9.沈黙する馬車
私は、宿屋で一晩を明かしてから、メーカム辺境伯の屋敷に向かうことになった。
昨日の内に手配していたらしく、宿の前には馬車が来ていた。そんな馬車に、私はフレイグ様と、そしてその隣に漂っているラフードとともに乗ったのである。
「……どうかしたのか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
馬車の中で、ついラフードの方に目を向けてしまい、フレイグ様に訝し気な目で見られてしまった。
そちらに意識を向けるべきではないことはわかっている。ただ、頭上に狼の精霊が漂っている様はなんとも奇妙なもので、ついついそちらを見てしまうのである。
「……」
「……」
『……こいつ、相変わらず喋らないな』
馬車が動き出してから、私達の間には沈黙が流れていた。
昨日からわかっていたことだが、フレイグ様はそこまで積極的に喋る方ではない。だから、こちらから話しかけるべきなのだろう。
だが、私も別にそんなに積極的に話すタイプではない。こういう時にどう切り出せばいいのかは、今日もまったくわからないのだ。
「……昨日は、眠れたか?」
「あ、はい。おかげさまで、ぐっすりと眠れました」
「そうか。それなら良かった」
沈黙が続いていると、フレイグ様はそのような質問をしてきた。
多分、彼は私のことを心配してくれているのだろう。それは、その質問からなんとなく伝わってくる。
ただ、その質問から会話が広がることはなかった。恐らく、フレイグ様は必要最低限の会話しかしないつもりなのだろう。
『もっと言うことあるだろうが』
「……」
『外の景色を眺めてないで、もっとお嬢ちゃんに話しかけろよ。お前の婚約者なんだぞ? もっと交流した方がいいって』
そんなフレイグ様の横では、ラフードが色々と言っている。
狼の姿をした精霊は、私の方をまったく見ていない。恐らく、目の前に私がいてその言葉を聞いているという意識は、それ程ないのだろう。
多分、ラフードはいつもこんな感じなのだ。こうやって、聞こえなくてもエールを送るのが、彼なのだろう。
「えっと……フレイグ様も、よく眠れましたか?」
「……ああ」
「そうですか。それは何よりですね」
とりあえず、私はフレイグ様に同じ質問を返してみた。
ただ、これは多分そんなにいい質問ではなかった気がする。なぜなら、そこから話がまったく広がらなかったからだ。
『まあ、確かにそれなりに眠れてはいたが……だけど、もっと言うべきこととか、ないのか?』
ラフードは、またフレイグ様にそんなことを言っていた。
ちなみに、話が終わってから、彼はフレイグ様の部屋に行った。そちらで一晩を明かしたので、よく眠れていたかどうかはわかっているのだろう。
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