10.会話の種

「……フレイグ様、これからのことを聞いてもよろしいでしょうか?」

「……ああ、別に構わない」


 そこで私は、会話の種を思いついた。

 よく考えてみれば、私はこれから彼の婚約者として、引いては妻として生きていく訳だ。

 そうなるにあたって、聞いておくべきことはあるだろう。きっと、これなら話も広がってくれるはずだ。


「その……これから私達は、夫婦に……なる訳ですよね?」

「ああ」

「えっと……それにあたって、何かフレイグ様から言っておきたいことなどはありませんか?」


 私は、少し照れながらそんなことを聞いていた。

 名案だと思ったが、いざ口にしてみると中々恥ずかしい。これから夫婦になる。貴族としての政略結婚ではあるが、何故かそれを言うことに、私は緊張してしまったのである。

 フレイグ様から、変に思われてはいないだろうか。そう考えて、彼を見てみると、あまり表情を変えずに何かを考えるような仕草をしている彼が目に入ってくる。


「特にない」

『おい……』


 そして、彼から返ってきたのは淡白な一言だった。

 彼から言っておきたいことはない。それは困った。これでは、会話がまったく広がってくれない。


『会話のキャッチボールをしろよ。特になくても、なんとか絞り出せ。お嬢ちゃんが可哀想だろうが』

「……」

『またその仏頂面かよ……まったく、お前はいつもそうだよなぁ』


 少し落ち込みながらも、私は思考を切り替える。彼が必要最低限のことしか言わないのは、先程わかったばかりだ。特にないなら、そういうに決まっている。

 だから、会話を広げるためにはこちらから質問をするべきだろう。幸いにも、聞きたいことがない訳でもない。という訳で、私はそれを聞くことにする。


「フレイグ様、単刀直入にお聞きしますが、正式な結婚はいつを予定されているんですか?」


 私が質問したのは、正式な結婚予定のことだった。

 私はまだ彼の婚約者である。色々と事情があって、メーカム辺境伯の屋敷に向かうことになったが、妻になった訳ではないのだ。

 という訳で、いつ妻になるのかを聞いておくことにした。それは、普通に気になっていることでもある。


「少し落ち着いたら、と考えている。俺は既に辺境伯の地位を継いでいる。結婚もなるべく早い方がいい」

「そうですか……」


 フレイグ様は、淡々と私の質問に答えてくれた。

 その答えに、私は少し落ち込んでしまう。なぜなら、彼の境遇を知っているからだ。

 フレイグ様は、早くに両親を亡くしている。そのため、辺境伯の地位を普通より遥かに早く継いでいるのだ。

 それは悲しいことである。私も親を亡くす苦しみは知っているので、猶更そう思ってしまうのかもしれない。

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