん、そろそろ値下げの時間だから行ってきてー」
「分かりました」
俺は、地方では有名なスーパーマーケットの正社員だ。
部門は鮮魚部門。
たまに仕事にやりがいを感じることはあるが、基本的にスーパーマーケットの正社員なんてものになるもんじゃない!
朝は仕込みで早く、夜は伝票の打ち込みなどがあるので中々帰ることができない。
給料だって安いし、休日は普通の人が休めるときに休めない。
まとまった連休が取れるわけではないので、いつだって休みの日はくたくただ。
そんな俺がプライベートの趣味や恋愛に時間を割けるわけもなく、毎日が職場と家の往復だけになってしまっている。
「チーフ聞いたー? 総菜の若い子とレジの子が付き合ってるんだって」
「それ、この前も聞きましたよ」
噂好きのこの女性は鮮魚部門のお刺身担当の
ずっとここで働いている大ベテランで年齢は60前らしい。
「チーフはそういう話はないの? 私はチーフのことは顔も気立てもいいから優良物件だと思ってるんだけどねぇ」
「あはははは、そう思っていただけてありがとうございます」
「私がもう少し若ければねぇ」
「大丈夫ですよ、今のままで十分お若いんで」
「あらま」
トントンっと慣れた要領で山上さんがお刺身を切っていく。
「チーフ、ここのお刺身のサクはどうする?」
「今、お刺身のところ白河さんに値下げしてもらってるので新しいパックを作ってほしいです」
「了解~」
スーパーの仕事、とりわけ生鮮部門の仕事はすごく単純だ。
毎日、売り場に商品を出してそれを売り切ること。
うちの部門だったら、生の魚であったりお刺身のパックとかだ。
まぁ、その作業がすごく大変なのだが……。
ピッ
ピッ
ガラララッ
アルバイトの白河さんが値下げから戻ってきた。
白河さんはうちの部門の専属のアルバイトだ。
まだ学生で、いつも夕方からの出勤だった。
女の子でありながら、鮮魚部門志望だった少し変わった女の子だ。
社員であろうとスーパーの鮮魚部門をやりたいという人間はほとんどいない。いつも鮮魚部門に割り当てられるのはババを引いてしまった人が多かった。
「あれ? 白河さんあそこも値下げしちゃった?」
「……はい、一緒に20%引きにしちゃいました」
「あーーー! ちょっと早かったかな! ごめん俺がちゃんと指示しなかったから」
「……すいません」
「いや、ごめんごめん! 白河さんは全っ然悪くないから」
スーパーでちゃんと利益確保をするのに大切なのは値下げのタイミングだった。
部門責任者は時間帯ごとの売り上げを予測して、緻密に値下げの指示を出さなければならない。
値下げが早ければ売り切れてしまうし、遅ければ売れ残ってしまう。
なので、いつも本当に申し訳ないのだがアルバイトの白河さんには口うるさいくらいに指示をだしてしまっていた。
「白河さん、いつもうるさく言ってごめんね。値下げって結構重要な仕事だからさ」
「……いえ、私もチーフの思ったとおりにできなくてすいません」
物静かで無表情なんだけど素直なんだよなぁこの子。
整った綺麗な顔をしているから、学校でも人気があると思う。
「そう言ってもらえると助かるよー。ここで白河さんにやめられちゃうと本当にキツイからさ」
「……今のところやめる予定ないんで安心してください」
「白河ちゃん白河ちゃん」
刺身を切っていた山上さんが白河さんに近寄ってくる。
「白河ちゃん知ってる? 総菜の子とレジの子が付き合ってるって?」
「えっ、そうなんですか!?」
年頃の子ということもあって、さすがその手の話の食いつきが早い。
「そうそう、だからチーフにもそういう子がいないのかって言ってやったんだけどさ」
「もー急に巻き込まないでくださいよ」
「だってチーフもったいないから」
山上さんがからかい交じりにケラケラと笑っていた。
「白河ちゃんはチーフなんてどう?」
「……っ!?」
「ちょっとちょっと! 俺はもう20半ばですよ。10代の白河さんにそういうこと聞いたらセクハラですって!」
「そうかい? 今はコンプライアンスがどうのとかうるさいねぇ」
山上さんはそう言うと、自分の作った刺身を品出しに売り場に行ってしまった。
「はぁ、ごめんね白河さん。気を悪くしたら」
「い、いえ……」
「じゃあ、あとはバックヤードのお掃除お願いしてもいいかな?」
「わ、分かりました」
白河さんが俺に返事をするが、中々その場から動かずにいた。
「? どうしたの白河さん」
「あ、あの……」
「うん」
「ち、チーフ! 私、今50パーセント引きなんです。お買い得なんですがいかがでしょうか?」
「へっ?」
白河さんが意を決したようにその言葉を発していた。
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