第20話 酒宴開幕
ところ変わって、ドロン州フォルジャ村の酒場にて。キャンプの撤収作業をすべて終わらせ、ブーシャルドン遺跡での仕事を完了させた俺たちは、遺跡のある荒野からほどほどの距離にあるこの村にやってきて、打ち上げをしていた。
村の酒場とは言うが、結構広くて設備も整っている。話を聞くに、毎日新鮮な酒が醸造所のある村から届けられるらしい。冷蔵設備も完璧、キンキンに冷えたビールやぶどう酒、りんご酒が飲めるのだそうだ。すごい。
俺たちの座るテーブルの注文を取っていたエタンが、紙片にペンを走らせながら目配せする。
「全員、注文は決まったか」
「マコト、お酒飲める?」
シルヴィが心配そうな顔をして俺を見てくるのと一緒に、レオナールも困ったように目を細めつつ言ってきた。
「君のアルコール耐性がどの程度のものか、私たちには分からないからな。強くないと言うなら無理はしなくていい」
「あー、まぁ、程々には飲めるっすよ、程々には」
言われて、困ったように笑いながら俺も返した。そんなに酒に弱い方ではないと思っているし、地球にいた頃は飲み会やら家飲みやら、時々やっていた。問題はこっちの世界でのアルコールが、どんなものであるかだ。
他のテーブルにも視線を向けつつ、俺は4人に問いかける。
「ちなみに皆は何を飲むんっすか、こういう時」
「俺とシルヴィは大体の場合ビールだな。ウラリーはアルコールに弱いから、いつも大麦茶だ」
「私はビールの時もあれば、ぶどう酒の時もある。今日はビールの気分かな」
アルコールが飲める3人の話を総合すると、イーウィーヤのアルコールは大麦を使って造るビールが中心で、他にはぶどうを使ったぶどう酒、リンゴを使ったりんご酒、梅に近い果物を使ったプラム酒、などがあるらしい。蒸留技術はそこまで発達してはいないから、醸造酒オンリーなのだそうだ。
度数についてもそこまで高いものは多くなく、アルコールが強いと言われる東方のコメ酒でも15度くらい。ビールも5度以下が多く、飲みやすいものが好まれるらしい。
となればある程度は安心だ。ほっと息を吐きながら俺は答える。
「じゃ、俺もビールにするっすかね。皆さんに合わせるっす」
「賢明だな。悪目立ちするよりはいい」
俺の言葉にエタンがうなずきながらペンを走らせた。俺、シルヴィ、エタン、レオナールの4人はビール、ウラリーは大麦茶。この注文で店員に渡すと、そこまで時間を要さずにそれぞれの飲み物が運ばれてきた。
「
「では、皆さん揃いましたでしょうか。ブーシャルドン遺跡の発掘調査成功を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の発声とともに、あちこちでジョッキが掲げられた。そこからぐい、と傾けられ、ビールやぶどう酒がそれぞれの喉に流し込まれる。
俺も彼らにならって、ジョッキの中のビールを飲み込んだ。思っていたよりも酸味があって、フルーティーで軽やかな味わいだ。ホップはあまり使われていないのか、苦味は軽い。
これは一気に飲むとつらそうだ。程々のところでジョッキから口を離して、手で口元を拭う。
「ん、っく、結構酸味があるんっすね」
「あまりぐびぐび飲むとえずいて大変なことになるぞ。よくそうやって失敗する者を見る」
レオナールが優雅にジョッキを傾けながら、小さく笑った。たしかにこう酸味がはっきりしている呑み口だと、あんまり一気に飲むとリバースしてしまいかねない。
平気な顔をしてくいくいジョッキを傾けているシルヴィが、からからと笑いながらレオナールに同調した。
「ほんとほんと。たまに一般の冒険者が酒場でやっちゃって、酒場から叩き出されてるところ、見るもんね」
「本当よね。ああいうのを見ると、お酒が飲めるのが偉いわけじゃないって思うわ」
一人で大麦茶を静かに飲むウラリーも、ため息をつきながら笑う。彼女の言うとおりだ。お酒を飲めるから偉いなんてことはないし、たくさん飲める者が偉いというわけでもない。
地球にいた時は、とかくバカみたいにガンガン飲んで、場を盛り上げることが第一だったから、ちょっと新鮮な気持ちだ。社会人経験がないから、大人な感じの酒の飲み方をしてこなかった、というのはあるが。
「っすねー……でも、なんつーか」
そうこぼしながら、俺はテーブルの中央に置かれた何枚かの皿を見た。
そこに置かれているのは、リシャールがまとめて注文した
茹でた豆をつまんで口に放り込みながら、俺は言った。
「おつまみ、意外と普通っすね、この国も」
「なーに、どんなの想像してたのさ、マコト」
俺の発言にシルヴィが、いたずらっぽく目を細めながら言ってくる。
まぁ、彼らには悪いとは思うが、この世界は異世界で、魔物がいるわけだ。技術的には発展しているし食糧事情が悪くないのも知っている。とはいえ、やはり先入観というか、固定観念的なものはあるわけだ。
苦笑しながら、俺はシルヴィへと視線を返した。
「いやほら、この世界は魔物とかいるわけじゃないっすか……こう、魔物の肉を使った料理が出てくるとか……ほら……」
「ふふっ、なるほどね」
俺の言葉に、ウラリーがくすくすと笑った。そのまま、手をひらりと動かしながら彼女は話す。
「マコトが元の世界で異世界についてどういう知識を入れていたか、私たちの知れることではないけれどね。魔物の肉を食べるのは無理よ」
「これまで魔物が倒され、死んだところを見てきたと思うが、全てが死んだ瞬間に溶けるように消えていっただろう。あれでは肉など取りようもない」
「あっ」
次いで、薄切りの羊肉をむしりと噛みちぎりながらエタンが言った。
そしてそこで、俺は思い出す。たしかにこの世界の魔物は、倒されるやいなや溶けるように消えていき、後には何も残らなかった。ジョアシャンの死体だってそうだった。
なるほど、それなら魔物の肉を食べるとかそういうのは、どう転んでも無理な話だ。
「そういえばそうっすね……でも、なんでなんっすか?」
俺がエタンに問いかけると、彼は手に持っていた残りの羊肉を口に放り込み、軽く噛んで飲み込んでから口を開いた。
「答えは簡単だ。魔物はすなわち『
「へー、だからっすか……」
その言葉にはーっと息を吐く俺だ。なるほど、魔物という存在がそういう名前なのは、魔法が関わっているからなのか。
曰く、このイーウィーヤという世界には、世界全体に魔法がかかっていて、その魔法によって魔物が生まれてくるらしい。今回ブーシャルドン遺跡の第二層で見つけた魔物を生成する紋様も、その魔法を応用してのものだそうだ。
納得した俺に、ビールをぐいと飲んだエタンが目を細めながら言ってくる。
「そういうことだ。だから俺たちが食う肉も、羊だの豚だの、そういった
「ま、まぁ、そうっすね」
軽く身を乗り出しながら迫力満点にエタンが言ってくるのに、俺は少々気圧されながらも返した。安心した。安心したのは確かだが、そんな脅すみたいに言わないでほしい。
と、焼いたジャガイモを口に放り込みながら、シルヴィがレオナールに視線を投げた。
「でも、魔物の肉を食べる、っていうか、魔物を構成する魔法を取り込む魔法、確かあったよね。なんだっけ?」
「『
レオナールもすんと鼻を鳴らしつつ、茹でた豆をつまんで口に入れた。彼曰く、魔物を構成する魔法を自分に取り込み、魔物の力を我が物とする魔法であるとのこと。
しかしそれは、魔法をそのまま自分の身体に入れていることに他ならないわけで、その当人が死ぬならまだいい方、取り込んだ当人が魔物に変わって周囲の人々を殺すとか、魔法への拒絶反応で周囲を巻き込んでの災害が起こるとか、全然あるらしい。
それは禁術指定もやむなしといったところだ。怖いなんてものではない。
「そんな魔法があるんっすか……こわー」
「触れないのが吉よ。本当に恐ろしい魔法なんだから」
俺が震え上がると、ウラリーがため息をつきながらもう一度大麦茶に口をつけた。
世の中には、恐ろしい魔法が存在するものだ。その事実に小さく身を固くしながら、俺はソーセージをフォークで突き刺すのだった。
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